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第99話 蘇った男

時系列としては「第91話 生贄」から「第92話 苦肉」の間のお話です。

(その辺りの内容を忘れてしまった人は、今すぐ読み返そう!)

 勇者は我が目を疑った。目を擦りもう一度よく見てみるが、やはり()()

(あ、あの男は確かに死んだはずだ……! まさか生き返ったとでも言うのか? 馬鹿なっ! あり得ない!)

 勇者が驚くのも無理はない。死んだはずの人間が再び姿を現したのだ。誰だって大いに恐れおののくだろう。だが、勇者が見つけたのは確かにアレンその人だった。見間違いや他人の空似、ましてや幽霊などでは決してない。

 では、アレンは如何にして蘇ったのか? 話は彼がソラール商会の協力を勝ち取った直後に遡る。


「さて、さっきも話したことだが、現時点で最も憂慮すべき問題はお前と王子様が勇者に追われているということだ」

 アレンに協力することを承諾した商会代表(ペトル)は、そう話を切り出した。

「追われている限り、行動は制限される。勇者を討つための準備を進めるには、どうにも具合が悪い。まずはこの状況を打開する必要がある。一番手っ取り早いのは、実際にこいつを勇者の野郎に差し出すことだが……残念ながらそれは却下されちまったからな。別の手を考えなきゃならん。そこでだ、王子様よ。アンタに一つやってもらいたいことがある。こいつと背格好の似ている人間を一人用意して欲しい。顔が似てるかどうかにはこだわらなくていい」

「アレン殿に似た人物を見つけ出せばいいのだな? 分かった、やってみよう。しかし……それでどうするつもりだ?」

「なに、単純な話さ。こいつが生きている限り、勇者は追跡の手を緩めない。なら、どうするか? こいつが死んだと思い込ませればいい。そうすりゃ、勇者の野郎も安心して警戒を解くだろう。そのための影武者を立てようってワケだ」

「つまり、アレン殿の代わりにその影武者に死んでもらう……ということか」

「あぁ、その通りだ。こいつが死にたくないってんなら、別の生贄を用意するしかない。単純な話だろ?」

 確かに単純な話だ。だが、アレンの胸中は複雑だった。自分の身代わりを差し出すということは、人を殺すということに他ならない。

 彼はこれまで女神、魔女、魔族を殺めてきた。無論、殺人に抵抗がないわけではない。事実、救いの里で女神がガラルドに斬り殺されるのを目の当たりにした時は、恐怖でどうにかなりそうだった。それを受け入れられたのは、女神が"悪"であると自分に言い聞かせたからだ。

「女神は人々の救いを説くその裏で、多くの信者を殺害していた。そんな悪人は殺されて当然だ」

 アレンは自らにそう言い聞かせて自分たちの行いを正当化することで、殺人への抵抗をどうにか和らげたのだ。

 魔女と魔族に対しても同様だ。魔女は村に火を放った実行犯として、魔族はフランツと妹の仇として殺意をぶつけた。(魔族に対しては、妹と同じ目に遭わせてやればよかったと今でも後悔している)

 そして勇者に対する怒りの炎は、今も激しく燃え盛っている。それは勇者が家族を奪った"悪"だからだ。勇者は何の罪もない村に人々を、身勝手な理由で簡単に焼き殺した。これを悪と呼ばずに何と呼ぶのか? 誰がなんと言おうと奴は悪なのだ。

 しかし生贄となると話は別だ。いくら勇者を討つためとはいえ、何の恨みもない人間を犠牲にするのは気が引ける。生贄となる人物が勇者と同等かそれ以上の悪党ならいくらか気も楽だろうが、目的のために他者の命を利用するという事実は変わらない。そもそもアレンにとって、勇者以上の悪など存在しない。

「どうした? 浮かない顔だな。まさか、『他人を犠牲にするなんて嫌だ』……なんて甘っちょろいことを言い出すんじゃないだろうな? 『覚悟なんてとっくにできてる』って言葉は嘘だったのか?」

 アレンの表情の変化を目ざとく察知したペトルが、煽るように声をかける。

「あの日、俺を『人殺し』と罵ったお前が、今度は人を殺す決断に迫られている。皮肉なもんだねぇ。これでお前は、あの時の俺と同じ立場になったワケだ。どうだい? 自分の立場を守るために人を殺さなきゃならない気分は?」

「……」

「おい、どうした? 是非とも感想を教えてくれよ」

「でも……いくらアレン君の影武者を用意しても、見破られたらそれで終わりじゃない。それに『顔が似てるかどうかにはこだわらなくていい』って言うのもおかしいわ。顔が似てなかったら、すぐに別人だと気付かれるじゃない」

 黙り込むアレンを見かねたミーナが、助け舟を出すように異を唱える。彼女の意見はもっともだ。顔が似ていなければ別人だと見破られる危険性(リスク)は一気に跳ね上がる。だが、ペトルは「待ってました」と言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべている。

