「保健室におっさんは似合わない」幕間 【吸血鬼はどこにでもいる】
1.5話といったところでしょう。
中学最後の夏休みだから、冒険みたいなことをしたいって、最初に言い出したのは誰だったろう。
透琉か祥真か、あるいは佳月か。
きっかけは古い映画。
少年が死体を探しに行くってヤツ。
「死体とかは、俺マジ無理」
透琉は髪を後ろに流しながら言う。
「昆虫のいっぱいいそうなトコが良いな」
僕は昆虫好きだ。
「じゃあ、どっかの山の麓でキャンプ」
祥真はアウトドア好きな奴。
「異世界行っちゃったりして」
一まわり体がデカい佳月は、ムードメーカー。
四人とも同じ中高一貫生。
受験は心配ないんだ。
自慢じゃないけどみんな非リアだから、男四人でバカやって、夏の想い出を作りたかった。
「まずは場所を決めよう」
リーダー格の透琉が言い出した。
彼女いないグループだけど、彼を好きな女子は結構いる。
オーガニック派の透琉は、さらさらの髪と整った顔立ちしていて、ちょっと羨ましい。
「北海道! 涼しそう」
佳月の提案は、遠いので却下。
「海は?」
泳げない祥真が首を振る。
「あのさ、ちょっとした心霊スポットみたいなところ、どう?」
コワイ系話の好きな透琉が悪戯っぽく笑う。
僕も結構コワイの好きだから、つい話に乗る。
「そういえば、最近、割と近場でコワイ噂 を見た気がする」
僕が言うと、透琉は食いついてくる。
「へえ、何それ、何処の話?」
「S県の山地。麓の村に出る、吸血少女だって」
「「おお!」」
祥真も佳月も目が輝く。
少女ってとこがキモだな、きっと。
「じゃあ決まり。噂の場所近くで、キャンプしたり山歩きしたり」
「釣りできるかな」
「肝試しやろう」
男四人は盛り上がり、計画を立て始めた。
早く夏休みになあれ!
「えっ! 中学生だけで泊まるって、出来ないんだ」
初めは「少年の家」とか「青年の家」みたいなトコに泊まって、翌日からキャンプ場へ移動する予定でいた。
でも、引率者が必要とかで、それじゃあ僕たちだけの冒険にならない。
「手を出さないで見守ってくれる誰かを見つけないと」
親や親戚じゃない人が良い。
お金はないからボランティアでやってくれる人、いないかな。
「そうだ! ボランティアしてくれる人、募集してみようよ。大学生とか」
透琉はそういうと、地元向けのSNSで募集をかけた。
「大学生って、自分たちが遊ぶので忙しいんじゃないか?」
佳月はそう言い、祥真も頷いた。
数日後、一人だけ連絡して来た人がいた。
「ボランティアで構わないって! やった!」
大学生じゃない大人の男性だった。
その人は変わった条件を付けていた。
「何々……。『君たちが冒険している間は、昆虫採集させてくれ』だって」
「良いんじゃない。こっちも自由に出来るし」
「なんて人?」
「加藤、さん」
梅雨が明け、通知表貰って夏休みが来た。
当初の予定通り、池袋から特急に乗り、三泊四日の冒険が始まった。
ボランティアの男性は、現地で合流する予定だ。
初日は山の麓の少年の家。
加糖さん含めて五人で予約してある。
最寄りの駅には、送迎用のワゴン車が待っていた。
ワゴン車は急な坂道と連続するS字カーブを走って行く。
窓から見える景色は、木々の緑と遠い山脈。
「あっ!」
窓際に座った僕は、思わず声を出した。
「どうした?」
隣席の透琉が訊く。
「あ、え、いや……。何でもない」
きっと。
きっと見間違いだろう。
昼間でも薄暗い木陰に、一人の少女が立っていた、なんて。
小一時間ほどで宿泊所である「T市自然少年の家」に着いた。
祥真は車酔いしたみたいで、車を降りた途端にゲロってた。
館内に入ると、受付側のソファで寝ている人が居た。
工事現場の作業する人みたいな服装で、顔に麦わら帽子を乗せている。
男の人だ。
透琉が受付の女性に話かけている。
「ああ、引率者の方、もう来てますよ」
受付の女性はソファで寝ている男性を指差した。
