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夢見る男子

むくりと布団から起き上がり「何今の、ちょっと恥ずかしい」という夢を大抵の人は見た事あると思う。

そう、たとえばこんな夢――

 城壁をも貫通する強力な呪文のつるべ撃ち。

 一撃でドラゴンを即死させる直接攻撃の連打。

 そんな魔王を前に、俺は満身創痍。体力を回復する呪文もアイテムも尽きた。

 

「これを使うしかないか」

 

 力を振り絞り、鷹の刻印が刻まれた勇者の剣を掲げる。


「勇者、まさかアジュール・インパクト(聖なる群青の衝撃)を使うつもり!? いけないわ!!」

「己の命と引き換えに魔王を滅ぼす気かい? やめな! アンタらしくないよ!」

「魔王を倒したとしても、勇者、あなたがいなければ……私、私……」

 

 魂と引き換えの奥義を発動させるべく意識を集中する俺の耳に思いが込められた仲間達の声が響く。

 剣先に蒼い光が浮かび上がり、剣全体にその光が行き渡った。 


「みんな、魔王無き後の世界を頼むぞ!」


 危険を察した魔王が呪文防御を解除、全ての魔力を込めた攻撃呪文を撃ち出した。

 俺は苦笑した。

 この最終奥義が発動した今、全ての攻撃は無意味なのだから。

 見えない壁に炸裂する攻撃呪文を前に、俺は奔流のような蒼い光りを放つ剣をゆっくりと魔王に向けた。

 

「アジュール・インパクト!!」


 そう叫ぼうとした、その時天井の壁を突き破り、巨大な人の手が現れた。

 巨大なその手は驚愕の表情を浮かべる魔王をあっという間に指先でつまむと、そのまま突き破った天井の穴へ消えていった。

 暫しの間を置き、魔王の悲鳴が遠くから聞こえ途絶える。

 呆気にとられていた俺を強烈な地響きが襲う。

 穴の開いた天井から、またもや巨大な手が現れた。それは穴を広げるよう天井を破壊すると、魔王の間の壁を手当たり次第に壊し始めた。


「な、何なんだ、あの手は? みんな、大丈夫か!」


 降り注ぐ壁の破片を盾代わりにした剣で防ぎつつ振り向いた俺の目に映ったのは巨大な手にさらわれる三人の仲間達。


「うおお! そいつらを、そいつらをを放せぇぇ!」


 俺の声も空しく、悲鳴を上げる仲間達を握った手は雷光煌めく曇天へ消えて行った。

 瓦礫の山と化した魔王の間、そこで両膝を着いたままの俺は言葉も出ない。


「らりっひゃあ~、こりゃまた香ばしくてピリカラな味ですよ~」


 女性のご機嫌な声が空から響いてくる。


「らりひゃひゃ~ん♪」


 今度は巨大な手が二つ空から現れ、魔王の間から見える山々をむしり始めた。

 余りにも大きすぎる手なので成層圏に頭が届く巨人の仕業ではないかとふらつく頭で考える。

 冗談みたいに巨大な手は広大な田畑を鬱蒼とした森をむしり続けた。

 その内、視界に映る全ての景色をむしり取られ虚無の空間だけが残った。

 俺はその虚無の中、ただ一人立ち尽くす……。

 そこへ先程の女性の声。


「やっほー、鍋くん」


 同時に虚無の中から巨大な顔がぬっと現れた。


 あ、この顔、見覚えがある。


 そう思った途端、身に纏っていた勇者の装備が乾いた砂の様に弾け飛ぶ。

 

「んふふぅ、鍋く~ん」


 瞼を開けた俺の目に映ったのは、虚無の中から現れた顔と同じ顔、それも鼻が当たるかと思うほど間近。

 そうだった……俺はこいつに夢を……だから膝枕されてるんだった。

 後頭部に当たる柔らかな太腿の反発力を利用して俺は慌てて起き上がる。

 

「とーってもピリカラ香ばしい夢で美味しかったですよ~」 

 

 口からひと筋のヨダレを垂らした女の子が両手を頬に当てながら、妙に長いもみあげとアホ毛を揺らす。

 

「俺、どんな夢見てたんだ? 獏天」

「あれですよ、鍋くんが勇者になって、仲間のギャル三人と共に魔王退治に旅立つという夢でしたよ~」

「そうだった、今度はそんな古臭いハーレム夢だった。ってか、お前に夢を食わせる様になってから中二病っぽい夢多くなった気がするんだけど」

「中二病上等! じゃないですか。こ~んな美味しい夢をいっぱい見れる鍋くんって、ある意味天才ですよ~」

「いや、そんな天才聞いた事無いから、何の役にも立たないから」

「またまたご謙遜を~、役に立っている者がここにおりますよ~。だから見てくださいよ~、見て貰わないと私生きていけませんよ~、だってここに来る人達の夢って本当にマズイのばっかりなんですから~。しっとりふっくら、絹のような舌触り、甘辛くもスパイシー、あっさり且つコクのある鍋くんの絶品夢が食べられないと私生きていけませんよ~!」

「お、お粗末でした」


 俺の苗字は鍋島。

 そこから一文字拝借、鍋くんと呼ぶこの女子の名は獏天優夢ばくてんゆうむ

 高校の入学式と同時に俺のクラスへ転校してきた彼女は驚くなかれ、夢を食べる伝説上の魔物、獏一族の末裔なのだ。

 それを知ってしまったのは、夢部、そうこいつが立ち上げた部へ足を踏み入れたからだった。



            ◇



「聞いて聞いて! 体育館の脇にボロ小屋あるでしょ? そこにあの獏天が解決夢部っての立ち上げたらしいよ。なんでも夢を研究したり、悪夢を解決する部とか」

 

