第92話 苦肉
二文字のサブタイトルが多いとカイジみたい
ベシス城内の王座の間。息が詰まりそうな厳粛な空気の中、男たちが一堂に会している。
部屋の奥に配置された玉座には王が鎮座し、その傍らには側近である大臣が付き従うように立っている。室内には団長であるクリフと、捜索隊として選ばれた兵士たちが居並ぶ。
兵士たちは三名の人物を取り囲むようにして立っている。アルフレッド、アレン。そして白い頭と口髭の老紳士。そしてアレンは何故か、両手を後ろ手に縛られている。
「アルフレッドよ、これは一体……」
「どうやら無事に見つけ出したようだな」
王が王子から事情を聞き出そうとしたまさにその時、入口の方角から声が響いた。一同が顔を向けると、いつの間に入って来たのか、勇者がニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「……勇者殿。何故、ここへ?」
「何やらバタバタと騒がしかったから、何かあったんじゃないかと思ってね」
(まだ状況も把握できておらぬというのに、もう嗅ぎ付けてきおったか……)
「さすがは王様肝いりの捜索隊だ。期待はしてなかったが、こんなに早くこいつを見つけ出すなんてやるじゃないか。見直したぜ」
「……勝手に出歩かれては困ると申した上げたはずだが?」
「分かってるって、王様。そう固いこと言うなよ。ちゃんと顔は隠してたし、ここに来るまで誰にも会わなかったぜ? それに、ここにいるのは事情を知っている者だけなんだろ? 俺が姿を見せても問題ないはずだ」
苦言を呈された勇者は尤もらしい理屈を述べて、さらりとそれをかわした。
確かに勇者の言う通り、ここにいる者たちは皆"事情"を知っている。勇者が城内にいることに疑問に持つ者はいない。勇者はさらに続ける。
「そもそも、だ。そいつ捕まえてきたんなら、まず俺に報告を上げるべきなんじゃないのか? そうすりゃ、わざわざ出歩かなくて済んだんだぜ。まさか……俺抜きで話を進めようとしてたんじゃないだろうなぁ?」
核心を突いた反論に少なからず動揺した王であったが、心の乱れを悟られぬように努めて冷静に切り返した。
「余も今さっき報告を受けたばかりで、詳しい状況が分かっておらん。そのような状態で勇者殿に足労を煩わせるのは忍びない。先に話を聞き出し、状況を整理してからお伝えしようと思っていたのだ」
「そうかい。それなら早速、取り調べを始めようぜ。俺がここにいれば、わざわざ伝える手間も省けるだろ?」
勇者はこちらの思惑を知ってか知らでかそう提案した。もし拒めば、勇者に不信感を抱かれるかもしれない。"作戦"が露呈すれば、何もかもおしまいだ。王は勇者の提案を呑むしかなかった。
何故、城に戻って来たのか?
何故、あの者は両手を縛られているのか?
一緒にいる白髪の男は誰なのか?
聞きたいことは山程あるが、目の前に勇者がいたのではアルフレッドから詳細な情報を聞き出すことは難しい。即ち、現在の状況が分からないということだ。王は縛られたアレンの様子を盗み見ながら考える。
(……城に勇者がいることはアルフレッドに伝えてある。当然、あの者もアルフレッドから聞いているはずだ。それにも関わらず戻って来たということは……何か考えがあるのだろう。何の策もなしに敵地に乗り込むなど、考えられぬ)
そう結論付けた王は、勇者に怪しまれないように情報収集に努めることにした。
「其方は何者だ?」
王が声をかけたのは、アルフレッドたちの隣にいる白髪の男だった。この質問ならば、勇者に怪しまれることもない。声をかけられた男は、恭しく話し出す。
「私はソラール商会の代表をしております、カールと申します」
「ふむ……。して、カールよ。其方は何故、ここにいる? 何の縁があってアルフレッドと共にいるのだ?」
「はい。今申し上げました通り、私は商会の代表をしております。このような仕事をしておりますと様々な情報が集まるものでして、あくまで噂程度でしたが、ベシスと勇者様の関係についても耳にしておりました。そんな折、アルフレッド様が訪ねて来られたのです。アルフレッド様は『勇者と戦うためにソラール商会に協力して欲しい』とおっしゃられました。そこで私は知ったのです。ベシスと勇者様の関係が噂ではなく事実なのだと。協力を求められた私は考えました。争いになれば多くの血が流れる。もっと平和的な解決をするべきだと。詳しく話を伺った私はアルフレッド様に、そのアレンという村人を差し出すように説得したのです。商人は利益を考えて動くもの。勇者様と争うよりも従う方が利があると判断したというわけです」
