カッコ良くて、カッコ悪い。
第四話 大きな空、小さな自分
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晩ごはんを食べたあと。
俺たちは寝室に行っていた。
今日だけは姉ちゃんには下の階で眠ってもらっている。いや、あっちがそうしたいと言ったのだ。
「……なぁ……ムジナ、起きてるか?」
……返事がない。
眠っているのだろうか。
「……サメ?」
「……」
ごぼごぼという音だけが聞こえる。
「……サメ」
「……なんだ」
くぐもった低い声が聞こえる。
知らない人が聞いたら恐れをなして逃げるだろう。
「そこから……星、見える?」
「……あぁ。天井がガラスだからな」
「どうしてここまでついてきてくれたの?」
「どうしてって……お前が心配だからさ」
「え?」
思わず水槽を見る。
月夜に照らされてサメの目が光る。
黄色い目、そして縦長の瞳孔が恐ろしい。
紺色の夜空と相まって、ここは深海なのかと錯覚してしまうほどだ。
「俺は単純なことしかできない。馬鹿だからな」
「そんなこと____」
「だから馬鹿は馬鹿なりに足掻くんだよ。俺にしかできないことを探してな。お前は賢いからやるべきことを心得てる。なら見つけたたった一つの『それ』を精一杯こなすのがお前の使命ってやつだろ」
「サメ……」
「……って、シロナガスクジラの受け売りだがな!」
ははっ、と笑い飛ばすサメ。
その強面な顔から予想もつかない柔らかな笑みを見た俺は、なぜか難しいことを考えるのはやめようと思った。
「……なんだよ、ニヤニヤして」
「ううん。ありがとう。元気出た」
「……そっか。あまり無理だけはするなよ」
「もう、そればっか……。大丈夫、俺は死なない。死んだりするもんか」
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「おはよ、ヘラ!」
階段を降りて挨拶をする。
いつもの毎日と同じ動きだが、空気だけはいつもと違っていた。
「おはよう、ムジナ」
いつものようにヘラが机に座り、コーヒー、紅茶、または緑茶を飲んでいる。
机の上にはヘラが作った朝ごはんが並べられていた。
「髪の毛跳ねてるわよ、ムジナ」
「一緒に直しに行こうぜ。俺のは長いから面倒なんだ」
いつもと違ってメリアさんやサメさんもいる。
ヘラのお姉ちゃんのメノイさんはまだ寝ている。また夜中にどこかに出掛けたのだろうか。……お兄ちゃんと一緒だ。
「うん!ヘラ、泉に行ってくるね」
「あぁ。近くても気を付けろよ」
「わかってる!行こ、サメさん」
「おいおい、引っ張るなよ。俺はサメなんだぞ、痛いぞ!」
メリアさんの目立つ牛柄パジャマを最後に視界に入れ、オレとサメさんは外に出ていった。
「ねぇ、サメさん、知ってる?」
「なんだ?」
「ヘラの家の右側って、未開の地らしいよ」
「はぁ?ここ、そんな危ないところだったのかよ」
「地図には載ってないんだって。昨日見てた地図の左側は『海』って言ってたでしょ?でも右側は無い……」
「……もしかして行こうだなんて思ってないだろうな?」
サメさんがこれ見よがしにあくびをする。
ギザギザの歯がギラリと光る。こんなのに噛みつかれたらひとたまりもない。
「思ってないよぉ……」
「なんだよその目……」
「すごい歯だなぁ……って……こんなのヘラが持ってた漫画しか見たことない」
……と言っても漫画は数えるほどしかなかったが。
「ふふん……これは付け歯だ」
「全体的な付け歯なんてあるんだね」
「シロナガスクジラに『サメ』という怖いイメージを付けるためにって渡されたんだよ」
「変なところに力を入れてたんだなぁ」
「ほんとほんと」
二人で談笑しながらヘラの家から北の方へと進んでいく。
行きすぎるとリメルアの屋敷があるが、今は誰もいない。
誰も掃除をしていないのでハレティがダメージを受けた弓矢や、ヘラのドラゴンソウルで焼けた床、噛まれたときに滴り落ちたレインの血などがそのまま残っている。
リメルアと戦った後日、ヘラと二人で探検したときに見たものだ。
今はどうなっているかはわからないけど……。たぶんお兄ちゃんが掃除したのかもしれない。
「着いた!」
「いつ見ても綺麗だな、ここは」
「昨日見たばっかじゃん」
「はは、そうだな。さ、水浴びしよっか」
「朝から入るなんて、『はいとくてき』だねー!」
「……その言葉、ヘラの前で言わない方がいいぞ」
「えー?そんなこと言うサメさんなんて、こーだ!」
木々に囲まれ、神秘的な雰囲気を出している泉の中に入り、両手いっぱいに水をすくって腕を上げる。冷たい水がサメさんに襲いかかった。
「あ!やりやがったな!」
サメさんも泉に入り、同じように水をかけてきた!
