第95話 絶望の少女
月曜日が祝日っていいよね
遠くから地鳴りのような音が聞こえる。何が起きたのか少女には分からなかったが、何かが起きていることだけは理解できた。幸いこの部屋の窓からは、城下の様子が一望できる。外の様子を確かめるべく、少女は窓に近付いた。
「こ、これは……!? 一体、何が……?」
城下の様子を見た少女は、思わず驚きの声を上げた。視界に飛び込んできたのは、人、人、人……。広場を埋め尽くす程の人だかりだった。かつてあそこで剣士と戦った時も大勢の人間が集まったが、その時とは比べ物にならない程の数だ。一体、どれだけの人数が集まっているのか見当すらつかない。
音の正体を確かめるべく、少女は恐る恐る部屋の窓を開けた。言わずもがな音は人だかりのできている広場の方角から聞こえてくる。
「これは……歌?」
耳を澄ませると、どうやらそれは歌声らしいということが分かった。それも一人や二人ではない。幾千もの声が重なった大合唱だ。それが何の歌なのか少女には分からなかったが、荘厳で儚げな美しい旋律、どこか胸を打つものがある。聞いていると心が浄化されるかのようだ。
その時、ガチャリと音がした。扉の鍵が開く音だ。
「よぉ、気分はどうだ?」
現れたのは勇者だった。開け放たれた窓の外から流れてくる歌声に気付いた勇者は、驚いた様子でつぶやいた。
「へぇ、ここからでもよく聞こえるな。すごい迫力だろ? 間近で聞くと圧倒されるぜ。これ、何の歌だと思う?」
「……」
「これはな、鎮魂歌なんだぜ」
勇者は得意気に話すが、反応はない。だが、そんなことなどお構いなしに勇者は饒舌に話を続ける。
「この国では罪人を処刑した後、鎮魂歌を捧げる風習があるんだ。罪人はその命を持って、犯した罪を償う。罪を償ったからには他の善良な死者と同様、成仏できるように祈ってやるのが筋ということらしい。いやぁ、ご立派なお考えだよなぁ。これだけ大々的に葬ってもらえるんなら、殺される方も安心だな。化けて出るなんてこともないだろうよ」
「……それが何だって言うんです? わざわざそんな話をするためにここに来たんですか?」
素っ気ない攻撃的な反応に、勇者はやれやれと首を振る。
「ようやく喋ったと思えば、相変わらずつれない態度だな。せっかくお前の大切なお仲間の処刑台での様子を伝えに来てやったってのに。確かアランだかエレンだか……そんな名前だったか?」
「処刑……台……?」
少女は思わず勇者が発した言葉をオウム返しした。嫌な予感にざわざわと胸騒ぎがする中、少女は勇者を見た。勇者は嘲るような不快な笑みを浮かべ、こちらをの様子を確かめるように眺めている。
鎮魂歌、罪人、処刑台……。先程の話の中で勇者が挙げた単語は、いずれも不穏なものばかりだ。そこに勇者の表情とアレンの名前を合わせれば、彼の身に何が起きたのか容易に想像はつく。つまるところアレンの死だ。しかしそれは少女にとって、認めがたく受け入れがたいことだった。
「まったく、情けないったらなかったぜ。『もうこれ以上、誰かを犠牲にして戦うのはごめんだ』なんてかっこつけてたくせに、いざ処刑台に上げられたら『俺はまだ死にたくない!』だもんなぁ。そういや最後も……」
「や、やめてッ!」
勇者の話を遮るように少女は叫んだ。もし話を聞いてしまえば、仲間の死を認めざるを得なくなってしまう。故に少女は勇者の話を拒んだ。無論、話を聞こうが聞くまいが事実は変わらない。所詮は意味のない現実逃避だ。だが、勇者はそんな少女に容赦なく現実を突きつける。
「お前の仲間は死んだんだよ。ついさっき処刑台の上で首を刎ねられて、な」
「う、嘘だッ!」
「嘘なもんか。俺はこの目ではっきりとあの男が死ぬ瞬間を見届けた。俺だけじゃない。この都中の大勢の人間が処刑を見ている。仲間ならちゃんと弔ってやれよ。そんなんじゃ、あの男が浮かばれないぜ? 本当はお前にも立ち会ってもらおうかと思ったが、目の前で仲間を殺される様を見せるのはさすがに酷だと思って止めたんだ」
