第90話 対価
ついに90話に突入。100話以内に終わるのか?(終わらなそう)
「何故だ? 理由を聞かせてくれ」
ペトルはアルフレッドの申し出にノーを突きつけた。申し出をあっさりと拒まれたアルフレッドは、その理由を問う。
「生憎と俺は、勇者に対して何の感情も抱いてないんだよ。怒りも憎しみも好意も敵意も何もない。別にあいつに何かされたってわけでもないしな。要はわざわざ戦う理由がないのさ。むしろ戦わない理由の方が明確だな」
ペトルはアレンを一瞥すると、皮肉めいた口調で言った。それが自分に対する意趣返しであるということを、アレンは即座に理解した。
ソラール商会代表の正体は、かつて救いの里で対峙したペトルだった。予想もしていなかった思わぬ再会に、アレンは驚いていた。
(まさか、この男とまた会うことになるなんてな……)
アレンは一人、心の中で小さくつぶやいた。それは素直な感想だった。しかしその一方で、彼はソラール商会の代表が何者なのかをある程度予測していた。
きっかけはミーナから聞いた商会の説明だ。無償の宿と酒場で人を集めるという手法は、救いの里で見たのと全く同様だ。その時点でアレンは、商会の運営が救いの里の手法を基にしているということに気が付いた。違いと言えば、集めた"人"の使い方だろう。
救いの里に集まった人々は何をするでもなく、日がな一日ただ酒を飲んでだらだらと過ごすばかりだった。だが、ソラール商会では、集めた人々を行商人として働かせ、その働きによって商会は成長を続けている。これはただ信仰を増やすという名目で人を集めていた救いの里とは、明らかに異なる。ソラール商会の代表は救いの里の手法を熟知し、それを踏襲した上で、改良を加えている。救いの里の実情を知らなければできないことだ。これらの点からアレンは、代表が救いの里の元信者、或いは関係者ではないかと目星をつけていた。そしてその予測は見事に的中したのだった。
アレンとペトルの間には、浅からぬ因縁がある。救いの里での一件だ。アレンはフランツたちと共に女神の裏の顔と、里で密かに行われていた凶行を暴き出した。その結果、ペトルは救いの里で築き上げた地位を失った。申し出の拒絶はその報復。アレンはそう考えた。
「はっきり言ったらどうなんだ? 俺に対する当てつけだって」
「当てつけ? そいつは違うぜ。これは総合的な判断だ。別にお前が過去に俺に何をしたかは関係ない。何ならお前には感謝してるぐらいだぜ? もしもあの時、お前が反抗してなければ、俺はお前の二人のお仲間に殺されてただろうからな」
ペトルの告白にアルフレッドは驚いた様子で、アレンとペトルを交互に見た。それを見たペトルは、誰ともなしに語り始めた。
「何があったのか聞きたいって顔だな。いいぜ、話してやるよ。今までの経緯をな。救いの里が解散するに至ったきっかけ、王子様はもちろんご存じだろうな?」
「……無論だ。女神が裏で人殺しをしていたからだろう? 都でも大きな騒ぎになったから、よく覚えている」
「その話には一部、虚偽がある。女神は幹部に殺されたことになっているが、実際は部外者に殺されたんだ。そいつらはどこからか救いの里の儀式のことを嗅ぎつけ、女神の裏の顔を暴き出した。女神はそいつらを殺そうとしたが、返り討ちに遭ってお陀仏さ。俺も責任を負う形でその場で殺されそうになったが、女神殺しの犯人役を肩代わりすることでどうにか切り抜けた」
ペトルは続ける。
「犯人役を買って出た俺は、信者共から逃れるためにひたすら逃げた。奴らは俺を女神殺しの犯人だと信じ切っていたからな。見つかったら殺されるのは目に見えていた。だが、ただ逃げるにも先立つ物が必要だ。そこで俺はちょっとした商売を始めることにした。放浪ついでの行商さ。その中で俺は自分で商品を売り歩くよりも、人を使って売らせた方がずっと効率的だと気が付いた。そこで俺は救いの里で培った知識と技術を応用して、人を集めることにしたってわけさ」
「それがソラール商会の始まりというわけか……」
「まっ、俺の苦労話はこんなもんでいいだろう。さっきも言ったように、商会には敢えて勇者と戦う理由はないんだよ。人間は自分に得のないことはしないもんだ。あんたらに協力して俺に何の得がある? ましてや何の義理があって、俺の理想郷を潰した奴に手を貸さなくちゃならないんだ?」
