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栄翼の瞳  作者: 水城四亜
47/79

47記 憶

まるで夢のようだ。

三輪の住まう宮殿も、それは大層荘厳なものであったが、ここは、そことは別の世界のように静かで、音さえ聞こえないのではないかと錯覚させる。

高い天井には無数の螺鈿が施され、紅、緑、黒、金、紫などの鮮やかな色彩が目に飛び込んでくる。高く舞う鳳凰は、天人の姿をかたどってあるのか、半分が人で、その天衣がひらひらと遊ぶように弧を描いている。そこから大きくのびた柱はいったいどうやって作られたのか、皆目検討もつかない。梁は柱と柱をささえ、黒と金の装具で統一されている。前を歩く三輪はそれでもこの回廊にけして負けることなく毅然と、姿勢を正して進む。

「日向、そう臆するな。これも今の王になってから作られたものよ。大君はほとほと着飾るのがお好きらしい。」三輪は前を向きながら、皮肉げに言った。

「それにしても、すごいですね、これだけのものを作るには、それなりにいっただろうに。」

「奴隷と金がな。」

「三輪様は、お嫌いですか?」

「こんなものを作られても不便なだけで、何の利があろうか。日向、今から向かう弦宮殿はな、決してわが君が望まれたのではないのだと、それだけは知っておいておくれ。」三輪はそれだけを言うと、また足を進めた。日向は何も答えずこれに続いた。




弦宮殿へ入ると日向は目をみはった。そこは闇だったからだ。

どのくらいの大きさなのか、そして三輪はどうやら前にいるようだが、それすら見えない完全な闇。人の手に作られた空間が、こうまでも暗いものだろうか。どう見ても、ここは人ならぬものが潜んでいそうな、そんな闇しかなかった。そうして、いくらかたつと、ぼうっと道の両端に点々とまるで道しるべのように明かりが点った。

「これは…。」

「我等が訪れる者は、大層気紛れでの。今日も会えるかどうかはわからぬ。余計なことを申すでないぞ。」そう早口で日向に言った三輪は、虚空を見る。

「琵琶殿の三輪である。竜炎殿にお目通り願いたい。」

「ナノレ。」日向はびくっとすくんだ。その声は日向のすぐ近くから聞こえたからだ。三輪を見るが三輪は動かない。日向は少し息を吐いて、

「日向。」そう言う。

ふいに、人が現れた。今度こそ片足が後ろへ逃げた。その人物は、右手に明かりをもち、何故か鳥の面をつけている。黒いカラス。服も黒い。

「案外素直じゃの。」三輪は気に入らないように呟きながら、その人物に続く。日向も遅れずにー遅れたらこんな所で迷うことになるーそれに続いた。





そうして案内された部屋に入ると、しばらく待つことになった。

「日向、我が見えるか。」暗闇も暗闇、明かりさえないので、とりあえず自分が座っている場所が石のような固さを持っていることはわかったが、それ意外は三輪の声しかわからない。三輪が近くにいるのか、遠くにいるのかすらその声からもわからないのだ。

「見えません。その……竜炎殿というのは、お知り合いで…?」

「まあ。そのようなものじゃの。まったくもったいぶりおって。……炎、おるのだろ?もういい加減日向を虐めるのはやめじゃ。我がつまらぬ。」

三輪が退屈そうにそう言った瞬間に、突然回りが明るくなった。

「とはいえ、やはりあの三輪殿がおつれになる男、噂ほどのものかと誰もが見たがり仕方ない。」そう歌うように語る男は、窓辺に腰掛けていた。

気がつけば、それまで座っていたものが御影石で出来た精巧な椅子であったり、三輪は左斜前にいることがわかった。そしてその竜炎と呼ばれた男は、その名の通り龍の仮面を紐で後ろにひとくくりにし、無造作に流れる髪は琥珀色だった。衣装はそれほど派手ではないが、質のよい絹で作られた刺繍の入ったものを、これもまた無造作に着崩して、足は幾重にも布が巻かれていてだるそうに窓のさんにひっかけている。日向は一瞬ぽかんとあっけにとられて、男をまじまじと観察してしまった。

「ほう。また珍妙な毛色を連れておいでだ。」声は若かったが、姿から年を想像することはできない。

「目は見ておるか?」三輪は唐突にそんなことを言った。

「腐ってもこの竜炎の「場」にそのような小細工はさせぬ。それに今はあの男もそれどころではなかろう。」竜炎はそう楽しそうに言って、窓から降りると、

「葉月が来る。」

「!………では、やはりあれは…。」海の向こうの光は葉月が燃えたのか。

「いや、しかしあの女が動いたとあっては、威世も動かざるをえまい。……そうそう、葉月から客人が来るそうだ。弦宮殿あてにあの女から先達が来ていてな。暇だったから俺が迎えることにした。それで、ここへ来たのはその男の所為か。」

