第89話 面会
9時に公開するつもりが21時公開になってた
「ここがソラール商会の本部ですわ」
「本部……か。これはまた立派なものだな」
ミーナに案内されてたどり着いたのは、巨大な屋敷だった。これを見ただけで、商会が相当儲かっているということがよく分かる。絢爛な城住まいのアレフレッドでさえ舌を巻く程の豪勢な作りだ。
「ここは倉庫とは違うんですか?」
「帳簿をつけたり、在庫を管理したり、扱う商品の取引をしたりとかね。商会の方針に関わる決定は、全てここで行われているわ」
「部外者である我らが突然訪れたところで、門前払いされて終わりだろう。そこで商会の中で地位に就いている彼女に取り次いでもらったのだ」
アルフレッドの補足を受け、アレンはミーナに尋ねる。
「ミーナさんは代表に会ったことはあるんですか?」
「いいえ、残念ながら一度もないわ」
「なら、他に会ったことがある人は?」
「多分、いないんじゃないかしら?」
ミーナの返答を聞いたアレンは、顎に手を当てて考え込んだ。
(代表の正体は謎に包まれているという話はどうやら本当らしい。誰も代表に会ったことがないっていうのが本当なら、代表は誰にも会うつもりがないってことなんじゃないか? だとしたら話を付けるどころか、そもそも会うことすらできないのでは……?)
アレンの心の中に暗雲が立ち込める。そんな彼を尻目にミーナは勢いよく扉を開くと、中へと入っていった。アルフレッドと二名の兵士がそれに続き、アレンも慌ててその後を追う。
ミーナはどんどん屋敷の奥へと進んでいくと、黒塗りの重厚な扉の前で足を止めた。くるりと振り返ると、彼女は口を開く。
「王子様がいらっしゃるということはあらかじめ伝えてあります。その上で代表がどう判断されるか……。話をお聞きになるのか、それとも……。私にできることはここまでですわ」
「いや、十分だ。ここまでの案内、心より感謝する」
アルフレッドは短く礼を述べると、おもむろに扉を叩いた。
「私はベシス王国の第一王子、アルフレッド・ド・ドレスティアと申す者。折り入ってお頼みしたいことがあり、ここまで参った。どうか話を聞いてもらえないだろうか?」
「入りたまえ」
僅かな沈黙の後に、扉の向こうから中へ入るよう促す声が響いた。この扉と同様に重く厚みのある声だ。
「……失礼する」
アルフレッドはそう声をかけると、静かに扉を開いて部屋の中へと入っていった。一同もそれに続く。
真っ赤な絨毯が敷き詰められた室内の中央には、これまた重厚かつ高級感溢れる長机が鎮座している。机の奥にはクッションの付いたビロード張りの椅子が配置され、その上に一人の男が厳めしく座している。
「……」
眉間に皺を寄せたその男は何も言わず、訪問者を右から順に一瞥していく。
一方、アレンもまた男の顔を観察していた。豊かな髪を丁寧に撫でつけ、口髭と顎鬚は綺麗に整えられている。そしてその色は白い。アルフレッドの髪を白銀と称するならば、男の髪は灰色だろう。その性質はアルフレッドのものとは大きく異なる。比較をするならば、ベシス国王のそれに近い。要は加齢による白髪だ。
顔中に刻み込まれた深い皴もまた、男の年齢の高さを物語っている。年の功もベシス国王と同じぐらいだろう。きっちりとした身なりと貫禄に満ちた佇まいは、見るからに組織の長という雰囲気を醸し出している。
(……この人がソラール商会の代表か)
アレンの視線と老人の視線がかち合う。老人は何も言わずにアレンの顔をじっと眺めると、ようやく口を開いた。
「其の方、名前と出身は?」
「アレンと言います。ティサナ村の生まれです」
「ふむ……そうか……」
アレンの返答を聞いた老人は、灰色の顎髭を撫でるとおもむろに立ち上がった。
「付いてきなさい」
そして一言だけ言うと、部屋を出ていった。
(一体、どこに行くつもりなんだ……?)
