表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/131

第96話 少女の決意

「王女ってどんな口調だったっけ?」と思って過去分を見返してみたら、あんまり喋ってなかった

「……お二人共、どうしてここへ……?」

 エトンは戸惑いながら、突如として現れた二人の訪問者に尋ねる。

「貴女がここに監禁されていると聞いて、心配になって様子を見に来たのです」

「そうだったんですか……でも、どうやって中へ……」

 エトンは疑問を口にしながら、入口の方に目を向けた。扉はだらしなく開け放たれたままになっている。部屋には鍵がかかっていたはずだ。しかし二人は音もなくこの部屋に入ってきた。それも鍵を開ける音はおろか、扉を開く音すら聞こえなかった。そこでエトンは気付いた。勇者は鍵も扉も閉めずに部屋を出て行ったのだ。さらに彼女は、今一番確かめたいことを二人に尋ねた。

「アレンさんが処刑されたと言う話は……本当なんですか……?」

 エトンの質問に二人は困ったように顔を見合わせた。僅かな沈黙の後、マーガレットがおずおずと口を開く。

「はい……残念ですが、その話は事実です」

「そう……ですか……」

 マーガレットの返答に、エトンはがっくりと肩を落とした。アレンは処刑などされていない。本当はまだ生きている。そんな淡い期待はあっさりと打ち砕かれた。それが都合のいい想像だということは自分でもよく分かっていた。それでも認めたくなかった。だが、こうもはっきりと断言されたのでは、アレンの死を認めざるを得ない。

 失意の中、エトンは部屋の扉を一瞥した。扉は鍵もかけられずに開け放たれている。逃げ出すには千載一遇の好機だ。だが、逃げたところで何になる? アレンはもういない。苦楽を共にしてきた仲間はもう誰もいなくなってしまった。

(……たった一人で何ができる?)

 自らに問いかけるが、答えは出ない。彼女にはもう戦う気力は残されていなかった。

「……」

「エトン殿? 大丈夫……ですかな?」

 黙り込んだエトンに、エルダが心配そうに声をかける。

「……分かりません。私にはもう……何も……」

 エトンは弱々しい口調で答えた。今にも泣き出しそうな声だ。

「私は……勇者が世界を救うために戦っていると信じていました。でも……それは大きな間違いでした。勇者は嘘を吐いていた。私は勇者にいいように利用されていただけだったんです。()()()()()は……そんな私を変えてくれた。私を信じて、仲間と認めてくれた。もしもあの人たちがいなければ……私は真実を知ることなく、勇者に利用されつづけていたでしょう。でも……もう誰もいなくなってしまった。ジャンヌさんも……フランツさんも……ガラルドさんも……。そして……アレンさんも……」

「でも、エトン殿は今まで立派に戦ってきたではありませぬか」

「私が今までやって来れたのは、皆さんがいてくれたからです。それなのに……私一人だけで勇者と戦うなんて、とても……。もう……無理です。私はもうこれ以上、戦うことはできません」

 悲痛な胸の内を聞かされたエルダはもうそれ以上、何も言うことができなかった。かけるべき言葉が見つからなかったのだ。全てを失い、一人生き残った者に対してどう声をかければいいのか、エルダには分からなかった。慰めも励ましも今の彼女には届かないだろう。

「たった一人取り残されて、お辛いでしょう。貴女のご心労お察しします」

 重苦しい空気が部屋を包む中、清らかな声が響いた。エルダは振り返り、エトンは顔を上げる。沈黙を破ったのは、二人のやり取りを黙って聞いていたマーガレットだった。マーガレットはつかつかとエトンのもとへと歩み寄ると、静かに口を開いた。

「辛いのは分かります。ですが、泣き言を言っている場合ですか? ここで貴女が諦めたら、それで全てが終わるのですよ? あの男の手にかけられた者たちの無念も、あの男に弄ばれた者たちの屈辱も、あの男を討つために犠牲となった者たちの覚悟も全てが水泡に帰すのです。それを承知の上でもう戦えないと、そうおっしゃるのですか?」

