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第88話 ソラール商会

商会を紹介しましょうかい?

 薄曇りの空の下を軽快に馬車は進む。そんな中、アレンはずっと抱いていた疑問をアルフレッドにぶつけた。

「ところで……さっきからこの馬車はどこに向かってるんですか?」

 当然の疑問だ。地下牢を訪れた二人の兵士は、移送するという名目でアレンを連れ出した。そしてそれは勇者の魔の手から彼を救い出すための国を挙げての計略だった。馬車に乗せられ移動しているということは、どこかへ向かっているということになるが、アレンにその目的地が分かるはずもない。

「我らは今、協力者の元に向かっている」

「……協力者?」

「勇者の力は強大だ。悔しいが、我が(ベシス)の総力を挙げても奴には敵わなかった。ならばどうするか? 力が足りないのならば、さらに多くの戦力を集結させて奴に対抗すればいい。単純な話だ」

「力の差を数で補おうつもりですか? でも、ベシスの総力を挙げても勇者には敵わなかったのに、戦力なんてどこから……」

 アルフレッドが口にした言葉の意味にはたと気が付いたアレンは、納得したように小さくつぶやく。

「そうか……そのため協力者か」

「その通りだ。国内だけで勇者に対抗する力が足りないのならば、外から集めればいい。即ちベシスの同盟国、周辺国、世界中のありとあらゆる国々に打倒勇者の協力を要請しようというわけだ」

 力の差を数で補い、足りない分は有るところから集める。確かに単純な話だ。世界中の国々が力を合わせれば、勇者に対抗することも不可能ではないだろう。だが、コトはそう単純に行くだろうか? 

 訝しんだアレンは、アルフレッドに疑問をぶつける。

「世界中の国と国が力を合わせるなんて……そんなこと本当に可能なんですか?」

「可能かどうかはアレン殿、貴公の手腕にかかっている」

「俺の手腕……? どういう意味ですか?」

「父上はアレン殿の才覚を高く評価なさっている。勇者と戦う決断を下されたのも、その才覚を頼ってのこと。父上は貴公に(ベシス)の未来を賭けたのだ」

(それはまた、ずいぶんと荷が重い話だな……)

 アレンは心の中でつぶやいた。だが、弱音を吐いても仕方がない。アレンはすぐに気を取り直すと、アルフレッドに尋ねた。

「それで、俺は何をすればいいんですか?」

「先程、我らは協力者の元へ向かっていると話したな。まずはその者の協力を取り付けてもらいたい。『ソラール商会』という名前を聞いたことはあるか?」 

 唐突に飛んできた質問に、アレンは首を横に振る。

「今、急速に力を伸ばしている商会の名だ。何でも貴賤上下の区別なく、あまねく照らす太陽のように分け隔てなく商いをするというのを信条としているらしい」

「それで……その商会と今の状況に何の関係が?」

「ソラール商会はその信条の通り平民から貴族、果ては王族まで様々な相手と取引をしている。商会は人々の暮らしに入り込み、人々の間では『困った時のソラール商会』という標語が流行しているらしい」

 アルフレッドは説明を続ける。

「ソラール商会は大勢の行商人を雇い、各地に派遣している。そうすることで顧客を増やしつつ、世界中の国々へと商圏を広げていった。今や商会の影響力は、国の(まつりごと)をも左右する程だそうだ」

「……なるほど。その商会の影響力を利用して、他国の協力を要請するって算段ですね」

「その通り。そのためにはまず、ソラール商会の代表に話を付けねばならない。商会を立ち上げて僅か数か月で、現在の規模にまで成長させたと聞いている。かなりの切れ者であることは確かだろう。しかしその代表というのが、かなりの曲者らしいのだ」

「何者なんですか? その代表って」

「それが……名前、年齢、性別、経歴及びその他一切の情報は謎に包まれているらしい。商会には多くの行商人が所属しているが、代表の正体を知る者は誰一人としていないとのことだ」

「そんな相手から協力を取り付けようなんて、何だか一筋縄ではいかなそうですね」

 二人が話し込んでいると、馬車がゆっくりと動きを止めた。どうやら目的地に到着したらしい。

「この続きは彼女から聞くといいだろう」

 そう言ってアルフレッドは馬車を降りていった。

(彼女?)

