第87話 脱出
毎日暑いですね
狭く薄暗い地下牢の中で、アレンは目を閉じてじっとしていた。勇者が去った後、どうにか牢を破れないかと素手でこじ開けようとしてみたが、とても無理だった。何か道具でもあれば開くかもしれないが、牢を破る道具など持ち合わせてはいない。
「はぁ、弱ったなァ……」
途方に暮れたアレンが力なくつぶやくと、足音が聞こえた。
(……また勇者が俺をからかいに来たのか?)
足音を聞いたアレンは瞬時にそう考えた。だが、そうではなかった。現れたのは勇者ではなく、甲冑に身を包んだ二名のベシス兵だった。その内の一人が無感情な声で冷たく言い放つ。
「今からお前を移送する。出ろ」
「……一体、俺をどこへ連れて行くつもりだ?」
「……」
アレンはそう尋ねたが、返答はない。兵士は無言のまま牢獄の鍵を開け、アレンに外に出るように促した。
(どうする……? 素直に従うべきか……?)
兵士の言葉にアレンは逡巡する。
(相手は二人……。隙を突いて逃げられないだろうか? でも、兵士が二人だけとは限らない。不測の事態に備えて、外に待機しているかもしれない。仮に隙を突いて逃げたとしても、城には大勢の兵士がいる。騒ぎを聞きつけた兵士たちを相手にして、逃げ切れるのか……? それに……)
アレンはさらに思い悩む。彼の脳裏には仲間の姿が浮かんでいた。
(エトンもまだこの城のどこかにいるはずだ。ここで騒ぎを起こせば、エトンを探すどころじゃなくなってしまう。まずはエトンがどこにいるのかを聞き出すのが先じゃないか?)
「……俺の仲間は無事なのか?」
「……」
そう考えたアレンは再び兵士に尋ねるが、やはり兵士は答えない。その態度に苛立ったアレンは、感情的に兵士に詰め寄り、声を張り上げた。
「おいっ! エトンは無事なのか? 答えろッ!」
兵士は動じないどころか、詰め寄ったアレンの腕を掴み簡単にひねり上げた。
「くそッ! 離せ!」
「少し大人しくしててもらうぞ」
そう言うと兵士は、アレンの腕を後ろ手に縛った。さらにもう一人の兵士が猿ぐつわを噛ませた上に、アレンの頭に麻布の袋を被せた。
「んー! んー!」
アレンは尚も抵抗を続けるが、両手の自由と視界を奪われた状態では兵士たちに敵うはずもなかった。
身柄を拘束されたアレンは、ガタガタと馬車に揺られていた。
地下牢から出された後、馬車に乗せられたということはすぐに分かったが、麻袋によって視界を奪われているため、どこに向かっているのかは分からない。おまけに猿ぐつわを噛まされているため、声を上げることすらできなかった。
(もうずいぶん進んだようだけど、さっきからどこへ向かってるんだ……)
「よし、ここまで来ればいいだろう。拘束を解いてやってくれ」
アレンが心の中でぼやくと、不意に顔に被せられていた麻袋が外され、続いて猿ぐつわと両手の拘束が解かれた。
(うっ、まぶしい……!)
地下牢に閉じ込められてから今に至るまで光を遮断されていたアレンは、外界の眩しさに思わず顔をしかめた。暗さに慣れ切った目は、眼前の様子をぼんやりとしか捉えることができない。数秒後、明るさに慣れるにつれて馬車内の様子が徐々に分かってきた。真っ先に視界に飛び込んできたのは目の前に座っているある人物だった。端正な顔立ちに艶やかな白銀の髪は、見る者の目を惹きつける。
「あ、あなたは……!?」
その高貴な姿に、アレンは思わず驚きの声を上げた。馬車に乗り合わせていたのは、ベシスの第一王子であるアルフレッドだった。
「王子であるあなたがどうしてここに? 一体、どういうことなんですか?」
「手荒な真似をしてすまなかった、アレン殿。勇者の目を欺くには、こうするよりほかなかったのだ」
「……勇者をの目を欺く? どういうことですか?」
「奴は風説によって民衆を惑わせたという名目で、貴公を処刑しようとしているのだ。貴公に責任を擦り付けて、失われた信用を取り戻す腹積もりらしい」
「……なるほど。勇者の考えは分かりました。でも、どうして王子がそれを知ってるんですか?」
「父から聞いたのだ」
アレンの問いにアルフレッドは端的に答え、そして続ける。
「勇者は父の前に現れて今の話をした。半ば脅される形で、父は勇者に協力することにした。表面上はな」