「……嘘……そんなの嘘……」
「まーだ認めないつもりか? ったく、往生際の悪い奴だ。あの男の最期とどっこいどっこいだな」
勇者は舌打ちを一つすると、言い聞かせるような口調で同じ主張を繰り返す。
「いいか? あの男は死んだんだ。いくら呼んでも帰ってはこないんだ。そして奴の死によって、お前たちの"罪"は清算された。お前が俺に刃向かったことも、この国が俺に盾突いたことも全て赦そう。奴の犠牲によって、この世界はようやく平和になる。お前はこの現実と向き合う時なんだ」
「そ、そんな……アレンさんが……アレンさん……」
仲間の死という非情な現実を突きつけられた少女はその場にへたり込み、さめざめと泣き始めた。勇者はその様子を注意深く眺める。
(仲間の死に取り乱して泣き始める……。反応としてはおかしな点はない。演技というのも考えられるが……こいつは極めて単純な性格だ。そんな器用なマネができるとは思えない。この反応は……)
何も知らない者の反応だ。勇者はそう感じ取った。
勇者はこの処刑の裏に何かあるのではないかと疑っていた。疑いを抱いたのには理由がある。あまりにも円滑に事が運びすぎていたからだ。
(投獄されて丸二日……奴は何の動きも見せなかった。俺が様子を見に行った時も、怪しい素振り一つ見せなかった)
そして迎えた執行当日。「仕掛けてくるのなら今日しかない」と、勇者は密かに警戒していた。少女を処刑に立ち会わせなかったのも、連携を警戒してのことだった。
(こいつに騒ぎを起こさせて、その隙に乗じて逃げ出す。大方そんなところだろうと思ってたが……)
故に勇者は少女を広場に連れて行くのを止めた。先に述べた人道的な理由は、単なる後付けに過ぎなかった。
処刑は滞りなく執行されたが、それでも勇者は「まだ何か逆転の秘策を隠し持っているのではないか?」と疑っていた。秘策を残しているなら、どこかに余裕のある態度を見せるはずだ。それを確かめるために、勇者は少女のもとを訪れたのだった。しかし少女は力なく涙を流すばかりで、秘策を残している者の態度とは思えない。あの男は確実に死んだのだ。そうでなければ、この涙の理由がつかない。
それを見た勇者は確信した。少女の涙が演技ではないことを。形勢を逆転させる秘策などありはしないことを。そして自らの真の勝利を。
(俺を邪魔する者は完全にいなくなった。これでこの世界は俺の意のままだ。まずはこのベシスを足掛かりに、色々楽しむとするか。こいつは忙しくなるぞ)
自分の完全勝利を確信した勇者は、少女に目もくれずに上機嫌で部屋を出て行った。
部屋には少女のすすり泣く声が、虚しく響くだけだった。
勇者が去って、どれくらいの時間が経っただろう。目を赤く腫らしたエトンは、開け放たれた窓をぼんやりと見つめていた。
魔女にはジャンヌを殺され、魔族にはフランツを殺された。勇者にはガラルドを、そして今度はアレンが殺された。彼女にとって仲間との別れはこれで四度目だ。涙が止まり、冷静さを取り戻した彼女は、重く辛い現実に押し潰されそうになっていた。
彼女は幽鬼のごとく立ち上がると、おぼつかない足取りでふらふらと窓の方へと向かった。窓からは広場の様子が見える。さっきまであんなに大勢いた観衆はすっかりまばらになり、いつの間にか鎮魂歌も聞こえなくなっていることにようやく気が付いた。
(この先、どうすれけば……いっそこのまま……)
「待って! 早まってはいけません!」
「そうですぞ、エトン殿!」
エトンが窓から身を乗り出そうとしたまさにその時、不意に背後から声をかけられた。驚いて振り返ると、そこには心配そうな顔をしたマーガレットとエルダの二人が立っていた。