 疑問を抱きながらも、アレンはアルフレッドの後を追って馬車を降りる。空を覆っていた薄い雲はいつの間にか姿を消し、抜けるような青空が広がっていた。そんな青空の下、アレンはある人物の姿を見つけ、驚いたように声をかけた。

「ミーナさん? どうしてここに?」

「彼女には仲介者として来てもらったのだ」

 アレンの質問にアルフレッドが答えると、続いてミーナが話し始める。

「私はソラール商会の行商人の一人なの」

「ミーナさんが?」

「ええ」

 アレンの確認に、ミーナは小さく頷いた。

「あなたたちとの約束を果たした後、私は救いの里を離れて故郷に戻ったの。父も正気を取り戻して、ようやく救いの里から完全に解放された。穏やかな日々だったわ。そんなある日、父が亡くなったの。里にいた頃から患っていた病気で、元々長くはなかったみたい。苦しむこともなく眠るように息を引き取ったわ。父の死は悲しかった。自分でもそんな風に思うなんて意外だったわ。もし父が女神に傾倒したまま亡くなっていたら、ここまで悲しむこともなかったでしょうね。救いの里にいた時はあんなに父を嫌っていたのに、皮肉なものよね」

「……」

 淡々と家族の死を語るミーナに、アレンは何も言えずにいた。アレンの気まずそうな表情に気付いたミーナは薄く微笑むと、話を本筋に戻す。

「ソラール商会に出会ったのはそのすぐ後よ。その頃、商会は発足したばかりで人手を集めていて、ちょうど仕事を探していた私は行商人としてそこに加わった。それからは各地を回りながら物を売る日々を送ってきたんだけど、その途中で運悪く勇者に見初められたってわけ」

「そうだったんですか……。それであの時、ミーナさんはシゼにいたんですね」

「ええ、そうよ。行商の売り上げが評価された私は商会の成長に貢献したということで、いつの間にかそれなりの地位に就いていた。自分では出世するつもりなんてなかったんだけどね? そして、ここからが本題。私の商会内での今の地位を利用すれば、あなたたちを代表に紹介できるかもしれないわ。あくまで可能性の話だけれど」

 ミーナの説明に、アルフレッドが横から付け加える。

「道中述べたように、今やソラール商会の影響力は世界中の国々に及んでいる。勇者打倒のためには各国と手を組むことが必要だ。そしてそのためには、商会の口添えが不可欠なのだ」

「それじゃあ行きましょうか。中を案内するわ」

 そう言ってミーナは歩き出した。アルフレッドとアレン、さらには二名の兵士もその後に続く。アルフレッドは物珍し気に、二名の兵士は警戒した様子で周囲を見渡しながら歩いている。周囲には木造の建物が密接し、一つの集落を形成している。歩きながらアレンが尋ねる。

「ミーナさん、ここは何なんですか?」

「ソラール商会の活動拠点よ。主に商品倉庫ね」

「ずいぶんと広いんですね」

「色々な商品を扱っているからねぇ。それでもここだけじゃ足りないってことで、今では各地に拠点があるわ」

「見たところ倉庫の他に、酒場や宿泊施設もあるようだな」

 ミーナとアレンの会話に、アルフレッドが加わる。

「ええ。商会に所属している行商人はいつでも自由に使えるんです。それも全て無償で」

「全て無償だって? それで運営が成り立つのか?」

 目を丸くして尋ねるアルフレッドに、ミーナは端的に答える。

「その点は問題ありませんわ。運営には売り上げ金の一部が充てられていますから。それを目当てに商会に加わる者も少なくありません」

「衣食住を与えることで人数を増やしているわけか。それに比例して売り上げも増え、商会はますます発展する……。やはりここの代表はかなりのやり手だな」

 感心したように頷くアルフレッドの隣で、アレンは強烈な既視感に見舞われていた。

 全てを失い、フランツと出会い、勇者の正体を探るために訪れた始まりの地。そこでは信仰の下に集まった人々が、かりそめの自由に酔いしれていた。その時に聞いた話とそっくりだ。無償のパンと酒を餌に人を集め、勢力を拡大していくという大胆なやり口。それはまるで――

「……救いの里じゃないか」

 アレンは小さくつぶやいた。

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