「負けないからねー!」
バシャバシャと水をかけあう。
サメさんの無意識だと思うが、オレが深いところに入らないように誘導してくれている。気づいたとしても誘導された方向に行かなければ水がかからないのでそのあたりはうまいと思う。
うまくないのは……。
「サメさん、大人げない!!!」
力加減だ。
「ふふん、魚に水中戦を挑もうなんて百年早いね!」
「百年なんてあっという間だよ!」
「むっ!なら百億年だ!!」
「勝てない!!」
「純粋か!」
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「……で。朝からビショビショになって帰ってきたワケ」
泉から帰ってきた上半身裸の二人を見て、俺はため息をつきながら栞を挟んだ本を長テーブルの上に置いた。
「「ごめんなさい……」」
ムジナとサメの二人はペコリと頭を下げ、申し訳なさそうにしている。
髪の毛はまとまっているが、やり方が間違っている。
「とりあえず着替えてこい!風邪を引くからな。ムジナ、予備の服があるだろ。それ着な」
「はーい」
「サメは?服……無いけど」
「元からこんなもんだからな。あと五分もすれば乾くさ」
「ならいいけど……」
サメの体を上から下までゆっくりと見る。
宇宙と違うのは、革製のズボンのベルトにチェーンが追加され、そこでは方位磁石がネックレスのチャームのように揺れている。
おそらくさっきサメはヒートアップしすぎて本気を出すために上の服を脱いだのだろう。
戦うために鍛えられた、いわば『細マッチョ』なるものが目に入る。
首から下げられた鮫の歯のペンダントがアクセントになり、目が離せない。
……俺が大きくなったらどんな感じになるんだろう……。
「……なにジロジロ見てるんだよ。俺は着替えなくていいって言っただろ」
「あ……ごめん。その……カッコイイなって」
「え」
俺の言葉にサメは目を丸くし、そして弾けるように笑った。
「……っは、あはははははっ!」
「な、何がおかしいんだよ!せっかく褒めてやったのに!」
「違う違う!俺ほどカッコ悪い奴はいねーよ!」
「どういうこと?」
お腹を抱えて爆笑するサメを見ながら疑問を吐いた。
「昨日も言ったけどさ、俺は何もしてねぇ。しかもやること成すこと負け続きときた!なら、カッコ悪いほか無いっしょ!」
「……」
「ちょっと難しかったか?……でもそう思ってくれたなら嬉しいよ。見た目も中身も役に立たない奴より、スキルが役に立たなくても、姿を見るだけで背中を押してやれる、心強い奴でありたいと思った結果なんだよ。ヘラ」
サメは軽く笑い、俺の頭をクシャ、と撫でた。
どうも、グラニュー糖*です!
現在、「怪奇討伐部完結直前・pixivと同じところまで進める祭り」を開催しております!
こっちでは表紙を載せられないことが本当に残念ですが、楽しんでいただけると幸いです。
本当はイラストを見て読むほうが良いんですけどね!
なお、pixivからそのままドンしてるのでルビやら何やかんやがpixivのコマンドのままになっている場合があります。それを見つけた際はお手数ですがお知らせしていただくととても嬉しいです。もちろんコメントなどもお待ちしております!
ではでは〜