41孤 独
夜が来た。
この薄暗い洞くつの中では今が昼なのか夜なのかさえ、ともすればわからなくなるのだけれど、服の下に隠れた時計の幽かな秒針の音だけを数えて、少なくともここへ連れてこられてから二度目の夜がきたことはわかった。
今はたかれていた松明さえ消されてしまったので、闇の中から蛇が出ようが、足下を何かが走ろうが、わからない状態だ。普通ならとっくに発狂しているだろう。少なくとも、数時間前まであった松明はプロメテウスの火のごとく私を正気に保つ唯一のものだった。
しかしここは、洞くつとはいえ人工的に作られたものなので、ほぼすべて岩でおおわれていて、人が出入りする所為か獣や少なくとも蛇などとは無縁のようだった。その点だけでも感謝しながら、じっとひとり膝をかかえて、秒針の音に耳を傾ける。
石はもっと冷たいものかと思っていたがそれほどでもなく、どこかに通気口があるのか空気も澱んでいないので、現時点で環境はまだ最悪になったわけではない。むしろ最悪になったというならば今の私の状態だ。
今のところ五体満足ではあるが、いつ殺されるともしれない中で神経が麻痺してしまったのか、ただただ、朝まで生きられるだろうかと頭の片隅で思うのだった。
「眠らないのか。」少女の声がする。声のした方に顔を向けると、闇の中からすうっと真白い少女の顔が浮かび上がった。その程度のことには慣れたので、今さら声をあげることはないが、それでも突然現れるのには毎回驚かされる。
「…眠く無いわけじゃないんだ。眠れないんだよ、変に頭が冴えていてね。」私はそう言うと、膝を抱えていた手をほどいて、壁にもたれる。
少女は、私の隣にすとんと腰を下ろすと、同じ様にむき出しの石にもたれ掛かる。
「お前は不思議な男だな…巫女でもないのに石を使う。」
「…僕が使ったわけじゃないよ。あの時、誰かに身体を乗っ取られたから、多分そいつが使ったんだろう。」
「乗っ取られる?」
「よく、わからないんだ。ただ、僕と石を天秤にかけても、トヨが石を渡すとは思えない。そうしたら、君は…君達は僕を殺す?」実際、私を人質に交渉しても無理なことはわかっていた。彼等には言っていないが、石はここには無いのだから。
「あれは…あれはもともと我らのものだ。それを、盗人がとっていった。」
「……あれは、一体なんなんだい?」
「…知らぬ。私が生まれる前には無くなっていた。お前、命乞いをせんのか?」
「したいけど、できる条件でもないし?」だからといって、あきらめてやるつもりは無いけれど。
「トヨを裏切るとは言わないのだな。」
「そう言ったところで、君たちは信用するかい?僕なら、そう簡単に寝返る人間は信用できないよ。」
「………我らの仲間になればいいのに……そうすれば…」
「それは無理だよ。僕は他所の人間だ。それに、仲間になったからといって、命の保証があるわけじゃない。」
「私から兄に言おう、お前死にたくないのだろ?」少女が顔を上げてこちらを見た。
「君は優しい子だね。」ああ、この少女に全てを吐露してしまえたらどんなに楽だろう。
少女は少しほほを染めてそっぽを向く。
「………何故、石をとったのだろう…?」少女の独り言が小さく響く。
それに答える者はいない。
突然、笛の音が聞こえた。かん高い、何かを知らせる音。
少女はすばやく立ち上がって、私を振り返る。
「ここにいろ、動くな。見てくる。」短くそれだけ言うと、闇にまた駈けて行った。
私はそれを見送りながら、また視線を戻した。闇の中の自らの足下に。