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栄翼の瞳  作者: 水城四亜
53/79

53風 向

「お天道さんも機嫌ななめだ。今日は早めに店仕舞するよ。ナギ」小太りの女はそう言って、手近のものを片付けはじめる。

東の市の端の、そのまた一本小道入ったところに猫の額程の小さな店が並んでいる。

ナギと呼ばれた少年が片付けを手伝っていると、広げていた小皿のうえに人影ができた。

「ニイミはいるかい?」

「なんだい、今日はもう仕舞いだよ。……翡翠じゃないか…!どうしたんだい?陸に上がるのも随分御無沙汰じゃないか?」ニイミと呼ばれた小太りの女は、翡翠の姿を見ると片付けていた手を止め、立ち上がる。

「これを捌いてもらいたい。」そういって翡翠は刀を三本取り出した。そのうち一本は鞘の木が模様を彫り込まれていた。

「遅かったね。…鍛冶のヤヌシが来るのは次の市の時だ。それまであたしが預かっていてもいいってんなら、もらおうか。」

「仕方ないな。来月___」

「買ってやろうか。」気配もなく、突然手を出し、翡翠の刀を取った人物。

「……なんで貴様がここにいる。」

「う、う…仕舞いだ!…ナギ、行くよ…!!」ニイミはその男の顔を見た途端、商品すべて手押し車に詰め込んでその場から逃げ出した。ナギと呼ばれた少年もそれを慌てて追っていく。

「そりゃあ、仕事でね。上青海は上客がいる。知ってるだろう?翡翠。」

「気安く呼ぶな。……ミズナイを襲ったんだと?」言いながら翡翠は冷や汗が出るのを感じた。

「あら、情報早いのな。ごっそり、頂戴した。…そっちは……客が入水でもしたか?」

「唆字。」

「そう怖い顔しなさんな。久方ぶりだというのに、つれないね。それにしても…大渓の翡翠からよくもまあ入水なんか出来たもんだ。そいつらよっぽど腕がたったのか?」

「素人だ。女が二人と、男が一人…」翡翠はそのまま細道に入って歩き出す。こんなところを仲間に見られるわけにはいかない。

「……素直だな。」唆字は軽く驚いてそれに続く。

「まぁな…。正直、甘く見ていた。男といっても、どこぞの貴族様の坊やで刀などお飾りだと思っていたからな。」翡翠は苦笑して、刀を唆字に見せる。

唆字はそれをしげしげと眺めて、翡翠を見る。

「で?」

「あっというまに飛び込まれたのさ。」

「ふむ……。」唆字は何か考える仕種をしていたが、道の終わりに近付くと、

「やはり、唆字が買おう。」そう言って、刀を翡翠から取ると小さな袋を一つ翡翠に手渡す。

「……?」中身はいくつかの装飾品と薫製が入っていた。

「それから、これ。」そういって、唆字は翡翠の髪にそっと髪飾りをさした。

「何だ?」

「似合うと思って。」

「だから、何だ。」そこで、翡翠を呼ぶ声がした。

「生きていろよ。」唆字が言う。

「お前もな。」翡翠はいつからか唆字と会うたびにかわされるこの言葉を口にしていた。お互い、いつ死ぬともしれない身の上だ。明日は冷たく水の底かもしれない。

そして背を向け歩き出す。

「姉者~っ。」船尾を任せていたミフネが来る。

「どうした?」

「さ、さ、さ唆字の手下ども、見つけやした…!どうやら市と一緒に都を引き上げるようで。」

「そうか。上手いことをする。だが…」

「姉者…それ、どうしたんで?」ミフネが翡翠の髪を指す。

「?…何かついているか?」

「何って、すげぇ奇麗な髪飾りですよ…!すげえ、こんなん見たことないや…!」ミフネは興奮して見る。

「あの野郎…」翡翠はその時になって唆字が何をしたか理解した。そして取ろうとした翡翠を止めたのはミフネだった。

「姉者は奇麗だから何でも似合うけど、そりゃいっとう似合いだ。外すなんてもったいないさ。」

「………あの野郎……」翡翠はまた、うらめしく思った、こうして時折陸に降りさせるのは誰の所為なのか。憎らしい海の風のような男を一度振り返ったが、そこにはすでに姿は無かった。

「姉者?」

「行くぞ!」翡翠はきびすを返して歩き出した。髪に指した飾りが、きらりと煌めいた。






「さぁて、どうしたもんだか…。」唆字は刀を三本ぶらさげて、玉華門の前に立っていた。

「唆字は運び屋だ。それは変わらん。しかし、きな臭いったらない。…全く、面倒だ。ああ、本当に面倒だ。朝廷が倒れようが、この唆字の知ったことではない。無いんだが…。」ぶつぶつと呟いて、朱色の門を見上げる。次の瞬間にはため息が出る。

「何をはじめるというのだ、人ならぬ神の巫女よ。」

つぶやいて、歩き出した。門には厳めしい顔をした門番が鉾を構えている。

唆字は門番に目もくれず真直ぐに歩いて行く。

とうとう、門番の横を通り過ぎ、朱色の門内に消えていった。

門番は風を感じたが、不審者をとがめることもなく、変わらず通りを眺めていた。彼等にははじめから刀をぶら下げた無頼漢など見えていなかったし、それが門を通って行ったことさえ見えなかった。


ただ、ひとすじの風が通り過ぎた。


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