21神 力
「瞬間・・移動?」奇妙な感覚だった。
私たちが今いるのは、薄暗い部屋だった。寺なんかの作りと似ているだろうか。わりとしっかりしている。床は桜のアンティーク色で、冷たいわりに、どこか木の温もりを感じた。なによりも、この部屋が温かいのだ。調度品は平安時代の資料でこういうのがあったかもしれない。
畳はさすがに無いがそのかわりい草みたいなのを編んだ簡単な織物がしいてある。明かりは油を入れた器から導火線のようなモノが出ていて、それに火をともしてある。それが四つ部屋の端にあって、上座らしいところに一つある。十畳くらいはあるだろうか。天井は高く、ゆうに三メートルはある。
「堤。ぼけてるな。とりあえず、お前の処置が先だ。」上月に言われ、はっとする。
少女は漆塗りの小箱から包帯らしき布を取り出して、私に座るよう促す。私は彼女の前に座り、 おとなしく包帯を外されるのを待つ。上月もその横に座って、様子を伺っている。トヨは、新しい包帯を傷がかくれるよう器用に巻いた。
「っつ・・・」ふとした瞬間に彼女の指が傷にふれて、痛みが走る。
トヨは、心底申し訳なさそうに包帯を巻ききってから、
「五日ほどは外さないようお願いします。」そう言って、箱から木の枝を一本とりだした。
それを私の傷のあたりにかざして、小さく何事かを呟いたかと思うと、たちまち枝が枯れ、葉が床に落ちた。 若葉であったことが嘘のようだ。と、同時に先ほどの痛みが嘘のように頭が軽い。
そっと、触ってみると・・・気のせいか、傷が無くなっているような・・・。私はトヨを見た。 その目線だけで何を聞きたいのかわかったらしく、彼女は頷いて、
「この木には人の治癒力を助ける働きがあります。気、とでもいうのでしょうか。それを回復させる作用が何らかの形であるようです。わたくしはそれを促しただけ。ただ・・・わたくしのこの力を使ったことがわかると、あなた方の立場が悪くなります。ですから、五日ほどは布をはずさないよう・・・」
「俺の所為で・・・枯れちゃったのかな・・・だったら、悪いことしたなぁ。」私は枯れてしまった葉を手のひらに乗せて呟く。
「悪いのは、貴方ではなくそれを手折ったわたくし・・・その木自身がある場所で行えば、このようなことはないのです。わたくしがそこへ行くことは許されないから・・・」そういってから箱をしまい、上月を見る。
「・・・驚かれては、いませんのね・・・?」
「ああ。ここに着いたときそれはもうやったからな。・・・それより、君は『トコヨノクニ』と言った。トコヨとは、あの常世のことだろうか?」
「蓬莱といいましたか・・・仙都とも呼ばれますね・・・」トヨは薄い板に携帯用らしい筆で文字を書く。
「ほうらい?あの竹取物語に出てくるやつ?せんとって書いて常世って読むんだね。シャングリラとか、エルドラドとおんなし?」
「古事記に出てくる。神仙郷のことだ。・・・もっともその解釈が正しいかはわからんが。ここが、そうだというのか?」私はなんでそんなことを知っているんだろうなこの男は、などと思いながら彼を見る。
「・・・ここは、蓬莱。ただし、それも後に来た人間によってーーー」そこで、彼女は言葉を切って、扉のある方を見る。扉までは一段低くなった板の間があって、その先に木戸がある。一段高くなるところには御簾があり、こちらが見えなくなっている。