「表面上?」
「勇者の目論見を知った父は私を呼び出し、それを伝えると同時にある命を下した。それが貴公の救出だったのだ。勇者に怪しまれないために、少々荒っぽくなってしまったがな」
「どうして王様はそんな命令を? 勇者だって俺がいなくなったことにすぐ気付くはずです。それも俺を逃がしたのが王子だと知ったら、勇者は王様の責任を責めるでしょう。結局は奴を怒らせるだけなんじゃないですか?」
「父は勇者にこう説明する。『今回の一件に余は一切関わっていない。これは余に対する明らかな反逆である。血の繋がった我が子と雖も決して捨て置けぬ暴挙だ。直ちに討伐隊を派遣する』と。勿論、この討伐隊も策の内だ。勇者に戦う姿勢を見せつけるためのな」
「……なるほど。勇者を騙すために、互いに対立しているフリをするというわけですね」
「その通りだ。理解が早いな、流石はアレン殿だ。このまま従っていれば、いずれベシスは勇者に乗っ取られる。そう危惧した父上は、本腰を入れて彼奴と戦う決断を下されたのだ」
アルフレッドの言葉を聞いたアレンは、安堵の溜め息を吐いた。
「それは心強いです。勇者に敗れて、仲間を失って、挙句の果てに地下牢に入れられて……。正直もう、諦めそうになりましたよ。『これから先、たった一人で勇者と戦っていけるのか?』って……」
「マーガレットを救い出せたのも、兵たちが無事にシゼから引き上げられたのも、全て貴公らのおかげだ。我々は貴公らに大きな恩がある。その恩を忘れて勇者側につくなど、どうしてできようか? アレン殿、改めて頼む。勇者との戦いに貴公の力を貸してはくれまいか?」
アルフレッドは真っ直ぐにアレンを見据えて、右手を差し出した。その刹那、アレンの脳裏には今まで体験してきた旅の記憶が浮かび上がった。家族の死、命の危機、死闘、仲間との別れ……。それらは決して楽しい思い出とは言えない苦い記憶だ。だが、苦難に満ちた長いを経て、アレンは再び仲間を得た。
「もちろんです。共に勇者と戦いましょう」
アレンは差し出されたアルフレッドの右手を掴むと、強く握った。
その瞬間、彼らは単なる利害関係から、同じ目的を抱いた同志へと変貌を遂げた。フランツの行動が、エトンの選択が、ガラルドの犠牲が、アレンの決意が彼らを変えたのだ。
(俺たちがやって来たことは無駄じゃなかったんだ。俺は一人じゃない。俺にはまだ仲間が……)
『仲間』。自らが思い浮かべたキーワードによってあることに気が付いたアレンは、アルフレッドに尋ねる。
「そういえば、エトンの姿が見当たらないみたいですけど……他の馬車に乗ってるんですか?」
「……すまない」
「……えっ?」
突然の謝罪の言葉に、アレンは戸惑う。
「『すまない』って……どういう意味ですか? どうして謝るんですか?」
「エトン殿は勇者の手によって、ベシス城内の一室に閉じ込められている。そして部屋の鍵を持っているのは勇者だけ。本当は彼女も助け出す予定だったのだが、監視の目が厳しく連れ出すことはできなかった」
「そ、そんな……じゃあ、エトンは……!」
「エトン殿は今、勇者の監視下に置かれている。勇者は彼女のことを許すと話していたそうだ。少なくとも今のところは命の危険はないだろう」
「……だからエトンは城に置いてきたと?」
「その通りだ。それと理由はもう一つある。むしろこちらの方が本命だ。今、勇者はベシス城にいる。奴が勝手な真似をしないように城に留めている状態だ。仮に二人揃っていなくなったと知れば、勇者自ら捜索に動く恐れがある」
「つまり、エトンは勇者を城に引き付けておくための囮だと……?」
「身も蓋もない言い方をすればそうなるな」
取り繕いもせずにあけすけと理由を話すアルフレッドに、アレンは怒りを通り越して呆れたようにつぶやいた。
「……ずいぶんはっきりと言ってくれますね」
「互いに協力して戦おうという時に、嘘や隠し事をしては信用は得られない。エトン殿を救い出すまでは城にいる者たちと連携して、彼女に手出ししないように奴を牽制しておく。彼女のことは任せて欲しい」
「……分かりましたよ。エトンのことは頼みます」
今はその言葉を信じるしかない。アレンはしぶしぶながらアルフレッドに同意した。




