第91話 生贄
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「さて、協力関係となったからには詳しく話を聞かせてもらおうか。今の状況が分からないんじゃ、これからの見通しも立たないからな」
ペトルの意見を受けて、アルフレッドが説明を始める。
「先日、我がベシスは勇者との戦いに敗れた。そのすぐ後に勇者は父の前に現れ、ある条件を突きつけた」
「条件?」
「アレン殿を処刑するよう迫ったのだ。そうすれば、今までのことは全て不問にすると。だが、アレン殿には大きな借りがある。そのような不義理な真似はできぬ」
「不義理ねぇ……。ご立派なお考えだが、そんなことを言ってる場合か? 勇者はこいつを差し出せば、不問にすると言ってるんだろ? だったら、それに従った方が利口だと思うけどな。平民一人の命で国を守れるんなら、安いもんだろ」
「……王様は勇者を疑っているんだろう」
重々しい口調で口を開いたアレンに、興味深そうにペトルが尋ねる。
「ほぅ、その根拠は?」
「勇者は自分の欲望のために世界を欺き、大勢の人たちを傷つけてきた。そのことに対して奴は……一片の後悔も反省もしていない。俺を処刑するように迫ったのがその証拠だ。王様に近付いたのは、ベシスを乗っ取るためだろう。王様は勇者の企みに気が付いた。だから、アルフレッド殿下に俺を助けさせたんだ。勇者との取引に応じるつもりなら、わざわざ俺を助けたりはしない」
「……なるほどね。まぁ、一理あるな」
二人から状況を聞いたペトルは、薄笑いを浮かべながらアレンの方を見た。
「それにしても、今度はお前がお尋ね者とはな。どうだ? 俺と同じ立場になった感想は? 少しは追われる者の気持ちが分かったか?」
「追われる身となってから、まだ日が浅いからな。経験者として色々教えて欲しいものだな」
「へっ、言うじゃねぇか」
ペトルは皮肉を込めたアレンの返答を愉快そうに笑い飛ばした後、一転して真面目な顔に戻り話を続ける。
「だが、追われる身ってのはなかなか厄介だ。自由が制限される。現に勇者はお前を探してるんだろ? これからは自由に動けなくなるぜ。"経験者"が言うんだから間違いない」
「勇者は父上が城に引き付けている。奴が直接出向いてくることはないだろう。少なくとも今のところは……な」
「でも、追っ手はいるんだろ?」
「私たちを探すために捜索隊が組織されている。だが、それはあくまで名目上であり、実際は互いの情報交換が主な役目だ。こちらの状況を伝えると同時に、勇者の動向も逐次報告を受ける手筈になっている」
「そりゃあいい。情報の有無は大事だからな。だが、それにも限界がある。名前だけとはいえ捜索隊がいつまでも成果なしってんじゃ、勇者も黙っちゃいないだろう。捜索範囲を広げるように指示するか、勇者の野郎が直々に探しにくる可能性も考えられる。兎にも角にも、野郎を黙らせる必要がある」
「しかしどうやって?」
「簡単だ。目的を達成させちまえばいいのさ」
「目的を達成させる?」
アルフレッドが不思議そうに尋ねる。彼だけではない。カールもミーナも兵士たちも、その場にいた誰もがペトルの発言の意図を図りかねていた。そんな中、アレンが口を開いた。
「……確かに目的を達成してしまえば、それ以上勇者に追われることもなくなるだろうな」
「察しがいいな。その通りだ」
「つまり……どういうことだ?」
アルフレッドの三度目の質問に答えたのはアレンだった。
「勇者の目的は、俺を見つけ出して民衆の前で処刑すること。それが済んでしまえば、勇者は俺たちを探す理由がなくなるということです。処刑という目的を果たしてるわけですから」
「平然と言ってるけど……それってあなたが殺されるってことじゃない!」
話を聞いていたミーナがヒステリックに叫んだ。
「勇者から逃れるには、これが一番冴えたやり方だと思うぜ。当面の敵を片付けた勇者は、安心して慢心する。その間に準備を重ねて、準備が整い次第勇者を討つ。理想的な流れだろ? 俺らが結託してることが気取られたら、その時点で計画は破綻だ。勇者の目を欺くには、どうしたって生贄が必要なんだよ」