「加藤さん、生徒さん来ましたよ」
麦わら帽子を外し、起き上がった男の人は、ボサボサの髪と眠そうな目をしていた。
僕たち四人は揃って挨拶をした。
加藤さんは、一人一人と握手する。おっさんぽい雰囲気だ。
でも笑った顔は、結構若かった。
「基本、俺は適当に好きなことをしているから、君たちも自由に動いていいぞ。ただし、一日何回か点呼取るから。あ、あと……」
加藤さんは、ぐるりと僕たちの姿を見た。
「山歩きするなら、長袖と長ズボン。首にはタオルを巻いておけよ」
「「「「はあい」」」」
◇◇
ここに二泊して三泊目はキャンプ場にした。
この少年の家は、消灯時間が早い。
だけど僕たちは、布団にくるまって、遅くまで話をした。
「割と良い人で良かったね」
僕が言うと皆頷いた。
「なんか、俺らみたいな子どもの扱いに慣れてるよね」
祥真がお菓子の袋を開けながら言う。
「ショタだったりして」
佳月がニタリと笑う。
透琉は首を掻きながら言った。
「どうしよう。俺、長袖持ってきてないや」
背格好は同じくらいなので、僕は透琉に長袖を貸すことにした。
翌日は山道を歩き、渓流まで降りて釣りをした。
僕以外は、餌に触るのを嫌がった。
ふと僕が対岸を見ると、大きな虫取り網を持った加藤さんに気付いた。
あれは、結構高い値段の網だよな。
ちゃんと見守ってくれているんだなって、僕たちは安心した。
加藤さんは、側にある、石像みたいな物を拭いている。
肝試しは、あの辺で良いかもしれない。
◇◇
その日の夜、八時から九時まで、外出許可を貰った。
「肝試し? なるほど。ではこの辺りに伝わる、真に恐い話でもしてやろうか」
加藤さんが人懐こい笑顔になる。
「あれですか? 吸血少女の噂」
「吸血少女?」
透琉の質問に、加藤さんはキョトンとした表情になる。
「違うなら、良いです」
透琉はちょっと顔色が悪い。
「血の涙を流す、仏像の話なんだけどなあ」
ぶつぶつ言いながら、加藤さんは思い出したようにみんなに言った。
「虫除けスプレー、忘れないようにな」
◇◇
僕たちは昼間釣りをした場所から少し下ったところにある、小さな吊り橋を渡って対岸へ進んだ。
月明かりの下、ギシギシと鳴る吊り橋を渡るのはちょっとコワイ。
「なあ、吊り橋効果って本当かな」
佳月と祥真が先に行き、僕と透琉があとから渡る。
「吊り橋効果って……」
透琉に訊き返す。
「吊り橋みたいな危険なとこで、出会う男女は恋に落ちやすいっていう、アレ」
「一緒に渡りたい女子でもいるの?」
ドキドキしながら僕は訊ねる。
「そうだなあ、陽葵とか」
やっぱり……そうなんだね、透琉。
男子の人気が高い陽葵。
クラスでも仲が良い透琉と陽葵。
僕の目が暗くなったのは、月が翳ったせいだ。
石像まで行くと、月が再び顔を出す。
月光に照らされた石像は、この地域であちこちに見られる、羅漢像みたいだ。
僕は、月光に照らされた透琉の首を見た。
「! と、透琉、それっ!」
「何?」
僕の震えた声に、佳月も祥真も振り向く。
「その、首、どうしたの?」
「え、首って」
透琉の首筋には、赤い点が二つ並んでいる。
まるで、何かの牙が刺さったかの様に……。
四人は、慌てて元来た道を戻る。
走っている途中、透琉はうめき声を上げる。
「うおおおおおお!!!」
それはまるで、遠吠えのようだった。
舗装された道まで戻ると、加藤さんが待っていてくれた。
「どうした? 何かあったのか」
「あ、あの、吸血鬼……」
「はあ?」
「と透琉が、吸血鬼に、やられた!」
加藤さんは座りこんだ透琉のあちこちを触り、顔や目を見る。
「発熱、発疹、山の中……」
加藤さんはぶつぶつ言いいながら、透琉に訊ねた。
「虫除けスプレーしてたか?」
「い、いえ。ハーブの、虫除けハーブ水だけ……」
息も絶え絶えに透琉が答える。
「そうか」
加藤さんは宿泊場所に連絡している。
「はい……そうです。マダニかも……安静にして、車で……」
