33時 雨(※終章になる予定)
少女は遥といった。
遠い、遠い思いでを手繰り寄せるように、その奥のもやがかかった場所から。
「じゃあしょうちゃんが大きくなったらたくさん見れるようになるの?」指先に小さなトンボ玉を明かりにかざし。
「うん。ぜったいだよ。」
「ほんと?そしたら、ハルにちょうだい。ねっくれすつくるの。」
「ハルちゃんに似合うよ。」たった一つ親父の元からくすねてきたトンボ玉。それを最愛の少女に渡して承は満足していた。
「ぜったいね。」
「うん。ぜったい。」
「………ほんに………気が滅入ること…。」か細いだがつやのある声が響く。 薄暗い部屋はそれでもその屋敷が大きなことを物語っている。格子のついた窓から外を眺め、しとしとと降りしきる雨の音をそれとなく聞いていた男は、その声に我にかえった。
「……雨は嫌いではないよ。」男はそういって部屋の奥に座る女を見た。 その女は椅子に腰掛け、肩ひじをついてうっとおしそうに男を見る。 その豪奢な着物と結い上げた髪は決して見劣りすることなく、人物を飾っている。
「日向。こなたは我と会うのがそれほど嫌いかぇ?」少しふてくされて言う女はつややかな唇を開く。
「めっそうもございません…。あなた様こそ私など捨ておいても引く手あまたでしょうに…。」 男はそういって、向かいの椅子に腰掛ける。そこへ女官が茶を入れにくる。
「……いけずな男じゃ。我はそなたしかいらぬというのに……。」
「……少し昔を思い出しておりました。」 その男の言葉に女は柳眉をあげて、
「……して、思い出したのかぇ?」
「……………いいえ、何も。」即答に女の心に安堵が広がる。
「…………そうか。……その髪よさそうじゃの。」女は承のつけたカツラを見て言う。男は髪をひとくくりにして後ろで結んでいるように見えるが、その部分がつけ毛になっているのだ。
「……ええ。三輪様には感謝しております。私がここでこうして……他の奴隷のようにならずにいられるのもすべて三輪様のおかげでございますから。」そう指先でその髪を弄び、ふと視線をはずす。 彼がこの蓬莱に来てすでに一月になろうとしていた。
この国に何故自分がいるのか、自分は誰なのか、目覚めた時には何も覚えていなかった。 奴隷として商人につれていかれそうになったところを、今の三輪に拾われたのだ。 都…と街の人間はいうが、男のイメージする都からここははるかに遠ざかったまるで、神の領域のように静かだ。 見ず知らずの土地で不安はあったが、妙な安心感が常にあった。
「………ほんに我もどうした気紛れか……奴隷なぞ下々が使うものであるというのに……。けれどお前は。何故だろうねぇ。違うと感じるのだよ。おそらく、この蓬莱の者ではないだろうねぇ。………中津国か………あるいは他の………。」男がはじめて三輪に会った時、三輪は憂いを帯びた目で見ながら言ったものだ。 そして、日向という名をもらった。
「中津国………というのはどこにあるのでございましょうか。」日向はふと、聞く。
「………さて。我の預かり知らぬところ故……。」三輪は少し考えていう。
「帰りたいというのではないのです…私がこの国に来たことには、何か意味があるのでしょう。でしたら、帰ることはない。……ただ、何故ここに来たのかを知りたいだけです。」日向はお茶を手に三輪に聞く。
「…………とはいってもお前。本当に我の管轄ではないのだよ。この都の三輪に出来ぬことはないが、番人の管轄だけは「君」のくだされた者にしか手出しできぬ。」
「君………大君ですか……。」
「………そうじゃ。王の娘子は数多くいるが、その中でも鍵を与えられる者は限られておる。………我もその末端故、こうしてそなたをかくまうこともできるが……どうにもな。こればかりは手出しが出来ぬのだ。」
「…………その、限られた権限をお持ちの方に会うことはできませんか。」
「…………まったくそなたときたら我にああしろ、こうしろと。我は小間使いではないぞ。日向。審判の殿には全く知り合いがおらんわけでもない。」三輪はため息一つこぼすと、両指をくむ。
「………では_____」希望に輝いた日向の顔を見て、三輪は笑った。
「ほんに、我はそなたに弱いのぅ。」
三輪様出現。この人は好きですわ。描くのが。
ハルちゃん死んだ設定になってたので(笑)直しました。小説って難しいねー。(0308)