一息タイム
第三話 ヘラのために
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「……ということで!晩御飯作ったよ!」
ムジナが嬉しそうにテーブルにヘラを連れてくる。
ニコニコしているムジナとは裏腹にヘラは浮かない顔をしていた。
外の太陽はもう見えなくなっている。
夜だ。
「どうした?ヘラ」
「失敗して指を切ったりしないか、火傷をしないか、水を溢さないか、材料を間違えないか心配してたら気が気じゃなかった……」
「お前心配しすぎ」
「だって……」
ウジウジしながらモゴモゴと呟くヘラ。
子供らしくない悩み事だが、これがヘラなのだろう。
「ヘラ!ヘラが元気出るようにって、アイザーって人がくれたウナギだよ!カリビアさんの知り合いなんだってね!」
「……は?アイザー、来たのか!?姉ちゃん!」
「えぇ。サメくんにヘラを任せてた時にね。一回呼びに行ったんだけど、ちょっとだけ扉を開いたらサメくんが「しー」ってやってたからそのままにしておいたの」
ヘラが「どうして重要なときに起こしてくれなかったの」という目を向けてくる。
だがしょうがないことだった。
ちゃんと寝ているかと思っていたら、ただそっぽを向いて目を開けていたなんて。
「……はぁ……なんか言ってた?」
「うーん……。アイザー的にはヌタスさんのことをあまりよく思ってないんだって。軍の人たちはみんなそうだったって言ってた。だから……」
「だから?」
「……毒殺計画立ててるって」
「ど、毒殺だって!?」
ヌタスとかいうやつがどんなやつなのかはわからないが、毒殺計画を立てるほど嫌われているのか。
「そんなに驚くことじゃない。ここじゃ『毒殺』は珍しくない」
「そうなのか?お前らみたいな魔法使いがわんさかいるなら実力で殺すものだと思っていたのだが……」
「『毒』と『魔界』は近いところにあるんだ。魔界で初めて毒が使われたのは、首都がユグドラシルだった頃……ハレティという男を殺すために使われたんだ。それが『毒矢』」
ハレティ……。そういえばヘラが寝ている間にムジナに聞かされた名前だった気がする。
「……殺すのはよくないぞ。無力化はできないのか?」
「無理だね。ヌタスは風の魔法を使った素手での攻撃を得意としているようだ。簡単に言えば『かまいたち』だな。はっきり言って……お前の上位互換だ」
「……」
……俺の上位互換、か。
____それはベンチ行き宣告にも等しかった。
突然、手を叩く音がした。
沈んでいた気分に刺さる音なので、思わずビクッ!と驚いてしまった。
「さ!暗いのもここまでにして、早く食べてしまいましょう!せっかくムジナくんが作ってくれたんだし、冷めちゃうわよ!」
「そうだよ!冷めてたら怒るからね!」
メノイさんが声を張り上げ、ムジナが頬を膨らませる。
俺とヘラは「そうだな」と呟き、長テーブルを囲んだ。
「姉ちゃん、緑茶どこに置いてたっけ?」
「棚にあるわよ。淹れてくるわ」
「……ありがとう。サメは?いる?」
「緑茶?」
「皇希がくれたんだ。『料理好きなヘラにはもってこいです!ささ、どうぞ!』ってな」
「……もらおう」
「姉ちゃん、追加」
「はーい。きっと気に入るわ」
そう言ってメノイさんは台所に消える。
そして代わりにムジナとメリアが駆け寄ってきた。
「おきゃくさまー!何かご用はありませんかー?」
「おしぼり、飲み物の追加など受け付けておりまーす♪」
……ムジナが何かを言ってほしそうに目をキラキラと輝かせている。
「……サメ、譲る」
「俺だって何も思い付かねーよ!しかもお前のためだろ?」
片目で俺を見ながらヘラは置かれた冷たい緑茶を口にした。