 昼休みも終わる頃、教室に飛び込んできた女子が仲間へそう話すのが俺の耳に入った。

 

 悪夢を解決する、か。ふうん……

 

 腕を枕に机の上へ突っ伏す俺はその話を頭の隅へ留める事にした。


 俺は日々夢見る男、そうエブリデイドリーマーだ。

 ちなみに、俺の言う夢とは“将来の夢”とか“彼女に夢を語る”の夢ではない、眠りに落ちた時に見る夢の方だ。

 記憶を手繰り寄せると、保育園に入った辺りから欠かさず夢を見てきたと思う。

 他の奴らは「起きた途端、内容を忘れる」らしいが、俺の場合そんな事は無く、ここ一カ月見た五十近い夢は全て克明に思い出せる。恐らくこれまで見た夢も全部記憶にあるはずで、時間を掛ければ保育園時の夢も思い出せるはずだ。

 そして肝心要の夢といえば娯楽性の強いものばかり。それこそアクション、SF、ファンタジー、ホラー、コメディ、何でもござい! てなもんだ。

 しかもそこらの下手な映画より面白いときてる。

 そんなもんだから、昔から時間があればうたた寝ばかり。

 当然友達らしい友達も出来なかった。

 夢の中に行けばタフな相棒やら共に戦ってくれる美少女が必ず居るのだ。

 リアルで友達に恋人を作る必要がどこにある? って恋人は余計だったか、全然モテない俺が言うと強がりにしか聞こえないもんな。

 で、高校の入学式から二週間経った今、当然のぼっち状態。

 

『机でいつも寝てる人』

『机のニオイを嗅いでないと死んじゃうやつ』

『机が嫁』


 そんなクラスメイトの陰口も馬耳東風。

 今日の昼休みも机に突っ伏し夢の世界、家に帰ってベッドでうたた寝、また夢の世界、といった夢三昧生活を送っていた。

 そんな俺が夢部へ行こうと思ったのには訳がある。

 ちょうどここへ入学した頃だろうか、寝汗びっしょりで目覚める夢を見るようになった。

 悪夢は人生初体験。更に内容はほとんど憶えていないというもう一つの初体験。

 しかもその悪夢を見る回数が、徐々に増えている気がする。

 放課後、体育館の脇にある小屋へ俺の足が向かった理由はそれだったのだ。

 廃部になった柔道部が使っていたというボロくて小さい木造小屋。

 その引き戸にこんな張り紙があった。

 

 解決夢部(仮)。あなたの悪夢、解決します

 

 当然やばいと思った、小汚い字が更にやばさを膨らませている。

 俺は理由があるからこの戸を開けようとしているが、普通ぜったい開けない、こんな怪しいやばいの貼ってたら。

 とりあえず年季の入った木の戸をノックしてみた。

 

 ……返事はない。

 

 つかの間、引き返そうか悩んだが思い直して戸を開けた。

 そう、脳内裁判官が「怪しい」と判決下したら『急用思い出した』とか言ってトンズラすればいいだけの話だ。

 予想していた引っ掛かりもなく、思いのほか素直に戸は横へ開いた。

 開いた戸の向こうには畳が引かれたガランとした空間。正面の窓から入り込む陽光の中、室内の埃がゆっくりと漂っているのが見える。

 そんな部室の中央に女子が背を向け正座していた。

 もみあげが長い特徴的なショートヘア、ピンと立ってるくの字型のアホ毛、クラスメイトの獏天とすぐわかった。

 

「あのー……」


 背中に声を掛けたが気付いた様子は無い。

 猫の額程の玄関に目を落とすと、女子の靴が二組並んである。


「あの……失礼します」

 

 靴を脱いで畳へ上がった。

 ぷうんと、長らく使われてない部屋特有の臭いが鼻をつく。

 驚かす気はさらさら無いのだが何故か忍び足になってしまう。

 静かな雰囲気を壊していけないという日本人特有の、空気を読む性質が俺をそうさせているのだろう。

 とはいえ近づきつつある俺に、獏天の背中は今だ気付いた様子がない。

 傍から見たら女子に忍び寄る変質者にしか見えない俺は彼女がどんな人物か思い起こしてみた。

 

 真っ先に思い出したのは入学早々行われたテストの事だ。

 高得点を取ったというのは女子達の話から知っている。

 この時思ったのは“頭いい奴”。

 だが、バレーボールで、バスケで、何度も顔面にボールを受ける姿を目撃。

 運動神経がニブちんなのを知ることになり“頭のいいニブちん”という評価に変わる。

 更には天然入ってる事も判明、女子のたわいない質問に頓珍漢な答えを返して爆笑され、あたふたしている姿を目撃したのは一度や二度ではない。

 という訳で現在俺の中で獏天の評価は“頭がいいニブちん天然系”となっている。

 俺のノックにも声にも気付かないのはその天然故かもしれない。

 

 獏天の真後ろまであと数歩という所で立ち止まった。

 真後ろからいきなり声を掛けたらどんな人間だって驚くだろう、獏天みたいな天然系なら尚更だ。

 下手すると大声出された挙句、先生数人により職員室へ連行されるかもしれない。

 ここはゆっくり彼女を迂回しながら前方に回り、『気付いてない様だから勝手に上がっちゃったんだけどゴメン』と片手を上げて声を掛けるのが普通。

 予防線ばっちりなプランに頷きつつ、彼女から距離を取って歩き出した。

 

『まだ気付いてないのか?』と横目で彼女を見ると、見知らぬ女子が獏天の膝枕で寝ている姿が目に入った。

 玄関にあったもう片方の靴はこの女子のか。

 それにしても何恋人同士みたいな事やってんだ? と思った時、獏天が女子に顔を近づけ始めた。

 ま、ま、まさか女同士でキス!?

つづく

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