37空 理
ホテルの部屋につくと、茜也はしげしげとベットに横たわる三人を見てから、
「………三人とも細いんだねぇ。」二つあるベットの一つに荷物のように置かれている三人を見て、茜也はしみじみと言う。
「………バカいわないで。」涼子はあきれながら椅子に座る。
「……うん、でもどうやってここまで運んだんだい?涼子さんの細腕で運べる重さじゃないと思うんだけど……。」
涼子は、無言で一瞬にらむと、クローゼットの前までいき、勢い良く開いた。
「………ああ、なるほどねぇ。あの二時間殺人事件とかでよくある…。へぇ。レトロだけど使えるもんだねぇ。」現れた大きな旅行用ケースを見る。それは通常よりかなり大きいもので、それが三個。それと、涼子のボストンバックが一つ。
「………おかげで、長く滞在するのかとかボーイにきかれるし、人間でも入りそうですね、なんて言われるし………。大変だったんだからね!」しかし、目撃者を出すわけにはいかなかったのである。
「……うん。大変だったね。」茜也はテーブルにノートパソコンを設置し、いくつかのケーブルを差し込んだ。
電源を入れた音がして、画面が次第に明るくなる。
「………何をするつもりなの…?」涼子が椅子に戻って、興味深げに画面を見つめる。
「うん、これね、さっき撮ったやつ。」茜也がマウスをクリックして、画像を開く。中には動画のものもあった。
「…!いつのまに…?」それはプレハブの中の様子だった。
「うん、佐々木さんも涼子さんも気がつかなかったなら上出来かな。」
「……出たわね、探偵フリーク。今度は何なの…?」
「…僕は探偵じゃないよ。じゃーん。高性能デジタルスチルカメラ、プラスムービー機能つき。知り合いに借りてきたんだ。こっちの袋はテレフォンショッピングで買った。なかなかいいよ。」そういって、手のひらもないサイズのカメラらしきもの…車のキィについていたキーホルダーを見せた。茜也は通販が好きで、しょっちゅう利用している。小さなポシェット状のものにはやたら細々した道具が入っていた。涼子はあきれた顔で、
「………職なくしたら浮気調査とか出来そうね。」と言う。
「…で、涼子さん。これ見てごらん。」
「…裏山の洞くつ?よく撮れたわね…ああ、言わないで。どうせ赤外線機能つきなんでしょう。」
開かれた何枚かの写真は、確かに裏山の洞くつだった。
その中の一つをクリックして拡大してから、茜也は言う。
「……昔の人は信心深かったんだろうね…。これはお墓だよ。」
「…お墓?彰が言っていた風葬というもの?」
「…うん。ちょっと違うかもしれないけど、ここは確かに、神殿の裏にあたる山だね、そして、誰か偉い人が祭られていたんだ。」
「……それで?」
「……骨はまだ見つかっていないけれど、多分間違いないだろうね。」
「どういうこと?」
「……昔の人は、死体を怖がったんだ。いや、恐れ、敬ったという方が正しいかな。…もっとも、今でも死体が怖く無いって人は少ないかもしれないけれどね。一つ、ここの掘られた後を、こういう風に線を描いていくと……。」茜也は地面の掘られた位置をクリックして、線を書く。
「…………まるで、卵みたいね。」地面の上に卵のような形ができた。
「…ここからは鏡が見つかったんだろう…?今朝のニュースでやっていたね。」そして、一つの画像を出した。それが、発掘された鏡だった。
「…この鏡、少し変なところがあるんだ。ここを見て…。」茜也がある部分を拡大する。
「……十字…?「十」というより、アルファベットの「I」が交差しているみたい。」
「……これはね、シャーマンが、呪具の力を増幅させるためにあると言う説もあってね。……X線で通せばはっきりするだろうけど、もともと鏡は祭と呪術にかかせない道具でもあるからね。」
「……それが何の関係があるわけ?」