「そんなことは百も承知さ。顔が似てるかどうかはこの際、大した問題じゃあない。勇者と顔を合わせるのはあくまでこいつ自身だ。どれだけよく似た影武者を立てても所詮は偽物。ちょっとつつかれりゃ必ずどこかでボロが出る。だったら、最初からこいつを勇者と合わせればいい。それならいくら疑われたところで痛くも痒くもない。何たって正真正銘のご本人様なんだからな」

「ちょっと待ってくれ。やはりおかしいぞ。それでは結局、アレン殿を勇者に引き渡すということではないか? 影武者を立てるという話と矛盾しているぞ!」

 今度はアルフレッドが抗議するが、やはりペトルは動じない。例の余裕綽々の態度で、ペトルは説明を始める。

「まぁ、聞けよ。勇者と顔を合わせるのは確かにこいつ自身だが、それと並行して影武者も用意する。この計画で最も重要なのは、『こいつと影武者がいつ入れ替わるか?』の一点に尽きる」

「……どういうことだ?」

 訝し気に尋ねるアルフレッドに対し、ペトルは得意気な顔で続ける。

「こいつを引き渡せば、勇者は確実にこいつを処刑するだろう。だが、処刑の執行までに時間があるはずだ。勇者の野郎だって、四六時中こいつに付きっ切りってワケじゃないだろう? 要は勇者の見ていない隙に、こいつと影武者を入れ替えるんだよ。後は処刑が終わるまで、偽物とバレないように騙し通せばいい」

「『騙し通せばいい』……って、結局は勇者に気付かれたらおしまいじゃない」

「いや……確かにこの方法なら、勇者を騙し通せるかもしれない」

 再び異を唱えたミーナを、今度はアルフレッドが制止する。どうやら何か光明を見出したようだった。

「執行までの間、アレン殿には地下牢にいてもらう。あの()()()なら、別人だったとしても顔の判別はつくまい。問題は地下牢を出た後だ。勇者は広場での公開処刑を要求している。地下牢から処刑台に移動する間、陽の下を歩くことは避けられない。そうなれば、どうしたって顔を晒すことになる」

「だったら、顔を隠せばいいだけの話だ。袋か何かを被せて移動させればいい。で、そのまま処刑しちまえば、最後まで勇者にバレずに済むだろ」

「いいや。それでは駄目だ」

「あっ? 何が駄目なんだよ?」

 自分の案を否定されたペトルは、不愉快そうにアルフレッドに尋ねる。

「公開処刑される罪人は、その罪を広く知らしめるという意味で顔を見せるのがしきたりだ。勇者がそのことを知っているかは分からないが、従来と違うやり方では違和感を与える恐れがある。処刑はごく自然に、いつも通りの方法で執り行うべきだと、私は思う」

「私からもいいかしら? もし顔を隠したまま処刑するとして……その後はどうするの? もしも勇者が晒し首にするなんて言い出したら、その時点で別人だと気付かれてしまうんじゃない?」

「……チッ」

 アルフレッドとミーナの双方から指摘を受けたペトルは、眉間に皺を寄せて舌打ちをした。だが、反論はしなかった。それは二人の意見が図星だったからだ。

 勇者を欺くには違和感を与えることなく処刑を実行し、速やかに遺体を処理しなければならない。そのことはペトルも十分に理解していた。

「やはり……顔もアレン殿によく似た人物を捜す必要がありそうだな」

「そんな奴がそう都合よく見つかるのかよ?」

「国中を探せば一人や二人は見つかるだろう」

「民を犠牲にするおつもりなのですか?」

「……やむを得えまい。非常事態だ」

 三人のやり取りをどこか遠くで聞きながら、アレンはぼんやりと物思いに耽っていた。

 村の人々、家族、大勢のベシス兵、ジャンヌ、フランツ、ガラルド……

 勇者一行に殺された者たちの姿が、頭の中に浮かんでは消えていく。奴らは自分たちの欲望のために、他者の命を踏みにじった。そして今、自分は奴らと同じことをしようとしている。復讐のために他者の命を利用する。いくら言い繕ったところで、所詮はただの人殺しだ。アレンは"あの日"のことを思い返す。


『私がここに来た目的は女神を殺すことだ。女神の罪を暴き、正義を示すためじゃあない。ただの人殺しと言われればそれまでだ。だが、たとえ人殺しと罵られようとも、如何なる犠牲を払うことになっても、目的は必ず果たす。私はそのために行動している』


 あの日、フランツはペトルに向かって決然とそう言い放った。

「『目的は必ず果たす』……か」

 アレンは小さくつぶやくと、アルフレッドに声をかけた。

「アルフレッド殿下。俺の影武者は民ではなく、ベシス兵の中から探し出してください」

「兵の中から? 確かに背格好の似た兵なら何人かいるが、顔まで似ている者となると……」

「いえ、この男が話した通り、顔が似てるかどうかにはこだわる必要はありません。遠目で見て判別がつかなければ、それで十分です」

 アレンはアルフレッドを真っ直ぐに見据えて言った。その力強い真っ直ぐな視線から何かを感じ取ったアルフレッドは、アレンに問う。

「……何か考えがあるのだな?」

 その言葉にアレンは静かに頷いた。

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