 マーガレットがエトンにかけた言葉は慰めでも励ましでもなく、叱責だった。

 思いも寄らない言葉にエルダは驚いた。自分の知る限り王女は、部屋にこもって一人で本を読むことを好きな大人しい性格だ。王女が幼い頃から城に仕えているが、彼女が声を荒げたり、誰かにきつく当たるような姿は今まで一度として見たことがない。彼女は他者との争いを好まない温和な淑女だったが、それは周囲との諍いを避け、他者との関りを最小限に抑えたいという内向的な性格の表れでもあった。

 そんな穏やかで内気な王女が、今までにない強い言葉でエトンを非難している。王女は続ける。

「仲間のことを思ってみなさい。そんな情けないことを言って、散っていった仲間たちに顔向けできますか?」

「そ、それは……」

 マーガレットの質問に、エトンは思わず言い淀んだ。自分が情けないことを言っているという自覚があったからだ。口ごもる彼女に、マーガレットは畳み掛けるようにさらに問う。

「もしも残されたのが貴女ではなかったとしたら、その方はどうしたと思いますか? 貴女と同じように泣き言を言って、逃げ出そうとしましたか?」

「そんなの、私と同じように――」

 戦うことを諦めるに決まっている。エトンはそう答えようとした。だが、彼女は途中で言葉を止めた。

 果たして本当にそうだろうか? もしも生き残ったのが自分ではなかったとしたら、あの人たちはどんな行動を取っていただろう?

(ジャンヌさんは巨人に臆することなく、魔女に立ち向かっていった。フランツさんはたった一人で勇者の行動を調べ上げて、真相にたどり着いた。ガラルドさんは私たちを逃がすために、命懸けで勇者と戦った。アレンさんは故郷を、家族を、そして仲間を失っても、勇者と戦う道を選んだ)

 記憶の中の仲間たちは、誰一人として戦いを放棄するような行動は取ってはいなかった。マーガレットの言葉に従い仲間のことを思い返したエトンは、自らの醜態を恥じた。このままではあの人たちに顔向けできない。私がやるべきことは、仲間の死を悼むことでも戦いを放棄することでもない。勇者を討つことだ。絶望などしている暇はない。

 決意を取り戻したエトンは、真っ直ぐにマーガレットを見据えると、礼を述べた。

「……ありがとうございます、王女様。おかげで目が覚めました。私は最後までやり遂げようと思います」

「そうですか。それは何よりです」

 エトンの言葉を聞いたマーガレットは、安堵したように笑顔を浮かべた。しかしその笑顔はどこかぎこちない。

「……申し訳ありません」

「えっ?」

 マーガレットは一転して気弱な表情に戻ると、謝罪の言葉を口にした。突然の変貌にエトンは戸惑う。

「きっと御気分を害されたかと思います。本来であれば、わたくしには貴女に意見する資格などありはしません。わたくしと貴女では……歩んで来た道が違うのですから」

 ぽつりぽつりとマーガレットは語る。

「シゼでのことを覚えておいでですか? 貴女が命懸けで魔獣と戦っている間、わたしは怯えるばかりで何の役に立つこともできませんでした。それだけではありません。わたくしがこうして生きていられるのは、()()()のおかげなのです。もしもあの方がいなければ、今頃わたくしは……」

 その言葉に、エトンはあの時のことを思い返した。魔族によってシゼ城へと連れ去られた彼女は、同じく連れて来られたミーナとマーガレットに遭遇した。二人は魔族に連れて行かれたという仲間を探していた。そしてそれは、アレンの妹だった。

「アニーさん……ですね?」

「……はい。アニー様を亡くされたあの方の慟哭を聞いて、わたくしは深く悔恨いたしました。わたくしは人に助けられるばかりで、何も返せていない。今度こそ誰かの役に立ちたい……。そう思っていた矢先に、今度はそのアレン様まで……! 結局、わたくしは最後までお役に立つことはできませんでした」

 怒りからか悔しさからか、マーガレットの顔はほんのりと紅潮していた。彼女は自分の無力さに打ちひしがれていた。エトンにかけた強い言葉は、自身に対する苛立ちでもあったのだろう。

 エトンは気付いた。彼女もまた自分と同じように、悲痛な叫びを胸に秘めていたことを。

「お顔をお上げください。王女様のお言葉のおかげで、私は再び戦う覚悟ができました。私はやります。仲間たちの無念は、私がこの手で晴らします」

 エトンは決意を込めた凛々しい表情で、そう宣言した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