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第86話 面従

しっくり来るサブタイトルがまったく思い付かずにひどく苦労しました

「はっ……?」

 勇者の言葉に、エトンは耳を疑った。

(『後腐れなく別れられる』……?)

 その言葉が何を意味しているのか、勇者が何をしようと考えているのか、エトンには分からない。しかし何か良からぬことを考えていることだけはよく分かった。

「一体、何をするつもりなんですか……」

 恐る恐る尋ねるエトンに、勇者はにべもなく答える。

「あの男には散々迷惑をかけられたからな。その落とし前をつけてもらうのさ」

「落とし前……」

「あぁ、そうだ。今やこの国での俺の評判はガタ落ちだ。お前らが余計なことをしでかしてくれたおかげでな」

「なっ……! この期に及んで責任転嫁ですか? それもこれも貴方が魔王の仕業と偽って、非道な行いをしていたからでしょう!?」

「俺は魔王を倒して世界を救った。その功績に比べれば、微々たるものじゃないか。悪い点ばかりあげつらうのはフェアじゃないぜ」

 エトンの正論に勇者は悪びれる様子もなく、平然と自分勝手な理屈を展開する。その内容はシゼで対峙した際にアレンに語っていたのと、ほとんど同様(おなじ)だった。

 勇者は魔王を倒したという事実に、確固たる自負を抱いていた。そしてその自負こそが、勇者の歪んだ自己肯定の根源だった。「俺は魔王を倒して世界を救った」という認識が、「世界を救ったのだから、もっと感謝されるべきだ」と徐々に傲慢になり、やがては「世界を救ったのだから、何をしても許されるべきだ」と変貌を遂げた。魔王を倒したことによって、勇者を止められる者も咎められる者もいなくなった。もはや勇者は、肥大化した自意識の怪物と化していた。

「そもそもだ。これはお前のせいでもあるんだぜ?」 

「……どういう意味ですか?」

「元はと言えば、お前が俺を裏切ったからこんなことになったんだ。あいつもお前と出会わなければ、こんな騒ぎに巻き込まれることもなく穏やかな毎日を過ごしていただろうに」

「も、元はと言えば、貴方の責任でしょう!? 貴方がアレンさんから故郷と家族を奪わなければ、こんなことには……! それをよくもいけしゃあしゃあと私のせいだなんて言えましたね!?」

 怒りに声を震わせてエトンは叫んだ。だが、そんな彼女の抗議を全く無視して、勇者は話を進める。

「まぁ、少し落ち着いて考えてみろよ。お前は仲間を失うことになるが、俺もまた大切な仲間を失ったんだ。いや、違うな。お前らに殺されたんだ」

「な、何を言って……」

「確かにあいつらは聖人君子じゃあなかった。裏では色々とあくどいこともやってたさ。殺されたのはその報いと言われればそれまでだ。だが、本当にそれでいいのか? いくら悪人だからって、自分たちの判断で勝手に殺してしまってもいいのか? 殺した奴は無罪放免か? 人を殺した報いはどうなる? 命はそんなに軽いものなのか?」

 勇者の主張はあからさまな論点のすり替えだったが、畳み掛けるように語り掛ける勇者の言葉に、エトンは思わず圧倒されてしまった。勇者はその隙を見逃さなかった。

「だから俺はあの時、お互い様ということでこれで終わりにしようと言ったんだ。結局、その願いは聞き入れられなかったがな。そしてその後、お前らは俺に敗れた。その結果が今の状況だ。お前らは俺の言葉に従って、大人しく引き下がるべきだったんだ。人がせっかく親切に忠告してやったのに、素直に聞かないからこういうことになるんだぜ? 自業自得さ。人の親切を踏みにじった罰……いや、"報い"と言うべきか?」

 勇者はそう皮肉ると、例の下卑た笑みを浮かべた。勇者の理屈は徹頭徹尾、体のいい詭弁に過ぎない。しかしその反面、妙な説得力があった。在りし日のフランツや覚醒したアレンならまだしも、実直で口下手なエトンが言いくるめられてしまうのも無理からぬ話だった。気圧された様子のエトンに勇者はさらに告げる。

「あの男も不憫だよ。お前がもっと気の利いた返答をしていれば、助かったかもしれないのに」

「……今度は何の話ですか」

「もしもあいつがお前にとって特別な存在だったのなら、見逃してやるつもりだったんだぜ?」

「だから……私は大切な仲間だと言ったじゃないですか!」

 勇者の宣告に、エトンは悲鳴にも似た悲痛な声を上げる。だが、彼女は勇者の表情を見ている内にある疑念を抱いた。人を食ったようなニヤニヤとした表情は、どう見ても真剣な態度ではない。ああは言っているが、私がどう答えたとしてもあれこれとケチをつけて、アレンさんを処刑すると切り出していたのでは?

