不幸の種-Always happy-
「
あるところに一人の研究者がいた。
彼はまだ若いなりにも意欲に満ち溢れ、みんなを幸せにするための研究をしていた。
「私の研究で絶対に世界中を幸せにして見せる!」
そう言って彼は今日も研究に勤しんでいた。
彼の研究内容は幸せとはなにか、そして人々が幸せになるためには何が必要なのかを重きにおいていた。
先輩や教授からはそんな馬鹿なことはやめろと言われたが、彼にはこれが必要だった。
何故ならば彼が生まれ育った周りには不幸な人がたくさんいたからだ。
家族は母親も父親も貧乏に苦しみ、「不幸だ不幸だ」と毎日のようにつぶやいていた。
近所の友人の親は妻に離縁され、絶望の中で自殺した。
高校生の時、学校で良き先生に恵まれていたが、彼は実は知り合いの連帯保証人となっていたがために、卒業後自殺した。
だからなのか、彼は人を幸せにするということに人一倍執着していた。
不幸とはなにか、幸せとはなにか、それを解き明かそうと必死だった。
そうして彼はどんどん研究にのめり込んで行った。
「絶対にすべての人を幸せにするのだ」
彼は終始そんな状態だったため、親しい人なども離れていく一方だった。
しかし、彼はそんな状況にもかかわらず、どんどん研究にのめり込む。
そして十年もたった頃だろうか、彼は一つの結論にたどり着いた。
「幸せはいかなる時も常に存在する。だが、この物質が脳内で生まれ、其れが育ったときに人々は不安、痛み、苦しみなどのあらゆる不幸が発芽するのだ」
彼はそれを『不幸の種』と名付け、発表し大きな反響を得た。
はじめこそ懐疑的な意見が多かったものの、途中で目をつけた、医療メーカーと共同開発で治療などの苦しみを一時的に抑制する薬が復旧してからはそのような声は殆ど聞こえなくなった。
彼はようやく満足した。
「私の研究は間違ってなかった」
そう言って毎日のように忙しく医療メーカーと一緒に新たなる研究を続ける。
そうこうしているうちに彼はまた不幸というものが何かを見失って行った。
浮かれてもいた。
何故ならば研究が認められ、結婚もし、幸せの絶頂にいたのだから。
だから気づかなかった。
身近に潜んでいた『不幸の種』に。
それは気づかないうちに生まれ、そして発芽した。
妻の自殺という事実を伴って。
彼女は悩んでいた。
自分に子供ができないことに、そして不妊治療の最中に『あなたの妊娠は非常に難しい』と言われたのを皮切りに彼女の何かが崩れた。
彼は気づいてなかった。
子供ができないのならばそれは仕方ないし、子供がどうしてもほしいのであれば里子をもらうことも検討に入れていた。
彼女の自らの血を受け継いだ子供がほしいという欲求に、明後日の方向をのフォローしかできていなかった。
そして今、彼は絶望の淵にいる。
」
「と、ここまではいいですか♪」
などと彼女は彼の今までの人生を、実に楽しそうに話した後に言った。
「あなたはなんだ、人の家にズカズカと入り込んできたと思ったら楽しそうに人の不幸を笑う」
彼は非常に不機嫌そうに言った。
「私の態度が不満ですか?しかし我慢してください♪私はこういう態度しか取れないし、そうなったのはあなたのせいでもあるのですから♪」
などと意味深なことを言った。
彼は過去の自分の行いを反省した。
なぜこんな不快な人間を一時的にとは言え、家に上げてしまったのか。
半死半生でうちまで来て、呼び鈴をしつこく鳴らす人間がまともな訳がない。
救急車を呼んで病院に送るまでの一時的な措置などと思い、介護しようとしたのが間違いだった。
「ふふっ♪」
彼女は彼の態度を見て実に楽しそうだ。
今からでも家の外に放ってしまおうかとおもいだしたときだ。
「ごめんなさい、あなたの不幸が楽しいわけではないのですよ♪そういった態度が取れる人間がまだいることが楽しいのです♪」
などと訳のわからないことを言い出した。
「それはどう言う・・・」
つもりだという声を遮って彼女はこういった。
「あなたが『いま構想している装置』がまだ復旧していないと言うのはこういうことなのですね♪」
「今、なんと言った?」
彼は過敏にその言葉に反応した。
「あなたが『いま構想している装置』ですね♪」
「何を知っている・・・」
この装置のことは誰にも話していないはずだった。
それもそのはず、妻が死んで塞ぎ込んでいるときにふと頭に浮かんできたまだ完全な形になっていない構想段階なのだから。
「まぁ、早い話がですね♪その装置の開発やめませんか?というお話です♪」
彼はついに堪忍袋の緒が切れそうになった。
怒声混じりに答える。
「お前に何がわかる!妻をなくし、周りの不幸は止まらない!それを止めようとして何が悪い!」
そんな彼の怒りに全くひるまずに彼女はこういうのだった。
「あっはっは♪いやーまったくです♪世界から不幸をなくしたい♪その想いを止めるなんて本来とんでもない♪」
「ただですね♪このままだともっととんでもないことになるんですよ♪」
「何が言いたい!お前はジョンタイターとでも言うのか!?未来から来たとでも?」
バカバカしいと彼は首を振る。
「その?じょんたいたー?さんは知りませんけど私は未来から来たのは大当たりです♪」
彼はあまりのバカバカしさについに怒りを通り越して呆れはてた。
「で?キミは私の装置が次の世界大戦を引き起こすとでも?それとも何か?パンデミックでも起こるのか?」
「いいえ♪未来はとっても明るい明るい幸せな世界ですよ♪それはもう幸せ過ぎるぐらいに♪」
「じゃあなんの問題もないな!」
救急車を呼ぶからとっとと病院に行ってくれと彼はその場から離れようとした。