「メイドさんも受け付けておりまーす!」
「ブーーーッ!!!!!」
「ぬおっ!?!?」
勢いよく口に含んだ緑茶を吹き出すヘラ。
言った本人は何のことかさっぱりわからないような顔をし、首をかしげていた。
「げほっ、げほっ…………どこで学んだ、そんな言葉!!」
「前に上原さんに会ったときー!もしお友だちが困ってたら、元気をつけるために『メイドさん』になればいいって!ほら!」
「ほら!」と言った直後に異界の穴から白と黒のフリフリの服を出すムジナ。
それを見たヘラは固まったままだった。
「……上原……皇希の上司か……ブツブツ」
「ヘラが怖いぞ」
「サメ……メイドって何かわからないんだな。実に健全だ」
「というかなんでヘラが知ってるんだ……」
「聞くな!インキュバスの宿命だ!!」
「言ってんじゃん……」
「うるせー!」
顔を赤くしてウナギが乗ったご飯……ムジナ曰く『うな重』を掻き込むヘラ。
ヘラの意外な一面だ。
「……ふふ、ヘラが元気になってよかったわ」
「え?」
「ヘラってば、最近元気がなかったから……。新しいお友だち……いえ、あなたのようなお兄さんのような存在もできたし、私よりしっかりしてて、ちゃんと注意し合えるお姉さんもできて……羨ましいわ」
「そんな、私はただ____」
メリアが一歩前に出る。
だが、メノイさんは首を横に振った。
「タイミングからもわかっていたわ。ヘラから聞いた……アシリアちゃんの代わりで来たのよね?」
アシリアの名前を出され、顔を見合わせる俺たち。
そうだ、宇宙にいなかった人たちは『ついさっきヘラたちが家に帰ってきた』という解釈になるんだったな……。
「いいのよ、無理しなくて。命を求めてイリスに近づくのは当然のことだから」
「姉ちゃん?」
聞いたことない話で興味が湧いたのか、ヘラが手を止めて話を聞く。
「地図にはね、東側にイリスがあるの。そして反対には……」
「オレの家!クノリティアがあるよ!」
ニコニコしながらムジナが跳ねている。
「そう。クノリティアは死神が住む雪山なのよ。そしてここ……イリスには私のようなサキュバスや、ヘラのようなインキュバスが住んでいるの。死神が『死』を司るのなら、夢魔は『生』を司るの。私たちは命を生み出すもの」
「でも俺、何も作ってない」
「そうね。でもあなたたちは特別だわ。もしかするとカリビアが地図の真ん中あたりを選んだのは、死神と夢魔の力が拮抗してるからだと思うわ。死んでいるのに生きている……。無意識だったのかもしれないわね」
話を聞いてもなお、ヘラは暗い顔をしている。
「何かわからないことでもあるのか?」
「いや……。その話が本当なら、ハレティがなぜ幽霊になったのかが合点がいくかもしれない」
「ハレティの話?」
「あぁ。ハレティは今のコルマーの場所で殺されたらしいじゃないか。コルマーも地図の中心近くにある街だ。魔界初の毒殺に、西と東の力が及ばない現コルマーで殺されたハレティ……」
「……かわいそう」
「かわいそうなもんか。ハレティは……俺たちの敵だ。消えて当然……だったんだ」
そう言ったヘラの目からは、キラリと光るものが零れ落ちた。
どうも、グラニュー糖*です!
現在、「怪奇討伐部完結直前・pixivと同じところまで進める祭り」を開催しております!
こっちでは表紙を載せられないことが本当に残念ですが、楽しんでいただけると幸いです。
本当はイラストを見て読むほうが良いんですけどね!
なお、pixivからそのままドンしてるのでルビやら何やかんやがpixivのコマンドのままになっている場合があります。それを見つけた際はお手数ですがお知らせしていただくととても嬉しいです。もちろんコメントなどもお待ちしております!
ではでは〜