第85話 虜囚
よく捕まる人たち
「……いつまでもぼんやりしてちゃダメだ。考えろ……とにかく考えるんだ」
しばらくの間、勇者のいなくなった出入口を見つめていたアレンだったが、すぐに思い直すと自分が置かれている状況を整理することにした。
(勇者は魔王の時のように、俺に罪を被せるつもりらしい。でも……一体、どうやって? 俺を全ての黒幕に仕立て上げるつもりか? いや……さすがにそれは無理がある)
アレンは腕を組んで考える。
(勇者が魔王に自分の悪事の罪を被せたのは、実際に魔王が各地を攻撃していたからだ。勇者はティサナ村の火災は魔王の仕業と主張した。そして……人々は簡単にその話を信じた。それは人々の間に「勇者は正義、魔王は悪」という共通認識があったからだ。奴は自分と魔王の立場を明確に利用したんだ。そして奴は魔王にしたのと同じように、俺に罪を被せるつもりらしい。だが、俺と魔王じゃ立場が違う。単なる村人に過ぎない俺が真の黒幕だった……なんて突拍子もない話、誰が信じるって言うんだ?)
アレンはふっと息をつくと、天井を見上げた。
(それに、勇者が魔王を倒したというのは紛れもない事実だ。奴が自分の功績に泥を塗るような真似をするはずがない。俺に罪を被せるんだとしたら、もっと別方向から攻めるはずだ……。嘘を吐いて勇者を貶めようとした罪だとか……。世間を混乱させた罰だとか……。とにかく色々と適当な理由を付けて、俺を始末するつもりだろう)
思案に一段落をつけたアレンは、地下牢への出入り口をチラリと見遣った。勇者が出ていった以降は誰かが訪れることもなく、辺りをしんと静まり返っている。王が勇者に与している以上、ベシス軍の協力は見込めない。つまりはこの窮地も、今後の勇者との戦いも、全て自分一人の力で乗り越えなければならないということだ。
そう考えた途端、アレンは強烈な心細さに見舞われた。フランツを失い、ガラルドを失い、ベシスという後ろ盾を失った。今の彼はまさに孤立無援だった。
「エトン……」
アレンは思わず、唯一人残された仲間の名を呼んだ。地下牢に連れて来られたのはアレン一人だけで、エトンとは引き離されてしまった。エトンは無事だろうか? アレンは勇者の言葉を思い返す。
『お前には俺の評判を落とした落とし前をつけてもらう』
(さっき……勇者はエトンについて何も言及しなかった。もしもエトンが"落とし前"とやらに含まれているなら、『お前』じゃなく『お前ら』と言うはずだ。つまり……奴はエトンを頭数に入れていないということなんじゃないか? そう考えれば、俺だけがここに囚われているということも説明がつく。きっとエトンはまだ無事なはず……)
だが、それはあくまで推測に基づいた希望的観測に過ぎない。実際、エトンが無事かどうかなど、今の彼に知る術はない。
「エトン……」
不安に駆られたアレンは、もう一度仲間の名を呼ぶのだった。
アレンがベシスの地下牢に幽閉されていた頃、時を同じくしてエトンは城内の一室にいた。
両腕を縛られて身体の自由を奪われた彼女は、鍵のかかった部屋に監禁されていた。彼女もまたアレンと同様に、兵士たちによって囚われていたのだった。
「この部屋は一体……」
エトンは小さくつぶやくと、室内を見渡した。中央に大きなベッドが据えられただけの簡素な部屋だ。窓はあるが、押しても引いても開かない。どうやら開かないように外側から細工をしているらしい。
「蹴破ることはできそうだけど、この高さでは……」
エトンは窓から外を眺める。窓からは城下の様子が一望できた。木々などの遮蔽物がないため、見晴らしは抜群だ。窓伝いに逃げたとして、落ちたらひとたまりもないだろう。やはり逃げるためにはあの扉をどうにかするしかなさそうだ。
エトンが脱出経路について熟考していると、扉の外からガチャリと音がした。
(鍵が開いた……? いや、違う! 誰かが鍵を開けたんだ……!)