「ですからね♪その幸せなのが問題なんですよ♪今の私の状態を見て疑問を覚えませんでしたか?♪」
彼女はそう言って腕を広げた。
彼は改めて彼女の状態を見た。
服は所々破れ、怪我も負っているようにみえる。
よくよく見れば顔色も非常に悪い。
「本当に大丈夫なのか?とても危険な状態に見える。君は怪我がひどくて錯乱しているのでは?」
「救急車はやめてもらえますか♪とても面倒くさいことになるので♪」
「それに錯乱しているわけではありませんよ♪これがあなたの装置の効果ということです♪」
そう言って彼女は後ろを向いて首筋を見せた。
そこにはどこか人間にはふさわしくないような装置が埋まっているようだった。
そしてそれは。
「なぜ、それがもうあるのだ!」
彼は驚きを隠せなかった。
なぜならそれは彼が構想、いや、妄想と言ってもいいレベルでしか考えていない装置だったからだ。
「私が未来から来たということがわかりましたか♪」
「そんなバカな・・・」
しかし、それはたしかにそこにある。
「しかし、いや、ひとまずいろいろな疑問はおいておこう。なぜ人を幸せにする装置が問題なのだ?不具合でもあったというのか?」
「いいえ♪この装置は非常に安価で♪大きな不具合の一つも起こしていませんよ♪たった1つの問題を残しては♪」
「その問題というのは?」
「あなたの装置は幸せにするのではなく♪不幸をなくす装置だったということです♪」
分かりますか?と彼女は続ける。
「人から不幸を取り除いた世界♪それがどんなものかわかりますか♪」
「人々は幸せになると思うが・・・」
「いいえ♪幸せではありません♪不満も不幸も絶望もない世界になるのです♪」
「それになんの問題が?」
「不満も不幸も絶望もない世界♪なんて素敵な響きでしょう♪ただ、そんな世界で人々はどうなると思いますか♪」
「それは幸せに暮らすんじゃないか?」
「ええ♪それはもう幸せすぎて何もする気が起きないぐらいに♪不満も不幸も絶望も誰も抱かないのです♪だからこそ『今』人は絶滅しかかっている♪」
彼女は『今』というのは表現がややこしかったかもしれませんねとつぶやいた。
彼は、彼女の話は、たしかに筋が通っているような気がしていたがどうしても見逃せない矛盾点を見つけた。
「ではなぜ君は時間を移動できた?何もする気が起きない世界でそんな技術が生まれるということはありえないのではないか?」
「ああ♪そのことですか♪簡単です、私とその仲間は、時間移動するまでこの装置が起動してなかったのです♪」
「一つの不具合もというのは間違いだったかもしれませんね♪もう一つ欠点と言っていいのか♪私達にとっては都合の良かったことなのですが、この装置にはオンオフできる機能が付随していました♪」
「当たり前だ。機能を切れない装置など欠陥品ではないか」
「まさにそのとおりです♪私達は稀に発生する装置が起動しない状態で過ごしてきた者たちなのですよ♪」
「だから現状に抗おうとした♪まぁ私のせいで台無しになってしまったんですけどね♪」
「それはどういう・・・?」
「この装置を起動するのは本来最後の手段でした♪ですが、時間移動というのは想像を絶する過酷さでしてね♪つい装置を起動してしまったのですよ♪」
「本当はあなたを殺してでも装置の開発を止めるつもりで来たのに♪今はそんな気すら起きません♪」
だって不満はないのだからと彼女は言う。
「・・・」
「だから今はお願いしかできません♪装置の開発をやめませんか♪」
「そこまでその装置が邪魔だと言うなら止めて私を殺せばいいではないか」
「それは無理ですね♪今までこの装置を止めた人で、まともに思考できた人はいません♪突然やってくる絶望、痛み、苦しみそれらの感情に押しつぶされてしまうのです♪」
「・・・」
「だからね♪やめませんか♪」
「もし私が装置の開発を続けたとしてどうする気だ?」
「どうもしません♪ただ静かに見守るだけですよ♪そもそも私には帰り道は用意されていませんし♪」
「時間移動は片道通行とでも?」
「んーその辺は難しいんですけどね♪本来不可逆のものを逆転させるっていうのはそれだけ難しいことなんですよ♪ましてや加速するなんて夢のまた夢です♪」
タイムマシーンも壊れてしまいましたしねと彼女はおかしそうに言う。
「すでに私は時間のくびきから外れてしまったので今後生まれることはないのです♪すべて私についてはなかったことになるのですよ♪」
「もし、私が装置の開発をやめたとしたら君はどうなる」
「消えてなくなるでしょうね♪あなたを止める要因として生まれただけの存在として♪」
「・・・」
「どうしたんですか♪そんなに深刻そうな顔をして♪」
「君の育った世界はどんな世界だった?」
「装置を入れていなかったときはディストピアそのものでしたね♪まぁ装置さえ動いていればそこはユートピアなんですけど♪」
「そうか・・・」
彼は膝をついた。
どこか彼の中にあった執念が霧散していくようだった。
「んん?もしかして成功してしまったのですかね私♪どこか体が蒸発していくような感じがします♪」
装置を入れてしまった時点で絶対に失敗したと思ったのですがと彼女は言う。
「君は・・・それで良かったのか?」
「ええ、悔いはありません♪この装置のせいかもしれませんが♪」
そして彼女は消えていなくなった。
彼女が立っていた場所には何も残っていない。
ただ、そこで彼は膝をついたまま一人たそがれるのであった。
『そして、この後に訪れる未来が明るいかどうかは分からないが『不幸の種』はまた育ちだす』