すぐにワゴン車がやって来て、そのまま僕たちは下山した。
◇◇
病院について、透琉はすぐに入院となった。
彼のご両親にも加藤さんが連絡し、ご両親は車でここまで来るらしい。
佳月や祥真も顔色が悪い。
「透琉君は、ダニが原因の感染症の疑いがあるんだ。君たちも、検査が必要かもしれないけど……。虫除けスプレー、何使ってた?」
佳月と祥真はそれぞれ虫除けスプレーの名前を言う。
「君は?」
加藤さんに訊かれた僕は、ポケットに入れていたスプレーを出す。
「なるほど、ジエチルトルアミドとイカリジンが両方入っている虫除けか。君は、大丈夫かもな」
少し細い目で、加藤さんは僕を見た。
まさか、こんなに薬剤に詳しい人だったなんて……。
結局、中学最後の夏休みは、中途半端に終了した。
透琉は一晩入院し、軽い症状だったので、迎えに来た親御さんと一緒に帰って行った。
僕は放心状態で、宿題もあまり進まなかった。
夏の終わりごろ、回復した透琉から連絡があり、学校の側のカフェで会った。
痩せたな、透琉。
「ごめんな、冒険もキャンプも出来なくしちゃって」
「ううん。もう、大丈夫?」
「ああ。でも、良い想い出になったよ」
透琉は、氷が溶けかけたアイスコーヒーを飲む。
「九月から、俺転校するんだ……」
「えっ! 聞いてないよ、僕」
「うん、誰にも言えなかったから」
透琉のお父さんが海外赴任するので、一家で渡米するんだって。
知らない、そんなの。
なんで、言ってくれなかったんだよ。
「また、会えるよ。そのうち帰って来るからさ」
「……うん」
「俺さ、お前と友だちで良かったよ」
全く邪気のない透琉の笑顔に、僕の心は裂かれるようだった。
僕は……。
僕はね、透琉。
君が、君のことが……。
嫌いだったのに!
学校の門の前で透琉と別れた。
ふと、視線に気がついて顔を上げると、加藤さんが手を振っていた。
「よお、元気だったか?」
僕は無言で通り過ぎる。
「もう、あんなこと、するなよ」
加藤さんの低い声で、思わず僕は振り返る。
「君が立てた計画だろ?」
「な、何が……」
「夏に山に行こう。中坊男子が好きそうな、心霊話を作って」
「そんなこと……」
「君は知っていたね。彼、透琉君の家が、オーガニックを好むって」
「それは、みんな知ってますよ」
「でも、悪質なリケッチアを人に感染させる、面倒なダニの種類に効く虫除けは、ディート成分だけだ。虫に詳しい君は、それも知っていたんだ」
「別に、知っていたらいけないですか」
「いけなくはないさ。ただ、その知識を利用して、友だちを危険な目に合わせた。それはいけないことだろう?」
僕は無言になる。
だって、加藤さんの言うことは、全部その通りだから。
みんなに好かれて、リーダーシップもあって、女子に人気のある透琉のことが僕は嫌いだった。だから、ちょっとした意地悪をして、困らせたかった。
それだけだった。
「下手したら、死んでしまう病だよ」
僕の胸はドクンと音をたてる。
死んで、しまう……。
確かに、そう書いてあったけど。
薬を飲めば、治るって……。
「今まで一緒に過ごした人が、いきなりいなくなってしまう。それは悲しい、寂しいことだ。
その原因を自分で作ったとしたら、君は一生、その傷を抱えてしまう。
そんな傷、俺は君に、君たちに、負って欲しくない!」
――お前と友だちで良かったよ
透琉の声が聞こえた。
嫌いだけど。
友だちだった。
悔しいけど。
憧れた。
――また、会えるよ
僕の足元に、ぽたぽた落ちるのが自分の涙だと、しばらくの間気付かなかった。
加藤さんは僕の肩を支えながら、一緒に歩いてくれた。
夏の夕暮れが寂しいものだって、僕は初めて知ったのだ。
了
「僕」って誰さ。
次作で明らかになる、かも。
……ということで、完全版を仕上げました。
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