「結果、王子様は説得に応じて戻って来たってわけか。カールとか言ったな。お前、なかなかセンスあるぜ。俺に盾突こうとしてたどっかの誰かさんよりもな」
話を聞いていた勇者はカールを褒めると、嫌味たっぷりにアルフレッドを揶揄した。さらに続ける。
「一体、何の考えがあってそいつを逃がしたんだ? 王子様よぉ。そいつを処刑すれば、俺に刃を向けたことも含めて全て水に流そうと王様に伝えてあったのに、お前はそれを台無しにした。事と次第によっちゃ極刑ものだぜ? 何か言い訳があるなら、聞いてやるよ」
「……この者は私を言葉巧みに操り、脱獄を手伝うように仕向けたのです。愚かにも私は話に乗せられ、この者に加担しました。その最中に出会ったのがカールです。後は……今、カールが話した通りです。戦争になれば、また多くの犠牲が出る。そんな単純なことも忘れていました。私は平和のために、勇者殿に対する抵抗を止める決意を決めたのです」
その時、終始黙り込んでいたアレンが初めて口を開いた。
「ふんっ、何が平和のためだ。聞いて呆れるね。反吐が出る」
「……何だと?」
アルフレッドの弁にアレンは鼻を鳴らし、アルフレッドは気色ばんでアレンを睨んだ。
「もっともらしいことを言っちゃいるが、アンタは単に戦うのが怖くなっただけだ。その程度の覚悟なら、端っから俺の誘いに乗らなけりゃ良かったんだ。アンタみたいな腰抜けを頼った俺が馬鹿だったよ」
「この私が……腰抜けだと……!? もう一度言ってみろ!」
「何度でも言ってやるよ、この腰抜け野郎が。……まぁ、王子様が腰抜けなのも無理ないか。何たって王様の子だもんな」
アレンはアルフレッドに悪態を吐くと、玉座に座る王に視線を移し、嘲るような笑みを浮かべた。
「敵が自分の城までやって来たってのに、戦うどころか平気な顔してもてなしてるんだもんな。敵の言いなりになって戦いを放棄した父親と、途中で怖気づいて俺を売った息子。アンタら父子は歴史に名を残すだろうよ。侵略者に屈して、国を明け渡した売国奴としてな」
「き、貴様ァ!」
アルフレッドは怒りの声を上げると、アレンの左頬を殴り飛ばした。殴られたアレンの口元からは、赤い血が流れ出る。
「とうとう仲間割れを始めたか。みっともないねぇ。こうなっちゃ、俺に対抗するっていう話もおしまいだな」
勇者はニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべながら、そうつぶやいた。
「……」
勇者のつぶやきを受けて王は黙り込んだ。だが、それは目の前で起きている醜い争いに言葉を失ったからではない。王は考えていた。果たしてこれは本当に仲間割れなのだろうか?
(余は勇者と戦うためにアルフレッドに命じて、この者を逃がした。それなのに、この者は『戦いを放棄した』と言った。ここにいる者は皆"事情"を知っている。ならば、この諍いは……)
「口で言い返せないからって暴力か? さっきはあんなにペラペラと言い訳を並べ立ててたじゃないか。責任から逃れる時しか頭が回らないのか?」
「黙れッ!!」
王が考えている間も両者の諍いは続く。アルフレッドは再びアレンの頬を殴ったが、アレンは臆することもなく挑発を続けた。
「くっ……。大したことないな。軽薄な男は言葉だけじゃなく、拳も軽くなるらしい」
「だから! 黙れと言っているんだッ!」
アルフレッドは三度アレンを殴打した。血が飛び散り、アレンの頬は腫れ上がる。だが、アレンは依然として挑発を止めない。
「どうした王子様? もう終わりか? だらしないな。もっとどんどんかかって来いよ」
挑発に乗ったアルフレッドは、さらにアレンを殴打する。アレンの顔はどんどん腫れ上がり、見る間に人相が変わっていく。いくら芝居とはいえ、これはやり過ぎだ。
「アルフレッド! もうそれ以上は……」
「いいじゃねぇか、王様。こうなりゃ王子様とあの野郎、どっちが先に音を上げるか根競べと行こうじゃないか」
見かねた王がアルフレッドを止めようとした時、勇者がそれを制止した。勇者は明らかにこの状況を面白がっていた。




