僕の初恋#2
先付の配膳、飲み物の振る舞いが流れるように行われる。
僕は仕事場では表向きお酒を飲めないことにしてある。だから僕には烏龍茶が手配されたし、そのグラスを運んでくれたのはあの美しい仲居さんだった。
僕はよほど彼女をぼんやり見つめていたのだろう。
隣に座っていた監督の藤沢が「本当にキレイな子だね」と微笑みながら呟いた。
撮影の時は厳しいが、それ以外は寡黙な監督がわざわざ口にしたのだから、よっぽどだ。
僕は配膳を続ける彼女の後ろ姿から慌てて目を逸らした。
その話を聞いていた権田が「さすが監督。よく見てらっしゃる」と声を上げた。
「さよちゃんは、この店の看板娘ですからね」
さよと言う名前が彼女にピッタリだなと、一人で納得した。
「もしかして、女将の娘さんなの?」
配給会社のお偉いさんが、お酌に回っていた女将にたずねた。
女将はさよの方へ眩しげな視線をなげてから、照れ臭くそうに答えた。
「はい、そうなんです。至らない部分がたくさんあるのですが」
「将来の女将さんか」
「それが、学校で生物の研究なんてしてるので、全く興味を持ってくれないんですよ」
「こんなに美しい女将と若女将がいたら、毎日来ますよ」
「いや、ここは予約をとるのが至難の技と伺っていますよ。首相や著名人もたくさんいらっしゃるとか」
女将は涼やかに微笑んだ。
「そんなことはございません。小さな店ですから、皆様に来ていただかないと。是非ごひいきによろしくお願いいたします」
女将が三つ指をついて頭を下げると、さよも続いて頭を下げた。
その所作の美しさに、僕はまたさよを見つめてしまう。
監督の藤沢が僕を見ながらからかった。
「この早瀬涼が目を離せなくなってるくらいなんだから、将来の若女将は只者じゃないよ」
僕は「え?」と声を上げ、思わず息をのんだ。
僕の慌てぶりに監督や権田、周りが微笑んでいる。
すぐに話は別のことに変わっていたが、僕は息が詰まったままだった。
気づかれないようにさよを見れば、彼女もまたうつむいて気配を消すように座敷を動いている。
主菜の配膳が終わると彼女は他の仲居と共に座敷を出て行った。
僕は美しい料理を食べながら、さよがまた来ることばかりを待ちわびて、出入り口ばかり見つめていた。
けれど、次に彼女が僕の前に現れて料理を並べた時、さっきの笑顔は見えなかった。
たったそれだけなのに、避けられているような気持ちになった。
座敷は酔いがまわり、大人たちは賑やかになっている。
僕とさよのことなど、誰も気にしない。
だから、無理やりウーロン茶を飲み干して空いた皿を下げていた彼女に声をかけた。
「烏龍茶、お願いします」
彼女は僕を見て「はい。かしこまいりました」と穏やかな笑みを浮かべて頭を下げた。
なんて美しい人だろう。
心臓が痛い。
彼女の後ろ姿を目で追いながら、どうしたら彼女と話せるのか、近づけるのか考えた。
今までのありったけの経験を思い返す。
でも、何にも思い浮かばなかった。
今までは、だいたい、いや。ほぼ、女の子からアプローチがあった。
こっちが目線を送れば、すぐに返事が返ってきて。
こんな時、どうすればいいのか分からなかった。