「……そんなことを言って、私がどう答えようとアレンさんを処刑するつもりだったでしょう?」

「おっ、察しがいいな。その言う通りだ。よく分かったな」

 エトンの問いに勇者は悪びれる様子もなく、薄笑いを浮かべている。

(やはりそうだ。最初からまともに取り合う気なんてないんだ)

 勇者の本意を見抜いたエトンは、冷たく刺すような視線で勇者を睨んだ。

「貴方は……! 貴方は最低です!」

「そうかい? 俺は最高の気分だがな。まぁ、俺も鬼じゃない。あいつの処刑の前には、最後の別れぐらいはさせてやるよ。それまでに別れの挨拶でも考えておくんだな。ハーッハッハッハー!」

 勇者はそう言うと、勝ち誇ったように高らかに笑いながら部屋を出ていった。扉の外からはガチャリと鍵をかける音が冷たく響く。

「アレンさん……」

 非情な現実に打ちのめされたエトンは、ただアレンの名を呼ぶことしかできなかった。


 勇者は上機嫌だった。ベシスを押さえ、反乱の首謀者も捕らえた。これでもう俺に歯向かう奴はいない。貶められた評判もあの男の処刑によってすぐに回復するだろう。勇者はそう確信していた。

「戻ったぜ、王様」

 軽い足取りで舞い戻った勇者をちらりと一瞥すると、王は口を開いた。

「戻って早々ですまぬが、今後について話し合いたい」

「おっ、さっきまではあんなに渋ってたのに、ずいぶんと乗り気だな」

「為政者は即断即決が求められるものだ。悩んでいる暇などない」

「それはそれは。ご立派なお考えで」

 茶化すような口調で薄笑いを浮かべる勇者を無視し、王は話を進める。

「あの者は処刑するという話だったが、もう一方の其方の仲間の方はどうするつもりだ?」

「エトンのことか? 確かに俺を裏切った点は見過ごせないが、殺すのは男の方だけでいい。寛容な精神で許してやろうじゃないか。それに……その方があいつには()()()だろうからな」

「それで……具体的には?」

「そりゃ、やっぱり公開処刑だろ。処刑の前に王様のあんたが言うんだ。『この者は根も葉もない噂を広めて、国に混乱を招いた』とな。そうすりゃ、民衆の俺への疑いも晴れるだろう」

(……何が『疑いも晴れる』だ。あくまで自分には非はないと言いたいのか? この俗物は……)

 王は心の中で呆れたように勇者を蔑んだが、そんな様子はおくびにも出さず返答した。

「罪状はそれでいいだろう。しかし民を納得させるには、もう少し肉付けが必要だな。執行の日時も決めねばならぬ」

「まぁ、そこら辺のことはあんたに任せるぜ。よきにはからっといてくれ」

 勇者の返事を聞いた王は、拍子抜けした様子で聞き返す。

「……今、何と?」

「聞こえなかったのか? 後のことはあんたに任せると言ったんだ」

(……此奴(こやつ)、そのような重要なことを自分で決めもせずにこちらに丸投げする気か? 何を考えている? いや……何も考えていないのか? しかし、それならそれで好都合だ)

 そう考えた王は勇者に切り出した。

「分かった。諸々の手筈はこちらで整えておこう。それよりもベシスまでの長旅でお疲れであろう? 少し休まれてはいかがかな?」

「おっ、気が利くな。ちょうど休みたいと思ってたところだ。なんせ戦いが終わった後、すぐにここまで駆けつけて来たからな」

「ならば、隣の部屋を使うといい。部屋は自由に使ってくれて構わぬが、城内をうろつくような真似は控えた方がいい。事を円滑に進めたいのならな」

「……どういう意味だ?」

 思わせぶりな言い方に、勇者は思わず王に問う。

「この城の者は皆、シゼの件を知っている。其方に反感を抱いている者も少なくない。其方が城にいると知られれば、騒ぎになるのは明白。さらに其方と余が繋がっていると知られれば、臣下たちの余への信頼は揺らぐだろう」

「そうなれば、俺の計画もおじゃんってわけか……。分かったよ。あんたの言う通り、しばらくは大人しくしておこう。誰も部屋に近付けるなよ」

 そう言い残すと、勇者は部屋を出ていった。

 勇者が退出したのを見届けると、王はすぐさま行動を開始した。(ベシス)の未来を守るために。

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