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3.

(え……?)


 背後から腕を掴まれたグリゼルダは、まさかと思い振り返る。

 先ほどの青年が、グリゼルダの華奢な腕をぐっと掴んで引き止めていた。


「あ、あの……まだ、何か用が……?」


「さっき、あなたをダンスに誘いたいって言いましたけど……実は本気なんです。別に、助けるために演技をしていたわけではないんですよ。ああ、失礼。引き止めるのに必死で、腕を強く掴んでしまいました」


 青年はグリゼルダの腕を強く掴んでいたことに気づくと、慌てて手を離した。

 ほんのり赤くなった自分の白い腕を見て、グリゼルダは「ああ、この人は本気なんだ」と思った。


「ええと……ごめんなさい、ちょっと聞いてもいいかしら? どうして、私なの? ここには、私なんかよりもずっと若くて可愛らしいお嬢さんが沢山いるでしょう?」


「あなたがいいんです」


 青年は、そのサファイアのような瞳でしっかりとグリゼルダを見据えながらそう言った。


「……!」


 グリゼルダは困惑やら嬉しいやらで胸が一杯になった。

 たとえ声をかけられるとしても、精々自分より年上か同年代くらいの男性からだと思っていたからだ。


「その……多分、一目惚れってやつです」


「ひ、一目惚れって……仮面で顔を隠しているのに?」


「凛とした美しさ、溢れ出る気品、大人の女性にしか出せない色気──顔を見ずとも、僕にはすぐわかりました。あなたほど理想的な女性はいないと。それに、僕、同年代の女性にはあまり興味がないんですよ。って……すみません。申し遅れました。僕はトラヴィス。トラヴィス・ガーランドです」


 青年はトラヴィスと名乗った。男爵家の次男で、二十歳になったばかりの大学生らしい。


(ガーランド家……? 聞いたことのない家名ね)


 グリゼルダは首を傾げた。

 とはいえ、この国には弱小貴族も含めればかなりの数の貴族がいる。聞き覚えがなくても、特段不思議なことではない。


「それで、あの……もしよければ、僕と一緒に踊っていただけないでしょうか? ええと──」


「グリゼルダよ。あなたはまだ若いから知らないかもしれないけれど……昔、大きなスキャンダルを起こして、それ以来ずっと同年代の異性から避けられ続けていたの。そんな私でもよければ、一緒に踊ってくれる?」


 グリゼルダはトラヴィスの耳元に口を寄せると、そう尋ねた。

 どうせ、隠していてもいずれ過去がばれるのだ。それなら、最初から正直に話しておいたほうがいい。


「はい。グリゼルダさんのこと、もっと知りたいですから。そのスキャンダルのことも、追々話してください」


 そう言って、トラヴィスはにっこり微笑む。


「ふふ、ありがとう。それじゃあ、私をリードしてくれるかしら?」


 そう言いながら、グリゼルダはトラヴィスの手を取る。


「──イエス、マイレディ」


 トラヴィスがグリゼルダの耳元でそう囁いたのとほぼ同時に、音楽が流れ始めた。

 その音楽に合わせて、周りにいるカップルが踊り始める。

 グリゼルダの腰に、トラヴィスの手が回された。その瞬間、グリゼルダの心臓が跳ね上がる。


(そう! これよ、これ! 私が求めていたのは、こういう展開なのよ……!)


 傍から見れば、若い男に言い寄られて年甲斐もなく舞い上がっている痛々しい四十路女だが、前述の通りグリゼルダの心は恋愛小説や乙女ゲームが大好きな女子大生の頃のままなのだ。


(そもそも、悪役であるはずのヒルダの性格が良くなっている時点で原作と違うのよね。だから……もしかしたら、グリゼルダの──いや、私の運命の相手はこの人だったりして……?)


 トラヴィスと一緒に踊りながら、グリゼルダはふとそんなことを考えた。

 前世で推しだったとはいえ、あんな男(ジェラール)と結ばれるために必死になるんじゃなかった。トラヴィスと出会えるまで、大人しく待っていればよかった。

 後悔しつつも、グリゼルダはトラヴィスとのダンスに夢中になった。


 その日の夜──グリゼルダとトラヴィスは互いに素顔を晒し、肌を重ねたのだった。



 ***



 数週間後。

 あの仮面舞踏会での出会いをきっかけに、恋仲になったグリゼルダとトラヴィスは逢瀬を重ねていた。

 グリゼルダは、トラヴィスに自身が過去に起こしたスキャンダルのことについて話した。幸いにも、彼は「それでも構わない。僕はあなたを愛しています」と言ってくれた。

 日々囁かれるトラヴィスの甘い愛の言葉に、グリゼルダは心酔した。どうしようもないほど、骨抜きにされてしまった。

 トラヴィスが運命の相手であると確信したグリゼルダは、やがて彼と添い遂げたいと思うようになった。

 このまま自分に子供が生まれなければ、バーガンディ伯爵家は恐らく父方の年の離れた従兄弟が継ぐことになるだろう。

 グリゼルダがスキャンダルを起こして以来、半絶縁状態だからもう二十年以上連絡を取っていないが……確か、あの家には男子が二人がいたはずだ。


(でも、もしトラヴィスと結婚して子供が生まれたら……自分の子供に家を継がせることができるのよね)


 年齢的に、グリゼルダにはもう猶予がない。だから、子供を望むならすぐにでもトラヴィスと結婚しなければ。

 グリゼルダは、暇さえあればそんなことを考えるようになっていた。



 そして──気づけば、トラヴィスと出会ってから三ヶ月が経過していた。

 ある日、グリゼルダは邸の庭園にこっそりトラヴィスを招き入れた。

 今までは外でばかり彼と会っていたのだが、ふと思い立って邸に呼んでみたくなったのだ。


 グリゼルダは、トラヴィスのことを専属執事であるスチュアートにすらまだ紹介できていない。というのも、何だか気恥ずかしかったからだ。

 それに、流石のスチュアートも二十歳も年下の恋人を連れてきたら卒倒してしまいかねない。だから、なかなか言えなかったのだ。


(こういうのも、スリルがあっていいかもしれないわね)


 実のところ、グリゼルダは刺激を求めていた。「もしかしたら、誰かに見られてしまうかもしれない」というスリルが、より一層グリゼルダの情欲を掻き立てた。


「ああ……トラヴィス。愛しているわ」


 グリゼルダはトラヴィスの首の後ろに手を回すと、キスをねだった。

 それに応えるようにトラヴィスはグリゼルダを強く抱きしめ、息継ぎもできないほど深く口付ける。


「……んぅ」


 グリゼルダの口から、溶けるような吐息が漏れる。


「もう、いいですか? グリゼルダ」


 トラヴィスはグリゼルダにそう尋ねる。恍惚としながらもこくんと頷くと、彼はグリゼルダの体をちょうど茂みに隠れるように優しく押し倒した。

 その瞬間。不意に、少し離れたところからガサッと葉が揺れる音がした。グリゼルダは思わず立ち上がり、音が聞こえたほうに視線を移す。


「グリゼルダ様……?」


 そこにいたのは、スチュアートだった。

 いつもは冷静沈着な彼が目を瞬かせ、珍しく動揺した素振りを見せている。

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