61再 巡
気づいたら、私は再び闇の中だった。
けれども、先程までとは違い、ゆるやかな空気の流れを肌が感じる。
そして、残り香。
「何の香だろう…」
「それは白緑といってな。早い話が暗示などに使うものだ。気分はどうだ?」いつの間にか堅が私の側にいて、説明をする。
「堅…」
「すまなかったな。我等が主人に会うためにはまずあの試練を通らねばならん。」堅はバツが悪いように言った。ずいぶんと、人が良い男である。
なるほど、そういうことか。それにしてもさっきの女の子は誰なんだろう?主人ってことはないだろうけど…いやまてよ、あの口調からして彼女がここの主人ということなのか?
「姫様。」微かに、女の声がする。空気が流れていくる方ということは、入口近くにいるのか。
しばらくして、衣をひきずる音と、何人かの足音が聞こえてくる。
私は、座ったままじっと身を固め、そちらを伺った。
スス、と襖か何かが開く音がして、衣の音と、足音が止まる。
「変わりはないか、奥の。」しばらくして、少し艶っぽい女性の声がした。随分近くに。そして、その人物は座ったようだった。
「姉様もお変わりありませんようで何より。」右の方からかん高い女の子の声がする。これは、多分さっき私が会ったシロさんの声だ。
「時に、竜水が用があるらしい。聞いてやってはくれまいか。」女性がそう言うと、今度はその後ろから引きずった音がして_多分、あぐらのまま前に進んだのだろう。若い男の声がした。
「水、息災か?」シロさんが言う。
「まぁ、ぼちぼちと。…お変わりないようで。」低い男の声が、響く。
「して、用とはいかに?」
「は。そこにいる、大尉殿にお頼み願いたい。」
「許す」
「何であろう?」安寿の声がする。場所は私の正面の2、3メートル先だろう。
「花街にて拾われた、これなる者、こちらの見知ったものであるという。話しをさせてやってはくれんか。」
息がつまるかと思った。
では、この部屋のどこか、手の届くところに上月がいるのだ…!
喉が乾く。私はその男の方へ耳を澄ませた。
「私は構わないが…御前、お許し願えますか。」
「水の頼み事など珍しい、構わぬ。」
「竜水、構わんぞ。」
「は。」男の方で人が動く音がする。
私は見えない目をこらし、そちらを見た。
「堤………俺だ。」
長く、聞いていなかった友の声が。確かに響いた。
「上月………」私はいてもたってもいられず、その場から立ち上がった。
「上月っ上月っ!!」駆け寄ろうとしたところで身体がぐらついて、隣にいた堅に支えられた。
「堤殿っ…無理ですっ。」ゆっくり座らされ、はっとなる。
「お前…目が…」呟いた上月の声がかすかに揺れる。
「……でだ。モノは相談なんだが、この坊主、俺にくれまいか?大尉殿。」先程の男が見計らって言う。
「それは………私の一存では…」安寿はそう呟いた。
「竜水は、よもや菓子折り一つでわたくしの物を得られるとお思い?」シロさんの声だ。そうだ、私はシロさんに仕えることになったのだ。
「御前の、物だと?」男もいくぶん、驚いたらしく怪訝そうな声だ。
パチ、と何かの音がする。それが合図で、衣の去っていく音がする。何人かがこの部屋から出ていったらしい。
「さて。姉様。少しお話がございます。」シロさんはいつの間にか私のすぐ近くへ来ていた。
「この陽気でか?」女性は少しおどけるように言う。
「内緒話は夜だけにするものじゃありませんもの。」
「菓子折りでは不足だったか。私がここへ来ただけでは不服か?」
「…………石、についてですわ。ここでお帰りいただいてもわたくしはよろしくてよ。どうなさいます?」シロさんはコロコロと笑いながら言う。
「で、私に何をしろというのだ?奥に出来ぬことは私にも出来ぬぞ。」
「協力すれば良いのです。」
「何を知っている?」
「……………すべてを。」
「…その者を試したのだな。」
言われてはっとなる。私の心を読まれたのなら、石のこと、葉月のこと、そして私達が来たことさえ、シロさんには見えたに違い無い。私は自分の失態に愕然となった。
「安寿が拾ってきたものですもの。確かめぬわけにはゆきませんわ。」
「言葉遊びはもうよい、時も待ってはくれぬ故な。」
「では、やはり足しげく竜炎様にお通いになるのは…華にまつわる逸話。」
「華は枯れ、蝕まれている。そろそろ刈り取って新しい種を植えねばなるまい。」
「虫はどうなさいます?」
「害するものであれば始末せねばな。」
「ほんに姉様は恐ろしいお方。」
「お前ほどではないよ。____次の満月だ。」
「新月になっては遅い。かの方のお力をお借りできたところで、五分と五分。」
「3匹の蝶には蜜を用意いたしましたが、それも時間の問題かと。特に、紫の羽根を持つ蝶が災いとなりかねません。」安寿が言う。
「上策。」
「……ところで、つもる話もあろ。この間の無礼は許すゆえ、上月とかいったな。堤を貸出しても良いぞ。」
突然、そんな話になる。…まぁ、この場にいても私にはわからないことばかりなので、それはありがたいが、貸出すという言葉、どこかで聞いた覚えがある。………………涼子さんか。シロさんは涼子さんとノリが同じなのか!?
「有難くお借りいたします。」上月の声。大分怒っているようだ。それをどうにか押しとどめている。
堅さんが立たせてくれる。そしてゆっくりその部屋を出た。
「では何かあったら呼んでくれ。」堅さんはそう言うと、部屋を出ていく。
ここは琵琶殿だという。ちょうど、先程シロさんと話していた女性がここの主人だという。
ひやり、と頬に触れたのは上月の指先。思いのほか冷たいそれに驚きながら、私は上月の顔のある方へ顔をむける。
「堤……」
「上月…」
しばらく、無言だった。何から話せば良いのかわからない。
葉月にいたはずの上月が、どうしてここにいるんだろう?
私はトヨに眠らされてそれから先の記憶は随分曖昧だ。
ゆっくり彼の手が触れて行くと、擦り傷で荒れているのに気づく。
「…怪我、してるのか?」
「…たいした傷じゃない。」嘘だ。声に少しだけ嘘が混じっている。彼に一体何があったというんだろう。彼がここへ来るまでに一体何が。けれど、今は…
「生きて、お前に会えてよかった。」私はぽつり、そんなことを言った。その瞬間、私は彼に抱き締められていた。私も背中を抱き返した。
「……らしくない。泣いてるのか?」肩に震えを感じながら、上月の頭に手をやる。彼は左右に首をふり、一言。
「_____聞くな。」
そうして、随分長い間、私達はお互いの無事を確かめあった。
うふー…。
行間の表情とかはヲトメの妄想で脳内に描くべし。(違)
この小説はBLではないよ。あくまで風味。