35暗 流
ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、
ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、
(何の音だ………?)体の中から誰かにたたかれたら、こんな音も出るだろうか。 それとも、まだ夢うつつの世界をさまよっているのか、私は…。
はじめに見えたのはぼんやりとした光。灰色の、岩肌。 あまり爽快とは言えない気分で、目覚めた。 「…………。」どこだろう、ここは。ひんやりとした洞くつのようだった。しかし、地面は土ではなく、磨かれた石だ。そして、その上の藁の上に私はいた。 まわりを見渡しても、ここには宙に下げられた明かりが一つしかないので、目が慣れないうちはそれほど遠くまで見ることはできない。 かけられた布をたたみ、服についた藁をはらう。立ち上がって、まわりを見渡したが、ここには何もない。
「目覚めたか。」ふいに、肩ごしに声をかけられて驚き、振り向くと、私をここへつれてきただろう少女がいた。少女はまだ16、7程度のいや、それよりもっと若いかもしれない、そんな年ごろのようだ。 黒い瞳が私を見つめていた。
「………ここは…………?」私は寝起きでしゃがれた声で聞いた。
「おまえたちが「地」と呼んでいるものがいる。来い。」そういわれ、わたしは素直に少女について行く。また、剣などつきつけられてはたまらないからだ。
「………おまえ、蓬莱の者ではないな。」少女を見失わないよう慎重について行く私に少女が言う。 「………………きみは……。」
「……しかし、石を知っている。」 それきり、少女は黙ったままだった。
綺麗な子だ。いや、薄汚れて化粧などしていないから、その表現をするのもどうかとは思うが。 しなやかにのびた手足は、以外なほどしっかりしていて、背丈もそれほど低く無い。むしろ、こういう高校生はいるだろう。私は歴史で習ったものとのギャップに苦笑しながら、ふと、上月のことを思った。 あの一瞬。彼は見ただろう、俺を。
見たわけでもないのに、その確信があった。大変なことになっているのは自分の方なのに、何故だか残してきた彼の方が気にかかる。 そんな事を思っていたら、明るい場所に出た。
「っ……。」視線だ。 そこには、まるで雪男のような男たちがひしめきあって、座っていた。おそらくこの村ともいえる集団の集会所のようだった。 くいいるように見る視線をあえて感じない様に、私はひとりの男を見た。
「……座れ。」少女はそう言うと、自らもその横に座った。
(……………すっげーー怖いんだけど…。)私は座り、またひとりの男を見た。 その男は、雪男たちの中でも一段と大きく、また強く見えた。荒々しい顔に険しいしわをよせて、こちらを見ている。何故か、目をそらしてはいけない気がして、私も見返す。 その大男は体のわりには綺麗な目をしている。節くれだった指が顎をひとなですると、
「名をなのれ。」地の底から震えるような声で言った。
「……堤、京介。」私は、できるだけ大きな声で返した。だが、きっと蚊の鳴くような声だったに違いない。
「伏たちの境界線で何をしていた?」また、その男が聞く。
「……何っていわれても…。」どう説明すればいいんだろう?私は困ったように少女を見てから、また男を見て、
「俺…わたしのモノではないが、わたしが必要なものを探していた。」言葉を選んで男に答える。 「……お前のものでないなら、誰のものだ?それは何だ?」男は静かにきく。
「……本当のところは知らない。ただ、葉月のトヨのものだと言っていた。わたしはわたしのためにそれが要る。」
「………それは、何だ?」男はまたきく。 私は諦めて、一度回りを見渡してから、
「………『四尺碧玉石』、そう呼んでいるらしい。石の首飾りだ。」 まるで全員の神経がわたしに向かってきたようだった。