70早 鐘
「あの刀は・・・・そう、渡與が渡したのね。」でなければ自分の守りを破ることなどできはしない。威世は若者が持っていた刀を思い出した。彼を殺すのは容易いが、何故だかその行く末を見てみたい気がした。あの刀は、確かに我らの物だが、それだけで儀式を止めることはできない。余興に驚きはつきもの。であるなら、まずはその余興を用意してくれた者たちと遊ばなくては。
そこで、威世は右手にかかる重さに気づき手を振った。それで、右手にもたれかかっていた重さー竜風の死体ーは壁へ打ち付けられた。
「何故殺した?」竜炎が静かに問う。かなりの力を使ったであろうに、彼自身の輝きはとどまることを知らない。それは人の命の輝きであり、威世には久しく感じていなかったものである。威世は少しまぶしそうに目を細めると、
「無駄な邪魔をするからです。おかげで、ネズミを一匹取り逃がしました。」だが威世にとってはそのネズミよりこの目の前にいる猫の方が重要だった。
何も無くなった空間で、三人は向かい合った。消耗しすぎている竜炎と、威世では勝負は知れていた。
残念ながら、要明の力をもってしても、威世には敵わないだろう。
「ほんっとに、綺麗に焼けたなぁ。」そこへ割り込む声。
唆字があたりを見回していた。
「唆字、前置きは要らぬ。まさに風前の灯火だぞ?」竜炎は言う。この後に及んでなお明るい唆字の言葉に緊張していた心が救われる。
唆字は竜炎の言葉に妙な顔をすると、竜炎の隣に並ぶ。
「あー、それは、どっちが?」唆字は水をまとわせながら聞く。
場に熱量が生まれた。
「!!渡與かっ」威世が思わず力をぶつける。
瞬時に、どこからともなく力の片鱗さえ見せずにやってみせる、そんなことができるのは他に居なかった。そして、威世は正しく唆字の言葉を理解する。
「炎、行くぞ!」唆字は走り出す。威世は力を安定させるまで彼らを見逃すしかなかった。
渡與と威世の力は五分と五分。お互いの手の内は知り尽くしていた。たとえどれほど離れていても、渡與には威世の状態が理解できたし、威世もまた、渡與が容赦ない攻撃を繰り出してきたことを知る。
これで、二人ともがそれぞれの場所から動けなくなった。
「姫様!」オミヤはただ一人その姿を見ているしかなかった。
北寮とは別の南寮に彼らはいた。万が一渡與が倒れた時のため山一つを犠牲にできるよう、この付近には住民は居ない。
渡與はその力を遠隔で利用することができた。そのため、南寮の屋敷には潔斎された御影石を土台とした渡與の力を上手く遠方に広げることができる増幅装置もあった。これを入れたのは蘭更の翡翠で、いずれ量販型の増幅装置を開発するための投資だと言う。
今はただ、そこに渡與と控えの庭にオミヤがいるだけだ。万が一渡與を暗殺する者が来ても渡與が威世と均衡させている空気に触れただけで通常の人間は生きてはいられない為、こうして渡與は一人でいるのである。
「姫様・・・」オミヤはめずらしく額に汗をする主人を見た。それもそのはず、彼女の敵は彼女と同等であるのだから。今までのように神すらも凌駕するというわけにはいくまい。
「・・・・オミヤ。安心なさい。私は威世よりずる賢くてよ。」渡與はオミヤの心配する顔を横目で確認すると、また都にいる威世に意識を向けた。勝つ算段がなければこのようなことはしない。威世は計画通りに事を運んだ。ならば自分の勝ちだ。渡與がいずれ邪魔をすることは威世もわかっていたはず。そしてそれこそが自分を勝利に導く。
渡與は人知れず密やかに笑うと、その力をまた込めた。ある者たちを思って。
オミヤはその身を囲む守りを握りしめた。通常の人間では存在すらできぬ空間。どうしても姫を間近で見たかったため無理を言って庭からのぞくことを許された。その守りもいつまで持つかわからない。こうしている間にもその凄まじい気の力を感じ、自らの身のあまりに小さなことを思った。どのような結果になったとしても、オミヤは渡與を見届けると決めた。
(お前が死んだら御姫さんでも動揺するのかね?)味方なのか敵なのかわからない翡翠といった女は、そう言って笑っていた。
オミヤにはわかっていた。渡與が自らの死でその心が揺らぐことはあり得ないと。だからこそ庭にいてオミヤが崩れ去ったとしてもかの姫は立ち続けるだろう。その御影石の上に。
(わたくしは幸せでございました。)ひたり、とその目に覚悟の色を定め、オミヤは自らの主を見続けた。決して、そらすことなく。
早鐘が鳴っている。
こんなにも早く鼓動する音すら誰かに聞こえるのではないかと思うくらいなのに、心は静かだった。
それはこの空間の所為なのか。
「はは・・・さま・・・」もう人の姿ですらなくなったそれは、泉の真ん中から生えた樹に絡まっていた。それが今上帝の弟であり、現在「君」と呼ばれている不破王子のなれの果てだった。
醜くもないが、人とは言えぬそれを一瞥した後、上月はあたりを見回し、目的のものを見つけた。
泉は樹を囲むように円形に泉の中から出た柱が七つあり、そこに石が置かれていた。周りは竜炎が焼いたのでほとんど何も無いが、泉から湧いた水は一つの水流ー上月とは反対側にあるーにたどりつき、やがて川に流れ海へ繋がるのかもしれない。
静かだが、何か得体の知れない力に満ちていた。それは上月もよく知るものであり、深い泉にうごめくものはおそらくー
「海神よ、この契約は無効だ。」上月は柱のうち一つに向かった。
しばらく見ないうちに友人の顔が変わったように思った。
無意識に出た涙の後を指でこすると、まだ肌の感触があってほっとした。
「まったくお前は・・・最悪だ。」呟いていたら、後ろの気配に気づかなかった。
「グガァァァァァァアアアアアアアアア!!!!」その、土と泥でできた人形は、水の礫に貫かれて地面に転がった。
「やっぱり、ここじゃ制限されるか。」そうぼやいたのは唆字だった。海神がましましているという今に、水の支配力が圧倒的に下がっていたのだ。竜炎は土と泥の人形が続々と現れたことを見て、要明を見る。
「不破様の所為です。おそらく、常世の神が関与しているのでしょう。」今、この場には二つの神が、神ならぬものがせめぎあっていた。一方は海神を殺すために、そしてもう一方はーーー
「水が光ってる!」唆字が叫ぶ。その間にも土塊は襲ってくる。要明は竜炎を庇いながら泉の樹へ近づいていく。
「おい、大丈夫か?」唆字は上月のところまで来ると、周りの土塊をなぎ払う。
「ええ。あとはタイミングです。」実を言えばさっきの土塊にやられた傷が右肩から背中にかけたあった。だが、上月は竜炎を見つめた。
竜炎は一度だけ目を閉じた。何を思ったのかはわからない。ただ、不破であったものを前に、その樹にむかい目を閉じた。
そして、目を開く。
「不破よ!許せ!」そういい放ち、不破王子であったものに刀を突き刺し、一気に、そこから炎が吹き出た。
耳をつんざく悲鳴が響き渡る。それは空気を振動させ、その場にいた者たちの頭蓋に叩き込まれる。
「がっ!!」唆字が悲鳴を上げ、片膝をつく。上月は頭を抑えそれと共に刀をー渡與からもらった剣を堤の心臓めがけて振り下ろした。
あとすこしでフィナーレでございます。。。バトルに物足りなさがあるお客様。すみませぬ。