身構えるエトンの前に姿を現したのは、またしても勇者だった。勇者は親し気に、しかし冷ややかな口調でエトンに声をかける。
「久しぶりだな、エトン。元気だったか? まさか、お前とこんな形で再会するとは思わなかったぞ」
「……ッ!」
エトンは返事をする代わりに勇者をキッと睨みつけた。勇者は肩をすくめて、やれやれと首を振る。
「苦楽を共にした仲間との感動の再会だってのに、ずいぶんとつれない態度じゃねーか。まったく、悲しいねぇ」
「……それが貴方の本性ですか?」
「あ?」
エトンの言葉に勇者はぶっきらぼうな態度で反応を示した。
「今までの貴方はもっと厳格な……いえ、芝居がかった口調でした。あれは全部、演技だったんですか? 今までずっと自らを偽っていたんですか? ……世界中の人々を欺くために」
「ジャンヌの後をついて回るだけだったお前が、俺に意見するようになったか。ずいぶんと成長したもんだ。嬉しいぞ、俺は。仲間の成長は素直に喜ばないとな」
「話をはぐらかさないでください! それに……貴方とはもう、仲間でも何でもありませんっ! 貴方は敵です! 薄汚い欲望を満たすために魔王を利用して、世界を欺いた! 世界の敵ですっ!!」
小馬鹿にするような誉め言葉に、エトンはピシャリと言い放った。手痛い反撃を食らった勇者は呆気に取られたようにポカンと口を開いたが、すぐさま忌々しそうにエトンを睨み返した。
「……この俺が世界の敵だと? 言うようになったじゃねーか。以前のお前なら考えられない台詞だな。俺から離れている間にずいぶんと変わっちまったもんだ」
「貴方に騙されていることに気付いて、目が覚めたんですよ」
売り言葉に買い言葉とばかりに間髪を容れずに返ってきたエトンの言葉に、勇者はますます不愉快そうに顔をしかめた。
「仲間のよしみで助けてやれば、つけあがりやがって……! お前の命は俺の手の平の上にあるってことを忘れるなよ、エトン。何ならその拘束を解いてやるから、今この場で俺と戦ってみるか? 文句があるなら、力尽くで止めてみろよ」
「くっ……!」
勇者の挑発に、エトンは悔しそうに歯ぎしりをした。彼女も分かっているのだ。自身の力が勇者には到底及ばないことを。勇者は世界を欺いていたが、その力は本物だ。魔王軍を圧倒し、ベシス兵を一瞬で蹴散らす程の力の持ち主に太刀打ちできるはずがない。尻込みをしたエトンに、すかさず勇者は告げる。
「ようやく自分の立場を理解したようだな。態度には十分気を付けろよ。大人しくしてる分には可愛がってやるが、歯向かうつもりなら……どうなるか分かるよなぁ? あの男のように生贄になりたくなければ、大人しくしておいた方が身のためだぜ」
(……あの男? 生贄……。ま、まさか……!)
「アレンさんに何をしたんですかっ!?」
「『あの男』としか言ってないのに、よく分かったな。そんなにあいつのことが大事か?」
「当たり前でしょう! アレンさんは……私の大切な仲間です!」
「俺は敵であいつは仲間……か。ふーん、なるほどな」
勇者はそうつぶやくと、下卑た笑みを浮かべてエトンに尋ねた。
「あいつとはもうヤったのか?」
「なっ……!」
勇者の下品な質問に、エトンは見る間に顔を真っ赤にした。
「お前の態度を見てると、単に仲間って理由だけで心配しているとは思えないんだよなぁ。もしかして、あいつに特別な感情を抱いてるんじゃないのか?」
「そ、そんなことっ! 貴方には関係ないでしょう!?」
「言えよ。正直に答えれば、あいつを見逃してやらんこともないぜ?」
「……」
しばらくの間、エトンは押し黙っていたが、やがて観念したようにおずおずと口を開いた。
「……私とアレンさんはそのような関係ではありません。アレンさんは……私の仲間です」
「あくまで仲間であって、特別な感情はないと?」
「……はい」
「そうかい。そいつはよかった。それなら、後腐れなく別れられるな」
エトンの返答を聞いた勇者は、下卑た笑みをますます深めて突き放すようにそう言った。




