第98話 戻ってきた男
話の流れ的に、野犬→野盗に変更しました(前回投稿分も変えてます)
荒涼な大地を俺は進む。エトンは俺を付け狙うように俺の後に続く。相変わらず野盗が現れる気配はないが、俺は警戒しながら歩いていた。しかし俺が警戒していたのは野盗ではなく、専ら背後にいるエトンに対してだった。
戻ろうとする俺を引き留めたのは、戻られては困るからだ。城には大勢の人間がいる。密かに俺に近付くには邪魔が入りすぎる。だからこそエトンは、今まで行動を起こさなかったのだろう。俺を討つ機会を虎視眈々と狙っていたのだ。そんな時に訪れた千載一遇の好機。きっと天が自分に味方したと歓喜したことだろう。この機を逃すまいと、満を持してエトンは行動を起こした。企みを俺に見抜かれているとも知らずに。
俺はエトンが次なる行動に出るのを今か今かと待ち構えていた。だが、エトンは大人しく後ろを歩くばかりで、襲い掛かってくる様子はない。不意打ちのきっかけを探っているのか? そこで俺はいかにも気を抜いているというように伸びをしたり欠伸をしてみせたが、それでもエトンは動かなかった。どうやらあくまで野盗の出現を待つつもりらしい。
そうこうしている内に、俺たちはシゼの城下にたどり着いた。かつて行われた魔王軍の侵攻により、辺りはすっかり荒れ果てている。
「……またここに戻ってくるとはな」
俺はしみじみとつぶやいた。このシゼの地は魔王との最後の戦いを繰り広げた場所だ。魔王を倒した後は連れて来た女たちを住まわせていたが、それが暴かれてからは来る理由もなくなった。
荒廃した城下の様子を見た俺は、そこでふと一つの疑問を抱いた。
(もう誰もいないのに、被害なんか出るか?)
王が野盗退治に乗り出したのは、近隣への被害を無くすためだ。だが、この国は既に魔王に滅ぼされている。王も兵士も国民も皆、魔王の手によって殺された。つまりはこの近辺にはもう誰も住んでいないということだ。誰も住んでいないのならば、野盗による被害などあるはずがない。それを皮切りに、俺の頭には次々と新たな疑問が浮かび上がった。
(兵士が野盗に殺されたのなら、その痕跡があるはずだ。なのに……死体はおろか、血の跡すら見当たらない。そもそもこんな水も食料も手に入らないような場所に、野盗が住み着くか?)
ここからベシスの都まではかなりの距離がある。人の足で行き来するには相応の労力と時間が必要だ。根城にするには、ここはあまりにも不便すぎる。その時だった。
「野盗共、出てこいっ! この勇者様が相手だっ!!」
俺が考え事をしていると、後ろにいたエトンが突如として馬鹿でかい声を張り上げた。あまりの声量に耳がキンキンと痛む。
「いきなり大声を出すんじゃねぇ! 驚くだろうが! 何なんだ、一体!?」
「私たちがここにいるという合図ですよ」
「合図だと?」
「これで隠れている野盗たちもこちらの存在に気付いて姿を現すでしょう」
エトンは悪びれた様子もなく淡々と話す。
「それならそうと先に言え。ガラにもなくでかい声出しやがって。まだ耳がキンキンするぜ」
抗議の声を上げていると、物陰から音がした。思わず音のした方向に顔を向けると、何やら動く物が視界に入った。目を凝らしてよく見てみると、どうやらそれは人間のようだった。そしてそれが"合図"だった。
廃墟の中、老木の陰、城門の奥……。まさにエトンの叫びを合図に、至るところから次々に人影が姿を現した。
「な、何なんだこいつらは……」
想定外の出来事に、勇者は困惑した様子でつぶやいた。彼は目の前で起こっている事態を理解できずにいた。現れたのが聞いていた通り野盗の一団であったのならば、すんなりと事態を呑み込めただろう。だが、目の前に現れた集団は明らかに野盗ではなかった。勇者がそう判断を下したのには、二つの理由がある。一つ目は数だ。
集団は徐々に数を増し、今や百人規模にまで膨れ上がろうとしている。行きずりの盗賊団にしては、数が多すぎる。二つ目は装備だ。現れた敵は全身を鎧で固めている。それも一人や二人ではない。全員が皆一様に鎧を身に着けているのだ。盗賊団の装備にしてはあまりにも重装備すぎるし、盗品にしてはあまりにも企画が揃いすぎている。これだけの数を集めるのは並大抵のことではない。あの鎧は盗まれた者ではなく、支給された物だ。こいつらは野盗の一団などではない。行方をくらましていたベシスの兵士たちだ。
