56再 会
「ここらでいいか。」唆字が抱えていた上月を地面へ下ろす。
「……ここは?」疾風のごとく宮殿を走り抜けた男へ上月は聞く。
「はぁ?男ならわかんだろ。アレだよアレ。」
煌めく提灯の灯り、立ちこめる香の煙。
女たちがしなをつくって、男たちが闊歩する。
安い建物は倒れんばかりの勢いで、軒並み、連なっている。
「遊楽よ。」唆字が言う。
「……ここに、トヨはいるんですね?」
「……あんな、一つ質問。あの鏡、お前のじゃねぇだろ?」
「…旅の共に頂いたものです。どこへ届けろとも言われていませんから。」上月はしれっとして、道を歩きはじめる。
「その格好じゃ、不味いな。おい、これでもひっかけてろ。」唆字が自分の上着を上月にかける。上月はその派手な着物に顔をしかめた。
「あぶねぇんだよ、お前みたいなのは。ここはな、何も女ばかりを買うトコじゃねぇしな。面倒だろ?」唆字のその言葉にますます顔をしかめた上月は、しぶしぶその上着を羽織った。
「で?あの人間、お前さんの知り合いか?」
「運び屋は詮索するものですか?」
「いんや、普通はしねぇよ。ちとキナ臭くてねぇ。好奇心というやつだ。」
「好奇心は身を滅ぼすって知ってますか。」
「あれえ、旦那~ひさしぶりじゃあないですか~、今日は寄っていかないんで?」ひとりの遊び女が近付く。
「あーまた今度な。」
「きゃあ~だんな、新しい子入ったんですよう、うちでいきましょ~?」またひとりの女が近付く。
「あー悪りぃな、先客だ。」
「あん、だんなのいけず~」
そうやって唆字が何軒か断った時、
「あら、うちのツケは払ってくれるんでしょうねぇ、唆字の旦那。」うす紫色の着物を着たひとりの女が唆字の前に立った。
「………」唆字はしばらくその姿を見て呆然とした。
「…知り合いですか?」上月が聞く。
「……まあ、なあ。」唆字はまだ呆然と呟く。
「ささ、どうぞどうぞ~。」丸顔の女に案内された先は、お座敷だった。
「ごゆっくり。」女は唆字と上月を意味ありげに見て鼻で笑って出て行った。
「何がだ。」唆字はぶ然と呟く。
上月は座敷の奥の襖を開けて後悔した。真っ赤な布団が鎮座ましまししている。
「……聞いてもいいか。」
「誓って、俺は女好きだ。」頭をかかえた唆字をくすくすと笑う声が聞こえて、廊下の障子が開いた。
「冷たいな、唆字よ。」先程、道で声をかけた女だった。
「なんで、お前がここにいる。…つうか何でお前、客、取ってるのか!?」唆字はつっかえつっかえ聞く。
「出稼ぎさ。最近不景気でね。陸でも商売しないとなかなか厳しくてな。ああ、ここは私の店だから安心しろ。…それより、趣向を変えたのか?唆字は子供と遊ぶようには思えなかったが。」
「ちょっと、待て。だから誤解がだな!」
「…その声…まさか。」上月が女を見る。うす紫色の着物は女によく似合っていた。髪には一さしの簪。随分高価なものだということがわかった。何より、その声は。
「思い出したかい、坊や?」女はさも可笑しそうに笑う。
「は?」唆字は女を見て、上月を見る。
「…蘭更の、翡翠。」上月は翡翠に向き合った。
「誰に頼まれた?」上月は出された料理に手もつけず、目の前の女に聞いた。
「誰だと思う?」翡翠は答える。
「トヨか。……何が目的だ?石ではないな。」
「俺にもわかる話にしてくんねぇか。…仲間はずれは寂しいぞ。」唆字は少しだけ拗ねて酒を飲んでいる。
「トヨに会いたいか?」
「当然だ。ところで、俺はあんたの雇い主を信用していいのか。」
「何、ちょっとした手違いさ。女は都についたら逃がす手はずだったのだがね。」
「どういうことだ。」
「余計な死人を出したくない。それが雇い主の意向だ。」
「余計じゃなければいいと?」
「心配しなくても、あんたの連れは生きているよ。」
「当たり前だ。あれを殺して、トヨに何の利がある。」
「ならば、活かして何の利があると思う?」
「………自分を棚にあげて、恩を着せるつもりか?」
「……だからさぁ。俺にも分かるように話してくれねぇかな~…。」
「…協力して欲しいことがある。」
「内容にもよるが、こちらに断る権利は無いんだろう?」
「察しがよくて助かる。お前が普通の坊やじゃないことはわかった。だが、あの連れは何だ?」
「ただの人間だが。」
「では何故あのトヨがそれほどまでに執着するのだ?」
「俺の知ったことか。石以外の目的の為に俺を使うというのならいい。だが、あいつは無関係だ。むしろ使えん。」
「酷い事を言いますのね。」
音もなく、襖が開く。
「事実だ。だが、交渉は難航気味だぞ?」上月は現れた人物を見る。
「…切り札はいつも最後にとっておくもの。そうでしょう?上月様。」トヨは婉然と微笑む。
「無理して笑わなくてもいい。疲れるだろう?」
「優しいこと。どうして人はそれほど他を思い遣ることができるのでしょう?」トヨはゆっくりと上月の右手に座る。
「俺もいていいのかい?お姫さん。」唆字は一口酒を含んでから聞く。
「戦力は多い方がいい。」
「…あなた以上に強いものがあるのか?」上月が聞く。
「ええ。確かに。」
「で?俺に何をさせるつもりだ。」
「ある者にわずかな隙をつくってくれればいい。」
「誰に?」
「王君___そう呼ばれているモノに。」そこへ駆け足が聞こえてくる。
「姫様っ…」入ってきたのはオミヤだった。そしてそこにいる上月を見て絶句する。
「何があった?」上月が聞く。
「……堤様が行方知れずに…!まだこの界隈にいるはずなのですが…」
「どういうことです?」トヨが聞く。
「水を飲みたいというので…少しはずした隙に…」オミヤは言い淀む。逃げれるはずが無いのだ、あの状態で。
「どこだ?」上月が立ち上がってオミヤの首を掴む。
「三階の、梅雲の間…」それだけ聞くと上月は走り出す。
そこには誰もいなかった。
開いている窓から落ちたのだろうか、手すりが壊れている。
「上月とかいったな。大丈夫だ唆字の仲間もこのあたりにはいる。見かけたら連れてくるように伝えた。」唆字が梅雲の間に入ってきて言う。
「……」
「………何をした。」上月は振り返らず聞く。その声は震えていた。
「……何をしたんだ!あいつに!」激高して入り口に来たトヨに吠える。
「だから、人は優しいと言いましたのに。」トヨは悲しそうに言った。
遊楽…は造語です。本来「ゆうらく(読み)」だと
もっぱら遊んで仕事もしない…という意味ですが
ここではそういう意味も含んで
遊廓という意味合いで使っています、華街って感じですかね。