02 邂 逅2
「・・・承さんは、上月のいとこにあたるんですよね?」
我々は小さな喫茶店の一番奥の窓際の席に陣取ると、ウエィターがメニューを聞き終わったのを待って、聞く。
「ああ、うちの母が上月の家の四女でね、上月の爺様のお気に入りだったらしいけど、家を出てからはあまり会ってないんじゃないかな。」
「承、堤の聞きたいのはそれじゃないよ、多分、俺と似てないから気になったんだろう。」そこで上月が口を挟む。その通りだった。上月は濡れたようなとよく言われる黒髪をしているのに、承さんは染めたでも抜いたでもない、綺麗な亜麻色の髪だ。日本人にしては全体的に色素が薄い。
「ああ、そっちね。父方のクォーターだから、上月の人間らしく見えなくても仕方ないね。」そう言って、少しおどけたように前髪をもてあそぶ。ドイツ人の祖父をもっているらしい。
「・・・らしく見えても中身が違う奴もここにいるしね。」私と承さんは思わず含み笑いをする。
「そういうことは、本人のいないところでやるんだな。・・・・ところで、今回の発掘について、何か新しいことでもわかったのか?」
「ああ、まだ詳しくは知らないが、天照大神をまつっていたらしい。」
「へぇ、僕はてっきり、海神の方かと思いましたよ。」と、私は言う。
「海が近いから?」
「だって、普通そうじゃないですか?」
「そうだねぇ、確かに、海神も祭っていたよ。ただ、ここらへんではもともとそういう祠みたいなものは多いから、規模から言うと、やっぱり天照大神の方が大きいんだな。それで、古事記を知っているかい?」
「・・・漠然となら。自信ないですけど。」
「承が言いたいとこは・・・スサノオノミコトの子孫に、オオクニヌシノカミが生まれ、根之堅洲国でスサノオから試練を受けるんだが、スセリビメを伴ってここから逃れ、地上に出て国作りを始めるーーーこんなかんじ?」上月が言う。なんで、この男はさらりとそんなこと覚えてるんだか。
「ああ、まあそんな感じだな。それで、その国は、高天原の使者とオオクニヌシノカミとの交渉で、天神に献上される。天照大神の子孫である、ニニギノミコトが諸神を率いて日向の高千穂峰に降る、これが、ホノニニギの天降り、というやつなんだが・・・堤君?」
「え、あ。はいはい。」すでに、カタカナの名前がよく判らない。
「ごめんね、簡単なことなんだけど『日向国風土記』という文中に、《皇孫の尊、尊の御手持ちて、稲千穂を抜きて籾と為して、四方に投げ散らしたまひければ、即ち、天開晴れり、日月照りかがやきき。》・・・というのがあってね。その稲千穂の千穂が稲だとすれば、稲作と結びついても不思議はないだろう?」
「・・・天照大神の孫だったから、それが稲作の穀霊信仰と結びついても不思議じゃないってこと?」上月が言う。私にはいまいちよくわからないのだが、それを察したのか承さんが、
「太陽信仰はだいたい想像できるだろう?ホノニニギノミコトは、稲穂を成熟させる稲魂・穀霊を意味するんだ。古事記ではアメニギシクニニギシアマツヒダカヒコホノニニギノミコトなんて呼んでるけどね。」なんだか、えらくニギってのが多く聞こえる。
「だから、海神じゃなくても不思議じゃあないんだよ。最も、さっきも言ったようにそれを絶対神、唯一神としていたわけではないだろうけどね。ここは海の街だから。当然海神も何らかの関係は出てくるだろうね。堤君の言ったことも間違いじゃあないよ。」
「それに、銅鐸が出たって、新聞に載ってたろ?」と、上月が言う。
「そうだっけ?」私の頭にはあの首飾りしかなかった。たしか、カラーで載っているのはあれだけだったはずだ。
「文章の方読んだか?丁度、境内の裏側に当たる小高くなった丘のあたりに埋められていたらしい。もともと、銅鐸は地霊・穀霊の 依代とみなされるのが一般的だから、稲作農耕による豊穣を祈願する社としてあったんだろう。それなら、天照大神をまつっていても不思議はない。」
「・・・ふうん。あれ?でも、埋めてたって、なんで?それって祭儀とかに使ったんじゃないの?」
「堤・・・今日日それくらい中学生でも知ってるぞ。」はぁっとわざとらしく溜息をつかれ、むっとした私は、
「そんなこと教わった覚えないぞ。」
「そりゃ、先生運が悪かったか、それとも勉強は学校の教師と教科書だけだとでも思ってたのかな、どっかのアーティストさんは。」
「誰かみたく三ヶ月前の一日の行動全てソラで言えるほど根に持たないタイプなんでね。」
「・・・二人とも。」承さんが苦笑している。ああ、つい相手のペースに。
「興味深い説では、三品彰英氏のものかなあ、僕は。」承さんが言う。
「銅鐸は地霊・穀霊の依代であるから、大地に埋めておくことが重要で、取り出すのは地霊・穀霊を地上に迎えて祭る為だったって ゆーの。で、さっき言った神話の高天原信仰を内容とした天的祭儀が行われるようになって、銅鐸に取って変わっちゃったんで銅鐸がそのままになった、っていう。それと、首長や祭司の霊威の現れなども関係したとゆーわけ。」
「へぇ。」
「実際、銅鐸にもまだいろいろあって・・・」承さんが続けようとしたところで、今日のランチが運ばれてくる。よく見ると、この店の客は遺跡の関係者が多かった。
「残念、堤君は話がいがあるのに・・・彰だとおもしろくないんだ。」承さんは、くすっと笑いながらフォークを取り出した。私は、とりあえず話が中断したのに安堵感を覚えていた。承さんはいい人だが、これ以上話されてもきっとわからないだろうから。
そして、私たちは昼食を適当にとった後、遺跡を見て回り、T駅まで承さんに送ってもらった。家まで送るという好意を丁重にお断りして、
(きっと私がその空間に絶えられないだろうから。)T市の宿泊先へ向かうセフィーロを見送った。
「承さんて、いい感じの人だね。」私が言うと、
「外ヅラがいいだけ、あれは。お前は本当にうちの家系の人間に騙されるタイプだよなぁ・・」嫌そうに返事が返ってくる。
「なんだよ、それ。」
「それより、今日見れなかったところ、明日には見れるらしいから家泊まってくか?」上月の家は瑞穂区にあり、交通のことを考えるとその方が安上がりだ。
「宿泊料金ないけど?」
「金はあるところから取るもんだ。別に一宿一飯の恩を売ろうなんて考えとらんから安心しろ。」何かひっかかる言い回しだったが、今日は気分がいいから、聞き流すことにする。
「それにしても疲れた。承のやつ、やっぱり考古学バカだ。」
「確かに・・・どうして、あんなに元気なんだろうな?」お互いに歩く遺跡ガイドと化した承を思い浮かべ、つい笑ってしまった。
えーと。あくまで話の要素なので深くは調べてません。突っ込まれたら逃げます。(笑)