そう確信した勇者は、辺りをぐるりと見渡した。鎧で身を固めた兵士たちは、両手に剣と盾を構えた臨戦態勢を取り、見るからに殺気立っている。そしてそれらは全て自らに向けられているのだと、勇者はすぐに感じ取った。敵意、悪意、殺意……。あらゆる負の感情が渦巻く荒野で、勇者は叫ぶ。
「これは一体、どういうことだッ! お前らは野盗にやられたんじゃなかったのか!? こんなところに集まって何を企んでやがる! 答えろッ!」
しかし勇者の問いに答える者は誰もいない。
「無視してんじゃねぇ! 答えろって言ってんだ!」
「……まだ自分が騙されたことに気付かないんですか? 疑り深いくせに思慮が浅い人ですね」
その時、勇者の背後から涼やかな声がした。
「なんだと?」
勇者は思わず振り返る。声の主はエトンだった。冷ややかな口調でエトンは続ける。
「野盗なんて最初から存在しないんですよ。全ては貴方をここに誘い出すための罠です。私が同行を申し出た時、怪しいとは思わなかったのですか?」
否、勇者は彼女を疑っていた。不自然な従順な態度に違和感を抱いた勇者は、彼女が何かを企んでいると考えた。だが、事態は勇者の想像よりもずっと大掛かりだった。
「当然思ったさ。お前が俺に反感を抱いていることは分かっていたからな。兵士がこれだけいるってことは……王様も共犯か? これだけの兵士を集めるなんて、お前一人じゃ不可能だもんな。まさかお前と王様が繋がっているとは、予想外だったぜ。だが……甘いな。見たところせいぜい、百人そこらしかいないようだ。この程度の人数で俺に勝てると本気で思ってるのか?」
「貴方こそ……これだけで済むと本気で思っているのですか?」
「……あぁ? 何をワケの分からんことを言ってやがる?」
勇者がそう尋ねると、エトンは左腕をすっと前に伸ばし、勇者の方を指差した。だが、よく見ると彼女が指し示しているのは自分ではなく、その後方だということに勇者は気付く。
「後ろを振り向かせて不意打ちを狙おうってか? セコい手だな」
勇者はエトンの行動を鼻で笑った。だが――
ザッザッザッザッ……
背後から妙な物音が聞こえる。足音だ。それも一つや二つではない。かなりの数だ。
(今度は何だ?)
振り返った勇者が目にした光景。それはシゼの荒野を埋め尽くさんばかりの大量の兵士だった。数百、数千、数万……。あまりにも多すぎて目視では確認しきれない。
「な、何だ? 何なんだこいつらは!?」
「貴方が魔王の仕業と偽って、荒らし回った各国の兵士ですよ」
現れた大軍勢に困惑する勇者に、エトンは静かに告げる。
「各国の兵士だと? そんな馬鹿な!」
勇者は思わず毒づいた。エトンとベシス国王の裏切りはある程度予期していた。しかし他の国々がベシスに協力するなど寝耳に水だ。こいつらはいつの間に手を組んだんだ? 狼狽えながらも勇者は考える。
(今までベシスは俺の監視下にあった。他国に協力を求める機会なんてなかったはずだ。事実、王に怪しい動きはなかった。と、なると……こいつの仕業か?)
勇者は目の前にいるエトンをジロリと睨んだ。だが、勇者は浮かんだその考えを即座に否定する。
(いいや、違う! 口下手のこいつに他国との交渉なんてできるはずがない! そもそもこいつはずっとベシスにいた。物理的に不可能だ。だったら一体、どうやって協力を取り付けたんだ……?)
答えは出ないまま、勇者は再び辺りをぐるりと見渡す。後方からは各国の連合軍が逃げ道を塞ぐように差し迫り、前方ではベシス兵たちが待ち構えている。挟み撃ちをするつもりらしい。
(……何だ……?)
その時、勇者はふと強烈な違和感を抱いた。鎧で身を固めたベシス兵の中に、一人だけ軽装の男がいる。
「ば、馬鹿なッ! あいつは……!?」
その男の顔を目にした瞬間、勇者は驚愕の声を上げた。男の出で立ちには見覚えがあった。真っ直ぐな赤毛に朴訥な顔立ち。
勇者が見たのは、あの日処刑されたはずの一人の村人だった。