「…わからない?……昔の人は恐れていたのさ。一度死んでから、黄泉の国から蘇ってしまうだろう力をもったシャーマンを。だから、黄泉の国から戻れないよう、こうやって鏡で墓の中の遺体を囲んで、封印した。」
「………でも、それと何の関係が…?」
「これを見て。」茜也はプレハブの写真を開く。
「涼子さんが、二人が消えた時見た風景と、どこが違う?」
「………どこって言われても……。」プレハブの中は臨時に入れられた机や椅子が無造作に置いてあるだけだ。女子研究員の机なのか、化粧直し用の鏡が置いてある机もある。
「……鏡………?」
「…………まず、壁にかけてある鏡、次に、机の上の鏡。」一つ、二つと赤い印をつける。
「……でも、二つじゃ囲むことはできないわ。彰たちは、二つの鏡より入り口がわにいたんだもの。」
「……うん、僕もそう思ったんだけど、あの日は暑い日だったね?」
「…ええ、いい天気だったわ。」
「……プレハブのすぐそばに、水場が作ってあるだろう?そこに水がたまっていたら、どうなるかな。」
「………どうって……まさか。」
「……うん。これこそ太陽信仰に近しいのかもしれない。水たまりが反射させた光りがそのまま、屈折してプレハブに…。」
「……でも位置からしてもそれは無理があるんじゃないの?」
「……うん、でも扉をあける人がいれば別だよ。光は遮られることなく、部屋へ入る。」
「………あたしが、開けたから…?」
「その前に二人、開けているし、それに二人はちょうど呪具の近くにいたんだ。彼等が呪いの対象となってしまったのは、その三角形の中にいたからなんだよ。涼子さんが動けなかったのは、おそらく呪いの反動だろうね。……おそらく、という言葉は曖昧でいけないけれど。」
「…じゃあ、二人は…黄泉へ行ったということなの…?」
「……わからないけれど。正直、僕が不思議に思うのは、生きかえりを嫌った古代人が、黄泉へ飛ばす装置として『栄翼の瞳』を作ったとして、誰が本当に黄泉へ行くと知っていたのだろう、誰も知らないけれど、そうすれば帰ってこれないことを知っていた、ということがひっかかるんだ。」
「………どうすれば、三人を戻すことができるのかしら…。」
「あの時、堤くんがおかしくなったと言ったね?その時とりついたのは男?女?」
「……一瞬だったから、わからないわ。確かに石を見つけたのも、石をはめたのも京介だけど、どうしてあの子に石がわかったのかしら。」
「……うーん。これも僕の憶測なんだけどね。君や彰は、霊なんか怖く無いだろう?…だけど、彼は怖かったんじゃないかな。その恐怖が、石を呼び寄せた。…古代人は常に恐怖と戦っていたのかもしれないね。」
「………それより、問題はどうやってあの子たちをここへ呼びもどすか…。まさか本物のシャーマンなんて呼ぶわけにもいかないし……。」
「………なんで?適任の人がいるじゃない。」
「……いやよ。今さら上月の家に頭下げにいくわけ?」
「下げなくてもいい人がひとりいるじゃない。」
「……そっちはもっとイヤ。」
「…もう、我が儘だなぁ。じゃあ僕が頼んでみるよ。どのみち、暇だろうしね。」
茜也は手早くメールを送ると、二分もしないうちに返事がきた。
Re:こんにちわ
暇じゃーねーけど行ってやる。メシ奢れよ。
「あはははははは。」茜也がメールを見て笑う。
「………だーかーらー。イヤなのよ、あのクソガキ。」涼子が不機嫌な声を出す。
「駄目だよ、怒ったら皺が増えるって涼子さん言ってたじゃない。それに、彼等を助けるためには彼の力が必要なんだ。」
「……わかってるわよ。……」
「………何が不満?」
「……だって!あの子あたしの茜也さんにべたべたするんだもんっ。」
「焼きもちかぁ…。ひさしぶりに嬉しいかも。」
「……悪い!?」
「…………そんな涼子さんも好きですね。」
「…………そんな茜也さんも好きだけどね。」
二人は軽く唇を交わして、これから来る珍客を待った。
この頃は、まだデジタルカメラが出始めの時期で、持っている人は少なかったと思います。今より。