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栄翼の瞳  作者: 水城四亜
52/79

52哭 霧

翡翠カワセミの姉者~、申が帰ってきやした~」男の怒鳴り声が聞こえる。

船は10人も乗ればいっぱいになってしまうくらいの小さなものだったが、乗っているのは翡翠と呼ばれたその女_どうやらこの女が頭領らしい_の他に、船頭と船尾にひとりずつ、それから上月たちの見張りに二人、そこへ小柄な猿のような男が来た。

「唆字がミズネイを襲っただと…!?…まったくあの男も変わらんな、ならば都で会うこともあろう。おいお前達、いいかい、唆字の乗り手を見つけたら調べておいておくれ。我らも相伴に預かろうじゃないか。」翡翠は不適に笑うと上月を見た。

「下手なまねはするんじゃないよ、坊や。」

フジエに手当てを受けていた上月はただ無言で翡翠を見返すだけだった。

「いつまでかかってるんだい?そんな傷なめときゃ直るだろうが?」翡翠が笑うと隣の腹の出た男が、

「姉者、こいつぁオレたちと違って、貴族様だからよう、弱っちいんだよ。」

「そうだ、そうだ。『かあちゃーん助けて~』ってか…ゲハハッハハアア!」腹の出た男の隣の髪の薄い男が笑うと、船首と船尾にいた男たちも揃って笑う。


「上月様…」アキジは途方も無い思いで上月を見ていた。彼は一体何を考えているというのだろう?本気で自分とフジエを売るというのだろうか。…よしんばそうであっても彼を恨むことはすまい。アキジたちの目的は上月を無事都へ届けるということ…これで上月が無事に都へいけるのなら、それも仕方ないだろう。

アキジがその時、上月の瞳を見ていたら、彼が諦めたわけではないことがわかっただろう。その瞳に燃えるのは強い意志の力だった。





「…見事な霧だな…」上月が呟いた。船に乗ってから始めて口にした言葉だ。

「…ほめても何も出んぞ。貴様は得体が知れぬからな。」翡翠は率直に述べた。彼女は確かにこの大渓すべてを知り尽くしているといっても過言でないほどこの川のことは知っていたし、霧を操るのは確かに彼女にしかできないことだ。けれど始めに感じた上月への違和感は長年の経験から勘が告げていた。

この男は油断ならない、と。

一見何を考えているのかわからない男だ。いや、男と呼ぶにはまだ幼い。自分よりもいくらか下だろう。ひ弱な印象しか見えないこの男の、どこに自分を不安にさせる材料があるというのだろうか。

翡翠は片手を上げて、前方の霧を払う。

「姉者、見えてきた。」船首にいる男が告げる。

翡翠が腹の出た男を見る。男は頷いて、フジエを掴もうとする、一瞬。

「アキジ!飛び込め!!」上月の鋭い声。アキジは反射的に背中から川へ飛び込んでいた。

「フジエ!」上月はフジエを力任せにひっぱって、船を蹴る。

「正気か!」翡翠が落ちる上月をつかまえようとするが、上月が左足で腹部を蹴る。

「ぐうっ…」翡翠は手をのばしたが、船体が揺れたので足がわずかに動いた。


ざん!


「捜せ!浅いから見えるはずだ…!!」翡翠は腹部を押さえながら言う。

「姉者!!霧だ…赤い…赤い…うあああああああっ。赤い霧だぁあああああっ!!!」船首にいた男は突然出た赤い霧に目をやられて、うずくまる。

「…う…ああっ!!」翡翠は向かってくる赤い霧を力任せに追い払う。

「何だこりゃーっ、姉者~姉者~あああっ。」

「馬鹿な…!第一この下は岩もあるんだ。こんな浅瀬であんなまねして…!」翡翠はすべての霧を追い払った。その瞬間赤い霧もすべて消え去った。



「……やられた。」翡翠は船首にいた男の顔についている赤い水滴を見ると、呟いた。

「姉者、あいつら、どこに消えちまったんでしょう。この大渓のどこに隠れるところがあるんでしょう。」髪の毛の薄い男が聞く。

「さぁな。あの坊や、どうやらあたしの霧を利用したらしいね。てめぇの血で代用したわけか。」

「えぇっ、この赤いのは血なんで!?」

「この大渓の川はあたしの__いや、闌更らんこうの支配下にある。それを知った上で、自らが操れるもので代用したのさ。」

「で、でも。」

「ああ、そうだ。あまり利口じゃないやり方だ。少なくとも怪我をしていてさらに血を流すことなどしてご覧、この川を無事生きて出れる保証は無い。…まったくたいしたモンだ。」

「姉者、そんなこと言ってる場合じゃ…」

「ああ、わかってる、お前達、この代償は唆字からたっぷり頂くとしようじゃないか。」

「でも…いいんですかい?」

「仕方ない。運ぶモノが死を選んだならこちらに責任は無いしな。無駄なことは嫌いだよ。」

「見のがすんで?」

「まぁ、ついでに探すくらいはしておこうか。だが、あの坊や無事につけてるとは到底思えん。上青海へ着いたら、手配はしておくよ。それで十分だろ。」

翡翠はそう言うと、苦笑した。

獲物に逃げられたというのに、腹立たしいという気持ちより楽しんでいる自分が確かにいることに。


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