「……アレン殿を生贄として差し出せと言うつもりか?」
アルフレッドは眉間に皺を寄せてペトルに尋ねる。
「それが一番手っ取り早い方法だと俺は思うね」
「今ここでアレン殿を失うわけにはいかない。勇者を追い詰めたのもアレン殿の活躍あってこそ。これからの戦いにアレン殿の頭脳は必要不可欠だ」
「ほぉ、そうかい。それはそれは……」
ペトルはへらりと笑うと、おどけたような口調でアレンに話しかけた。
「ずいぶんと信頼されてるみたいじゃないか。たかが一介の村人が一国の王子にここまで頼りにされるなんて滅多にあることじゃないぜ。いやはや、大したもんだ」
そう言うとペトルは再度アルフレッドの方に向き直り、皮肉めいた口調で続ける。
「しかしそうなると、勇者の方はどうするおつもりで? 奴を騙し通すための素晴らしいお考えがあるのでしたら、是非ともお聞かせ願いたいものですなぁ」
「そ、それは……」
「俺はそれでも構わない。勇者を倒せると言うのならな」
返答に窮するアルフレッドの代わりに、口を開いたのはアレンだった。アレンは続ける。
「確かに勇者の動向は無視できない。俺が投降して処刑されれば、奴の追跡はかわせるだろう。問題はその後だ」
「その後?」
「俺の目的は勇者を討つことだ。そのために必要なら、命を捧げたってかまわない。だが、犬死にはごめんだ。勇者を倒せなければ何の意味もない。俺が死んだ後、お前が確実に勇者を葬り去ってくれると言うのなら、命でも何でも差し出そう」
「はっ、お断りだね。何で俺がそんなことをしなくちゃならないんだ?」
「なら、俺もお断りだ。奴の死を見届けるまでは、死ぬわけにはいかない」
「なら、この話はこれで……」
『終わりだな』。ペトルはそう言って話を打ち切ろうとした。だが、アレンの鈍く光る目を見たペトルは、思わず言葉を飲み込んだ。
(この目は普通じゃない。完全にイカれてやがる……)
アレンの中の確かな狂気を垣間見たペトルは、真剣な眼差しでアレンを見た。
「お前に一つ問う。死ぬ覚悟はできているようだが……、殺す覚悟はあるんだろうな?」
「……覚悟なんてとっくにできてるさ。故郷も家族も仲間も……全てを失ったあの時からな」
「そうかい。それなら……徹底的に俺と同じ立場になってもらおうか」
アレンの返答を聞いたペトルは、ニヤリと笑った。
絢爛たる自室でベシス王、エドワード・ド・ドレスティアは一人頭を抱えていた。
「これから先、どうしたものか……はぁ……」
王は苦々しく吐き捨てると、深い溜め息を吐いた。悩みの種は今後の勇者への対応についてだ。
勇者の企みの気配を感じ取った王は、勇者に従う振りをして王子に密命を与えた。果たして王子はアレンを逃がし、それを知った勇者は激怒した。王はすぐさま捜索隊の結成を宣言し、怒れる勇者を説得し、どうにかその場を収めた。しかし勇者の怒りは収まらず、「三日以内にあの男を見つけ出し、俺の元に連れて来い」と王に強く迫った。
(あの男……予想以上に気が短い。言う通りにしなければ、何をしでかすか……。アルフレッドに命じてあの者を逃がしたのは失敗だったか……。早急に次の手を考えねば……)
王が頭を悩ませていると、ノックもなしに勢いよく部屋の扉が開いた。驚いた王が顔を向けると、立派な口髭を貯えたがっしりとした男が、息を切らして立っていた。
「騒々しいぞ。何事だ、クリフ」
王が声をかけると騎士団団長は、肩で息をしながら事情を告げる。
「それが……捜索隊が戻って来ておりまして……」
「そうか。では直ちにここへ連れて参れ。こちらの状況が変わったことを伝えねばならん。あの者にも早急に戻って来てもらわねばなるまい」
王は恭しい口調で、クリフにそう命じた。だが、クリフは口ごもり動こうとしない。
「ですが……」
「何だと言うのだ? 事は一刻を争う。早くこちらの状況を伝えて、戻って来てもらわねば……」
「ですから、戻って来ているのです。アルフレッド様も、あのアレンという村人も」
王の台詞を遮るように、クリフはそう言った。