訝しく思いながらも、アレンたちは指示に従い男に付いていく。年齢を感じさせないしっかりとした足取りで、老人はずんずんと進んでいく。老人が足を止めたのは、簡素な作りの扉の前だった。老人は扉をノックする。
「入れ」
程なくして扉の向こうから冷たい声が響いた。男の声だ。入室許可を貰った老人は、扉を開くと一同に中へ入るように促す。
「どうぞ中へ」
室内には扉と同様に簡素な机と椅子が置かれていた。椅子には誰か座っているが、椅子を入り口とは反対方向に向けているために顔は見えない。
「ここは一体……?」
「あのお方がソラール商会の代表です」
アルフレッドのつぶやきを聞き逃さなかった老人がにべもなく答える。
「なっ……! それならば貴殿は……」
「そいつはカール。表向きの代表さ。真の代表は俺だ」
男は後ろを向いたままそう言った。その声を聞いたアレンは、何かに感付いた様子で肩をぴくりと震わせた。
「そうであったか。私は……」
「ベシス王国のアルフレッド王子だろ? 話は聞いてるぜ。勇者と戦うのに商会の力を貸して欲しい。そうだろ?」
名乗り出ようとしたアルフレッドを制すと、男は後ろを向いたまま言った。
「まだ話してもいないのに何故、そのことを?」
「俺は耳ざといんでね」
そう言って男はくるりと椅子を回して彼らの方に向き直った。カミソリのよう鋭利な目をした痩せぎすの男だった。アレンはこの男を知っている。いや、この眼差しと鋭さを知っている。
アレンの刺すような視線に気付いた男は、にこやかに笑いながらアレンに声をかけた。
「よぉ、久しぶりだな。まさかこんな形で再会するとは思ってもみなかったぜ」
「知っているのか? アレン殿」
「救いの里の……元幹部ですわ。名前は……」
「ペトル……」
アルフレッドの質問にアレンとミーナが順に答える。ソラール商会の代表の正体は、救いの里を裏で牛耳っていたペトルだった。
「よぉ、宿屋の娘。救いの里で何度か見てるぜ。ただの一信者に過ぎなかったあんたが、今や俺の商会の幹部様だもんな。ずいぶんと出世したもんだ」
「……あなたは私が救いの里にいたのを知りながら、私を幹部にしたってわけ?」
「もちろんそうさ。何たって商会に所属する行商人の半数近くは、女神の元信者だからな。希望を失った憐れな羊どもに道を示してやったんだから、感謝して欲しいもんだね。あんたもその口だろ?」
そう言いながら一行を見渡したペトルは、何かに気付いた様子でアレンに尋ねた。
「あの忌々しい二人組の姿が見えねぇな。あいつらはどうした? 喧嘩別れでもしたか?」
「……二人はもういない」
「いない? どういうことだ?」
「……死んだよ。勇者との戦いに敗れてな」
「死んだって? おいおい、マジかよ! 死んじまったのか、あの二人? ハッ! そいつは傑作だ! 俺を殺そうとしてたあいつらが先にくたばるなんて、とんだお笑い草だぜ!」
「……」
二人の死を笑い飛ばすペトルにアレンは何も言わなかった。黙りこくるアレンに対し、ペトルはおどけたように続ける。
「おや? 反応がねぇな。仲間の死を侮辱されたってのに、言い返すこともできないのか? 薄情な野郎だ。殺したくないだの何だのとワーワー喚き散らしていた奴とは思えねぇな」
「……」
「どうした? おい、黙ってないで何とか言ってみろよ」
「……色々あって俺は変わったのさ。あんたが無一文から、商会の代表にまで成り上がったのと同じようにな」
「ふん、ぬけぬけと言ってくれるじゃねーか。誰のせいで無一文にまで落ちぶれたと思ってんだ? まぁいい、過ぎたことだ。今の俺があるのも、ある意味ではお前のおかげでもあるしな」
そう言うとペトルは、アルフレッドの方に向き直った。
「勇者と戦うのに力を貸して欲しいって話だったな。で、具体的に何をして欲しいんだ?」
「我が父であるエドワード国王は勇者との戦いに敗れた末、『勇者は一国だけでは対処不可能』という結論に達した。奴を倒すには世界中の国々との連携が必要だ。そこで各国に影響力を持っている貴君に、その橋渡しを頼みたい」
「橋渡しねぇ……。お前も勇者と戦うために、商会の力が必要だと?」
ペトルは唐突にアレンに向かって質問を投げかけた。
「……あぁ」
アレンが短く答えると、ペトルはニヤリと笑った。
「そうかい。それならこの話は謹んでお断りするぜ」