ペトルはアレンを真っ直ぐに見据えると、冷ややかに言う。
「……やっぱりな。それが本心か」
「商売ってのは持ちつ持たれつなんだよ。いくら田舎者でも、それぐらいの常識は分かるだろう? どうしても力を貸して欲しいってんなら、相応の対価が必要だ」
「それならば私が……」
「今はこいつと話してるんだ。王子様はお呼びじゃないぜ」
ペトルはアルフレッドの話を不遜にも遮ると、アレンに向かって話を続ける。
「望みがあるなら対価を払う。ガキでも分かる社会の常識だ。商会の協力が必要なら、金を払いな。勇者と事を構えようってんだ。はした金じゃダメだ。そうだな……銀貨百枚で手を打とう。それが用意できれば手を貸してやってもいいぜ」
「銀貨百枚!? そんなの無茶よ!」
傍らで話を聞いていたミーナが、悲鳴にも似た声を上げた。アレンは問う。
「……用意できなければ?」
「その時は交渉決裂だ。提示した条件を満たせないんだから当然だよなぁ? 俺はお前を交渉相手と認めているからこそ、こうやって話をしてるんだぜ? 門前払いをせずに交渉の場に立たせてやったのは俺の誠意だ。次はお前が誠意を見せる番だ。おっと、王子様に頼るのは無しだぜ? これは俺とお前の交渉なんだからな」
ペトルはアレンを煽るように、口元を歪めてニヤリと笑った。
王族や貴族ならいざ知れず、一介の村人に過ぎないアレンにそんな大金が用意できるはずかない。断るために無理難題をふっかけているのだ。その場にいる誰もがそう判断した。だが、難題を突き付けられた当の本人は、身じろぎ一つせずに静かに口を開いた。
「……銀貨百枚を用意すればいいんだな?」
「あぁ、そうすりゃ協力してやるよ。用意できればの話だがな」
ペトルの言葉を聞いたアレンはアルフレッドに向き直ると、恭しく口を開いた。
「殿下に一つお伺いしたいことがございます」
「おい、聞いてなかったのか? 王子様に頼るのは無しだと言ったはずだぜ」
「俺はアルフレッド殿下と話してるんだ。お前はお呼びじゃないぜ」
横槍を入れようとしたペトルに、アレンは冷静な口調で告げた。先程自身が使った台詞を引用されたペトルは、不快そうに舌打ちをした。
「改めまして殿下、俺の今までの働きにどれだけの価値があるとお考えでしょうか?」
「……価値?」
「俺は勇者と魔王の真相を暴き出し、勇者を追い詰めました。魔族を倒し、マーガレット様をお救いしたこともお忘れではないでしょう。俺はベシスに多大な貢献をしたと自負しております」
(こいつ……、何を言ってやがる……?)
ペトルがアレンの言動を訝しむ中、アレンは続ける。
「『力を貸して欲しいなら、相応の対価が必要』と、この者も申しております。ならば、ベシスのために働いた者には、相応の対価を受け取る権利があるのではないでしょうか?」
(そうか……こいつ……!)
その瞬間、ペトルはアレンの意図を理解した。そしてそれを理解したのはペトルだけではなかった。
「……うむ、そうだな。貴公はベシスのためによく働いてくれた。働きに応じた対価を支払わねばなるまい。差し当たっては、銀貨百枚でどうだろうか?」
「ありがとうございます」
アレンはアルフレッドに礼を言うと、ペトルに向き直った。
「これで俺は銀貨百枚を手に入れた。これは俺が働いて得た対価だ。お情けで恵んでもらったわけじゃない。そいつをお前に支払う。もしこれでも足りないと言うなら、今後俺に与えられたものは全部くれてやる。これで文句はないだろう?」
「……」
ペトルは渋い顔をして黙りこくった。暫しの沈黙の後、ペトルは観念したかのように口を開いた。
「……分かったよ。俺の負けだ。約束通り協力してやるよ」
「おぉ! それは心強い!」
ペトルの言葉に、アルフレッドは歓呼の声を上げた。
「……あの帽子の男ならまだしも、まさかお前にやり込められるとはな」
そう言ってペトルはフッと笑った。アレンに言い負かされたにも関わらず、その顔には奇妙な充足感があった。
「言っただろ? 色々あって俺は変わったのさ」
ペトルの言葉に、アレンは静かにそう返した。




