57花 街
苦しい。
水が欲しい。
喉がかわく。
腹も減ってる。
だけど、もう、胃の痛さも感じない。
神経が麻痺してる感じだ。
「おい、お前、どうしたんだよ?」誰かが声をかける。
「み…みず…」ひゅーひゅー息をはくばかりのこの声は、届いただろうか。
「おい、こいつ…」複数の足音が聞こえる。
「おい、ちょっと遊んでいこうぜ。」
誰かが、俺の身体を押さえる。もうひとりが俺の着物をはいだ。
(……ちょっとまて。)
なんだこの状況は。
「お…おと…」
(俺は男なんだけど!)
「んなこたー見りゃわかってるって。」
(……………マジ?)
「なあに、水ならくれてやるさ。たっぷりと、な。」
(………………………)
いくらなんでも不味いだろう。
俺ってば何でこう毎回毎回、最低な目にあうわけ!?
力の入らない身体を無理矢理開かれる。
冷たい手が身体を這う。
(今そんなことしたら確実にあの世に行ける…)
身体がもうダメだって言ってる。
どうにか窓から落ちてみたはいいが、ここまで這ってこれたのが奇跡なくらいだ。
まだ頭は朦朧とするし、暗闇でゴミみたいに路地に転がるし。
おまけに野郎に襲われるし?
(ああ、一体俺が何をしたというんですか。)
途方も無く三途の川を夢見た瞬間、風が起こった。
「ったく、最近の男はこれだからイケない。」うら若い女の声がする。
気付くとあの男たちの気配も、身体を這っていた手もどこかへ消えてしまった。
そして、今度は俺が首ねっこを掴まれて、ぶら下がっている。そう、宙に。
「……あんた、礼も言えないの?」
「み…みず………」
真正面から見た女の顔は逆光で見えなかったけれど、ふっと笑ったようだった。
「売り物?ならあたしが買うわ。いくらよ?」
いや、お姉さん俺が欲しいのは水であって。さらに言うと売り物ではないのだが。
「ま、いいわ、土産にしよう。」
(…………だから、ちょっと待て…)
俺はそのまま、その女にかかえられ、何度目かの意識を失ったのだった。
「わかったが…厄介だ。」唆字が頭を掻く。
元の雪桜の間に戻ると、唆字が仲間からの報告を聞く。
「その、お前の探しているやつは、どうやら、売り物と間違えられたらしいんだが…」唆字は言葉を選んで言う。先程から目の前の青年は自身も疲労が激しいというのに、一向にその怒りをしずめない。
「売り物?」
「ここの着物を貸していたから、間違えられたんだろう。」翡翠が付け足す。
「まあそれで、向の店から見てたやつが言うには、襲われそうになった所に女が入ってな、そいつを連れ去ったらしい。」
「……女?」
「……報告では、「風」を操ったらしい…」
「何だ、唆字。お前の同胞か。」
「違う。」
「心当たりがあるのですか。」トヨが聞く。
「まあ、心配はいらんだろう。こんな夜更けに遊楽をどうどうと歩く女はそう多く無い。」
「どこに?」上月の質問に唆字は溜息をつくと、立ち上がって、
「大府に。つうわけで、今日のところは戻るぞ。坊主。」
弦宮殿につくと、唆字は今日のところは琵琶殿へ帰るよう促した。
「一体誰が?」上月は先ほどより少し表情をやわらげ聞く。
「報告によっちゃ、その女は赤髪だという。そうなると、1人しかいねぇ。兵部の左衛大尉、おまけに博士。明王院様のご寵愛を一身に受けた、君の親族____つまりはあの三輪殿と同じ立場の人物だ。」
「厄介なのか?」
「………まあなぁ……。悪いが明日にしてくれないか。」唆字は何度目かになった溜息をつきながら、ひらひらと手を振った。
上月はとりあえず琵琶殿に引き返し、すでに先に休んでいたアキジとフジエの横で床に入った。日向に事情を説明しようと思ったが、志気にひどく怒られたのでそのままになってしまった。
「……まったく、どうしたらそう次から次へ巻き込まれられるんだ……?」今は隣にいない友人にむかって呟き、そっとまぶたを閉じた。