62水 面
T市ホテル。そこには重い沈黙があった。
「接触はしたわ。でも、これじゃ…」涼子は溜息をついた。
あれから、極度の緊張と慣れない力を使った所為で涼子はしばらく寝入っていた。
「とりあえず、次へいきましょう。彰か、堤君を。」彼方はずっと同じ姿勢でカウチに沈んだまま。
「次は、俺がサポートする。涼子サン、悪いけど、できる?」優が聞く。流石に彼も憔悴している涼子を見て、悪いと思ったのか大人しい。
「……ええ。せめて彰と接触しなくちゃ、どうにもならないわ。」涼子はきっ、と顔をあげて答える。
「では、調子が整い次第、二度目を。」
「今から行くわ。」
「涼子さん…」茜也が心配そうに伺う。
「茜也さん、手を、にぎっていて。」涼子はベットに仰向けになる。その手を茜也がぎゅっと握る。その感触を確かめて涼子は少し笑う。
「行くわ。」
二回目のダイブがはじまった。
それは突然来た。
嵐。
降り出した雨を感じた時、皆、いつもの雨だと思っていた。
だから、いつものようにあわただしく軒先きの物をしまい、天の気紛れが去ってくれるのを手もちぶたさで眺めている者、突然降り出した雨に嘆く者、笑う者、それは様々で。
けれど確実に知っているものはいた。
これが、故意に降らせたものであると。
これが、遠き地、深き水底に横たわる「竜神」の、
声なき、なきごえだと___________
「凄い雨だ…」私はその雨音に耳をすませ、密かに肌に感じる冷気に身をよじる。
「堤、お前、いつから目が…?」来るだろうと思った質問に、できるだけ動揺を出さないようにしてから、上月の声のする方を見た。
「……多分、ここへ来てから。あの、宿みたいな所から落ちた時は、まだ、、見えた、と思う。」目頭が熱くなるのを堪えて言う。
「………おかしいな。」
「何が…?」
「いくらお前が通常の状態じゃなくても、拘束されていた時使われた香木を使っても、そんな状態になることなんか、あり得ない。精神的なものなのか?……他に何があった?」
「何って…別に…何も…」宿から落ちて、男たちに襲われたことは、別にたいしたことじゃない。(イヤだけど)
「本当に?何か、そう、何か見たとか、感じたことは?」
「………変な、夢みたいなのは…」
「夢?」
「よくわからない。すごく怖かった気がするし、何かがいるんだ。そう、何か。」朦朧とした中でも身の凍るほどの恐怖があるとしたら、あの瞬間しか無かったと思う。けれどそれが現実なのか夢なのかさえよくわからない。今となっては。
「…………」上月は黙っている。
沈黙に耐えられなくなった時、雷鳴が轟いた。
「え?」
「堤?」
「…何」聞こえたはずのそれを、たぐりよせる。耳を澄ませ風の音さえも聞こうとした。
「堤?どうした。」
「今…何か声が…」
「声?…雷でよく聞こえなかった。誰か来たのか?」そういって上月は入口を見にゆく。
(雷鳴?……おかしい、さっきはそんなもの何も、聞こえなかったのに。)私は首をかしげながら、見えない外をうかがう。
大量の水が大地を叩く音が激しく聞こえる。
「鳴き声…」それが何だかはわからないが、泣いていると感じたのは私の気の所為だろうか。
「そう、それは王の悲鳴。聞こえるか、貴様にも。」
「っ……あなたはっ!?」突然聞こえた声に振り返る。とっさに上月を呼ばなくてはと思い、立ち上がる。が、腕をとられ、壁に押さえこまれる。
「知りたくはないか。石と共鳴した若者よ。貴様の目が、何故見えなくなったのか。そして、何故このような目にあうのか、……そして、この世界の終わりを。」少年だ。囁かれた声はまだ若い。なのに、なんて力だ…!私は、振りほどけないそれを諦め、その途端、閃いた言葉を呟いた。
「……!まさか、君が僕らを…ここへ呼んだ…!?」そこで扉が開く音がする。あの扉は二重になっているから、上月がもう一枚の扉を開けなくては私の声は届かない。
「上月っ!!」
その瞬間、私の意識は途切れた。
少年は、堤を抱えると一言つぶやいた。
「御名答。」
「…………堤…?」上月は誰もいなくなった部屋に友を探した。
またしても。。。。