「日向。」三輪に言われて日向は自分のことを言われているのだと気がついた。

「はい、あの…」日向はちらりと三輪をみて、直接話してもいいのかと戸惑う。

「かまわんよ、身分など所詮は人のー他のモノが考えたものにしかすぎん。いちいち人を介していたら、伝わるもんも伝わらん。日向とやら、お前、ここの者ではないね?」

「わかりません。」

「それでここへ来たか。この時期に石を使うのは不味い。大王の祈祷とかでな今は地下にある。」

「石を集めているのか…!?まさかあの男は本気で…!?」三輪が血相を変える。

「さぁな。しかし、出来んこともない。さっきから人の回りをうかがってる奴が五月蝿い。三輪、少しそこをどいてくれぬか。」

三輪は何も言わずに立ち上がると、日向の隣へ移動する。日向が立とうとしたが、それを手で制して、

「見ておけ。」顎で指し示す。気がつくと、また暗闇だった。回りは竜炎が手に点した呪術の光だけ。

「どうやら、珍しい客のようだ。」竜炎は手に点した光をそっと椅子にほおると、とたんその光は人の形をとった。それは女だった。

「さて、異界からの来訪者よ、我等に何の用だ?」竜炎は楽しそうに低く笑う。女はそれまでうっすら目を開いて虚空を見つめていたが、その視線が日向にとまるやいなや、立ち上がった。

(承!!)女が叫ぶ。その声はくぐもっていた。

「まあまて、その身体では何もできん。まずは名を聞こうか。」

(時間がないわ、彼は私の身内で、彼が戻らないと彼の身体が危ないわ。)女はきっぱりと言う。その間にもどんどんその身体の色素は失われて透けてゆく。

「では、彼を連れ戻しに来たというのかね?」

(そうよ。彼の他にあと二人、連れ戻さないといけない。)

「…………あなたは……あなたは、誰です……?」日向はひどく驚いていた。この異界から来た女は自分の身内であるという。では、やはり自分はこの世界の人間ではなかったのだ。

(まさか、記憶が…!?)女はちっと舌打ちして、もう一度日向を見る。そしてその横に炎のような瞳でくいいいるような視線を向けている女にも。

(だとしても、譲れないわ。彼はこのままではいずれ死ぬ。わかるでしょう?)女は竜炎に言う。もうかなり人の形がとれなくなっていた。

「しかし、石は今無くてな、協力することもできん。」

(これ以上は無理だわ。彼方、あげて頂戴。)そういうと女は悔しそうに日向を見、三輪を見てから、

(妻ではないわ。)それだけ言って消えた。消えた後はまた椅子だけが残り、周りは明るくなった。



「……何だったんだ…。」日向は、呆然と誰もいなくなった椅子を見る。三輪はそれに再び腰掛け、女が言った言葉を思い出していた。ふっと鼻先で笑うと、艶やかな唇をゆがめて、

「どうやら、時は待ってくれぬようだ。」と竜炎に言う。

「……日向とやら、とりあえず事情はわかった。今日の所はお帰り。私は三輪と話がある。」竜炎はそう言うと、日向に手をかざした。





「え……?」

気がつくと、三輪の琵琶殿にいた。自分の身に起こったことを把握するまでしばらくの時が必要だった。

「…これが、番人の力……?」思わず自らの手を見下ろし、周りを確認する。

日向はそのまま奥の廊下から、塔へ続く道を歩いた。先にある塔は、名前すら知らない。ただ、三輪の下女か従者が政の始めと終わりを告げるためにその塔の上にある鐘を鳴らす。それほど高い塔ではないが、この宮殿の入り口と、その次の道までは見ることが出来た。宮殿から出ることのない日向には、ひととき心和む場であった。回廊はほのかに日の光が入り、静かに天高く飛ぶ鳥の声以外、日向の靴と床が擦れる音だけが存在した。その静寂をやぶったのは、小さな少女がかけてくる音だった。

「あ、日向様っ。三輪様は、三輪様は……!?」彼女の名は雫。三輪の侍女である。その尋常でない様子に、日向は立ち止まる。

「どうしました?三輪様なら、まだ弦宮殿にいらっしゃると思いますが…」

「!お帰りはわかりませんの…どうしましょう。」雫は黒い艶やかな髪を揺らして、日向を見上げる。

「どうしたのです?」

「実は、葉月様のお使いの者が来られたのですが…その従者の方がひどい怪我をしておいでですの…薬所はやんごとなき方々のみが利用されますから、ひとまず私の知人が町で医者をしておりまして、呼びましたの。……ああ、どうしましょう。勝手に琵琶殿に上げたとなれば、三輪様がお怒りになるでしょう?…いいえ、私がお咎めを受けるのは良いのです。けれど、三輪様のお立場が………。」

「三輪様が、目の前にいるけが人をほおっておくような方ですか?…大丈夫、その方は…その、三輪様の知り合いの、客人のようなもので、だから、大丈夫ですよ、それに、ここくらいしか、従者を殿上には上げないでしょう?他の方々はおそらく見ぬフリをして伺っています。あまり騒がず、その人をここへ。……私が行きましょう。」

「有り難うございます、日向様、こちらです。」小走りになる雫に日向も続いた。


はい。ようやく都が見えて参りました。

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