自分を愛する伯爵令嬢
「リアム様、貴方は私を愛しますか?」
金髪碧眼の世の令嬢に騒がれているらしい男は目を見開いた。
彼は由緒正しき公爵家の嫡男。王太子の側近でありその地位、そして美貌から婚約者の申し込みが後を絶たないという。
そんな人物の婚約を父親はどうやってもぎ取ったのか知らないが、たいして美人でもない自分からして政略結婚なのは間違いないだろう。
だがそんなことはミアとってはどうでもいいことだった。大事なのは彼女の愛の器を満たせるかどうかだからだ。
ミアの両親にはそれぞれ愛人がいた。貴族にとって別段それはめずらしいことではない。二人は完全な政略結婚であったし、ミアという子を生む義務も果たした。
だが罪悪感か、体面を気にしてか彼らは中途半端な愛を示した。
ことある事に「愛している」と伝え、そういいつつ食事や誕生日を一緒に過ごしたことはなかった。物や使用人は数えきれないほどくれたが、頭をなでてくれたことさえなかった。
愛はあたたかいものらしい。愛は満たされるものらしい。
本や人で得た知識はそういうが、ミアはそれを感じたことはなかった。愛を囁かれても彼女の中の器からはすり抜けていく。
時々使用人の親子を見ることがあった。彼らの中の器は互いの愛で満たされていて、それが無性に羨ましかった。
だから勉強も礼儀作法も努力した。そうすれば両親は自分を本当の意味で愛してくれるかもしれない。愛人に注いでいる愛をミアの器に入れてくれるかもしれない。
だがそんなことはなかった。彼らはミアの成長、変化に気づいてすらいなかった。
それからというものミアは愛に飢えていた。どんなことをしても自分の器は満たされない。家族愛でなくても友情、恋情そのどれでもいいからほしかった。
だがどんな人と会っても、その瞳の奥はそうではなかった。
「友達ですわ」と言った友人たちはミアを見下していた。
「貴方に見惚れました」と言った殿方は伯爵の縁を欲しがった。
少しでも情があればよかったのだが、あいにくそんなものは見受けられなかった。
しかし、そんな彼女に転機が訪れた。着飾ることが好きなメイドがミアの側仕えになったのだ。そのメイドの腕はなかなかのもので、いつもはパッとしないミアを華やかに着飾った。
鏡の前の今までとは違う自分に彼女は思った。
好きだ。
美しい、可愛い。それを超えて自分を好きだと思った。そしてミアは気づいた。いつも空っぽ同然の器が満たされていることに。
なるほど、他人で駄目なら自分で補えばいいのか。
次の日から自分を着飾るため、ドレスや化粧品を片っ端から集めた。自分で自分を愛するために綺麗でいなくてはいけない。
綺麗になったことで父親から婚約の話が来た。自分を愛することに夢中でろくに出会いを探さないミアに痺れを切らしたらしい。
それが誰もが羨むリアム公爵子息の婚約者になった経緯である。
「勘違いなさらないで、別に異性として愛して下さらなくてもいいの。家族愛でも友愛でもいい。側室を作ってくださっても構わないわ。ただ一つ最も愛する人と同じ量、愛してくださればいいの。」
なんならその半分でもいい。残りの分は自分で埋める。一定数、愛を与えてくれるならリアムに何人愛人がいようがどうでもよかった。
彼が自分に対して悪い印象を持っていないことはわかる。あるのは興味、好奇心。負の感情でないのなら希望はあった。
ぽかんと綺麗な口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していたリアムは絞り出したように言葉を発した。
「…とりあえず、側室は作りません」
「まあ、私との間に子が産まれなかったらどういたしますの?」
「弟もいますので!親戚もおりますし、養子にすればいいです!」
「そうですか、わかりました。ところで先程の質問は」
「…ええ、愛します。愛してみせます」
決意に満ちた瞳を向けてくるリアムに少し疑問を感じたものの、ミアは上手くいきそうな婚約関係に顔を綻ばせた。
「それはとても嬉しいですわ」
たぶんリアム視点からじゃないとわからないこともあるので書こうかなと思います。