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栄翼の瞳  作者: 水城四亜
67/79

67心 腹

どん、どん、どん、どん、

どん、どん、どん、どん、


胸をふるわせるこの音。

はじまりを告げる音。

そして何かの終わりを。




きらびやかな巫女たちが舞い、厳かに儀式がはじまる。

華という華は咲き誇り、美しい音色と席に集った貴族の身にまとう豪奢なまでの衣が、色とりどりに空間を染めていく。

「何てすばらしい・・・・だけど。」細い格子の間からそれを見つめていたアキジはつぶやいた。

「何故か悲しい。」フジエはこれから先に滅び行く様が見えるかのように思えた。

「あ。三輪様だわ。」二人の視線の先には、静かにだが厳かに登場した三輪の姿が見える。その姿はいつもに増して美しかった。

そこで、人の気配がした。二人は息を殺して、入り口を見る。


「フジエ様、アキジ様・・・」その声はこの部屋に仕える者だった。

「雫様?」アキジは何故彼女がここに来たのかわからなかった。彼女も三輪の支度で忙しいはずだ。

「失礼致します。」そういって雫は二人のいる場所へ御簾を押しやり入ってきた。

「どうかしましたか?」今度はフジエが聞く。彼女たちとそう変わらない年ごろの雫には、二人とも親しい感情を抱いていた。もちろん、宮廷に仕える雫の方が身分は上だったが。

「お二人の馬を用意いたしました。どうぞ、こちらへ。」そう言って、きびすを返すのを止めたのはアキジだった。

「場所だけ教えてくださいまし。わたくし共、未だ帰るわけには行きません。」それに振り返った雫は怪訝な顔をした。彼女は日向から言いつかったーつまり三輪から言いつかったことをしているだけだ。

「どういうことでしょうか?」静かに、けれど嘘を許さない、そんな瞳で問う。アキジは一度フジエを見てから雫に向き直る。

「この後『双海』が舞われるそうでございますね。わたくし共、それを見届けてから帰るつもりでございます。ですから、雫様・・・」

「我が主の思いを無駄にするおつもりでしょうか。返答次第では無理矢理にでもあなた様方をお返ししなくてはなりませぬ。それが、わたくしの務めなれば。」雫はその意思の強い瞳でアキジとフジエを見る。だがアキジも負けてはいなかった。

「あなた様もお聞きでしょう。わたくし共は本日中にはこちらを出なくてはなりませぬ。そして、それは葉月の為でもあります。葉月の民に神翼席のこと、伝えたいと思うのは、わたくしの我が儘でしょうか?」

「そ、それに、『双海』では三輪様も楽曲なさるとか。わたくしも是非見てみたいのですわ。雫様。」フジエがそれに続いて言った。雫はしばらく二人を見ていたが、ため息をひとつついてから、

「それでは、お二方、もう少しよく見える場所へ参りましょう。わたくしもご一緒させていただきます。そして、それが終わられましたら、必ずお帰りください。決して、ここへ戻ってはなりませぬ。」そう言って入り口へ向かう。その後ろ姿にアキジが声をかける。


「ひとつだけ、お聞かせくださいませ。あなた様はこちらに残られるのですね?」それは先ほどより静かな声だった。フジエははっとなって雫を見る。

「愚問ですわ。あなた方が葉月の姫君と共にあるよう、わたくしは三輪様と共にございます。それに、わたくし、信じているのですわ。」そう言うと、少し笑って思いを馳せる。わずかな間、自分の上司であった男を。

「__三輪様の信じたあの方を、信じてみたいと思ったのですわ。ですから、都は決して倒れませぬ。」二人はこれがあの雫かと思った。どちらかといえば大人しい、静かな女性だとばかり思っていた。その言葉の強さと輝きはどこから来たものなのか。彼女が芯の強い人であるのはわかった。

「・・・ということは、ご存知なのですね?」アキジは言う。彼女はただの女官だと思っていた。だが事情を知っているとなれば別だ。

「さぁ、何のことかわかりかねますわ。ひとつだけ申し上げられるならば、三輪様のお味方はとても少ない、ということですわ。わたくしのような者にこのようなことを頼まれるのですから。さ、お二人とも、時間はありませぬ。馬が繋いである場所に一番近い場所に参りましょう、どうぞこちらへ。」そう言って雫は部屋を出て行く。二人は顔を見合わせた後、急いでその後を追った。どちらにせよ彼女との離別が近いことが残念だった。




しばらくして、着いた場所は儀式をする神明殿をほぼ見渡せる中二階だった。ここは通常は貴族が使う場所だが、神翼席では貴族さえ神を見下ろすことは禁じられているため_神明殿自体が神聖な場と考えられている_誰もいない。この閑散とした空気がどこか恐ろしいとアキジは感じた。警備兵は都の門という門を固めている。だがここはどうだ、戦とは全く関係ない絵巻のような姿が眼下に広がっている。アキジは今この瞬間も傷つき倒れるものがいること、そして自分がこの場にいることに衝撃を受けた。そして眼下の貴族さえ恨めしくなった。

「ここから梯子が出ます。ここを下がって弦礼門にまっすぐ行くと小屋があります。そこは元々馬小屋だったのですが、今は使われておりません。そこに案内の者をつけてあります。お二方はその男と一緒に都を抜けてください。男の名は『弥平』山育ちなので礼儀があまりなっておりませんが、三輪様に拾われた身、決して悪いようにはいたしませぬ。もしもの時はこれを。」そう言って、アキジに袋を渡す。手に乗るくらいの袋だったが、ずっしりと重みがあった。口を開けてみると金が入っていた。フジエは驚いて雫を見る。

「これは・・・金塊ではございませぬか。」

「・・・わかりました。もしもその男が裏切るようなことがあれば、これで買えと、そうおっしゃるのね。」アキジは雫を見た。

「・・・信じたい、とは思っております。けれど、あなた方の保証がございませぬから。」

「三輪様を信じるのではなかったの?」わかっていてもアキジの口調は責めるようになる。

「ええ。ですから、ですわ。わたくし、三輪様を裏切る者に温情は持ち合わせておりませぬ。」雫はそう言うと、梯子につながる戸板を閉じた。

「わかったわ。・・・ではこうしましょ。無事、葉月について、そう、都が落ち着いたら・・・わたくし共がこれをあなた様にお返しに参ります。それまでどうぞご無事でいらして雫様。」フジエが提案する。その言葉に雫は軽く目をみはり、笑った。

「承知いたしましたわ。その頃には、戦も無くなり・・・わたくしが葉月へ訪れることもできますでしょうね、きっと。」それはあまりに切ない声だった。

「ええ、きっと。」アキジは袋を懐に入れ、フジエを見た。

「あ、もうすぐ始まりますわ。」フジエはそう言って、格子から眼下を見る。そして視線はそのまま、つぶやいた。

「色々、お世話になりました。ありがとうございます雫様。」

「もったいないお言葉ですわ。どうぞお元気でいらして。」

「お互いにね。」

そうして、祭の太鼓が鳴った。まるで、人間を馬鹿にしているかのように空に響きわたる。


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