第82話 さよならも言わずに
ここは俺に任せて先に行け―!
「さァて……邪魔者もいなくなッたコトだし、そろそろ開始めヨうじャねェか」
アレンたちが退避を終えて、寂しさを取り戻した故郷の地でガラルドは勇者に開戦を促した。
「……俺に一騎打ちを申し込んだのは、お仲間を逃がすためか?」
「さァて、何のコトヤら……」
「そうしらばっくれるなよ。あれだけの大軍で来ておきながら、わざわざ一騎打ちを申し込むなんておかしな話だ。大方、数に物言わせて俺を討ち取るつもりだったが、あまりの力の差に予定を変更せざるを得なくなって、お前が犠牲を買って出た……違うか?」
「へッ、ヨくワカッてるじャねーか。……しかしゲせねェな。それを知りながら、なンでわざわざ俺の誘いに乗ッた?」
ガラルドは、腑に落ちない様子で不思議そうに勇者に尋ねる。
「お前を一瞬の内に始末して、その後に奴らを追えば十分に間に合うからだ」
「俺じャあ足止めにもならねェッてか? 言ッてくれるねェ。ナメられたモンだ」
「俺とお前の実力差は明白。お前に勝ち目がないことぐらい、少し考えれば分かるだろう? 仲間のために命を捨てる、か。麗しい友情だな。涙が出そうだ」
「俺の行動をくだらない自己犠牲だと笑うかい? だが、そうじャない。そうじャあないンだ、勇者サマヨォ。俺が命を張ってアイツらを逃がしたのは、こうするのが最善だと信じたからだ。同情はいらないゼ。それに……何か勘違いしているヨうだが、俺はむざむざやられるつもりはない」
「ほぉ、この俺に勝てるとでも?」
「そりャそうだろ。戦う前から負けるコト考えるバカがいるかヨ」
「それはそれは。大した自信だな」
「どうしても自分を試してみたくなッたのさ」
ガラルドは不敵に笑うと、両手で剣を構えて臨戦態勢に入った。「自分を試してみたくなった」という言葉は嘘偽りのない紛れもない本心だった。
「俺は物心ついた時から剣を片手に、いろンな戦場を渡り歩いてきた。今までの人生で培ッてきたものがどこまで通用するか試したい。ただそれだけだ」
「勇ましいな。しかし無謀だな。俺が言うのも何だが、長生きしないぜ」
「俺にはこういう生き方しかできねェのさ」
勇者の言葉に、ガラルドはニヤリと笑った。
次の瞬間、勇者は無造作に剣を振るった。ガラルドと勇者は離れており、剣が届くような距離ではない。当然、刃はガラルドの身体にかすりもしなかった。一見、何の意味もない無駄な動きに思えたが、それを見たガラルドはいつか聞いたエトンの言葉を思い出していた。
『勇者は主に剣を使って戦います。複数の相手を同時に斬ったり、遠く離れた敵を瞬時に斬ったりと、人智を超えた腕を持っています。さらには魔法も使えるそうです』
刹那、何かを察知したガラルドは、勇者が振るった剣の軌道から外れるように、勢いよく横に飛んだ。その直後、背後からガラガラと何かが崩れ落ちる音がした。着地と同時に振り返ると、後ろに建っていたはずの家屋が倒壊し、土煙が濛々と上がっているのが見えた。今の一瞬の間で何が起こったのか? ガラルドは物陰へと身を隠し、そして思案する。
(離れた相手を斬る……。エトンの話は本当だッたみたいだな。まさかあの距離から一撃で小屋を斬り倒すとは。あのバカみてェな大風といい、この人間離れした剣技といい、まるで反則だな)
「なかなかいい動きをするじゃないか。俺の攻撃をかわしたのは、お前が初めてだぞ」
勇者は感心したようにガラルドを讃える。しかしその口調には、大人が幼い子供を賢いと言って褒めるようなどこか見下した態度が感じられた。
彼がエトンから勇者の情報を聞いていなければ、戦いは早々に決着していただろう。だが、かろうじて初撃をかわせたものの、状況は芳しくない。
「まッたく、デタラメな力だゼ。あの力を相手に、どれだけ持ちこたえられるかねェ」
ガラルドはしみじみとつぶやくと同時に、別れ際に仲間からかけられた最後の言葉を思い出していた。
「『無理しないでくださいね』……か。そいつはムリな話だな」
ガラルドはもう一度つぶやくと、自嘲気味に鼻を鳴らした。
「……どういうことですか!?」
勇者とガラルドが戦いを始めた頃、その遥か後方ではアレンが抗議の声を上げていた。クリフが兵士たちに出した命令はガラルドの援護でも、その場での待機でもなく、ベシスへの撤退だった。
「どういうことも何も説明した通りだ。勇者とあの男が戦っている間に、私たちは可及的速やかにベシスへと引き上げる」
「……ガラルドさんを置いて逃げるってことですか!?」
「その通りだ」
兵士たちが退軍を始める中、にべもなく答えるクリフに、アレンはなおも食い下がる。
「クリフさんは俺たちのために戦ってるのにそれを見捨てて逃げるなんて、薄情だと思わないんですか!?」
「何を言っても無駄だ。命令を覆すつもりはない」
「いいですよ、もう! 分かりましたよ! もうあなた方には頼りません! 俺たちは二人だけでもガラルドさんの元に戻ります!」
「……君はあの男の覚悟をふいにするつもりか?」
いきり立つアレンに、クリフは厳格な口調で尋ねた。以前はあれだけいがみ合っていたにも関わらず、その言葉にはガラルドに対する不信感や嫌悪感は一切感じられない。それどころかむしろ、畏敬の念すら抱いているかのようだ。
「……どういう意味ですか?」
「これはあのが考えた男の作戦なんだ。勇者を足止めするためのな。あの男は私たちを……いや、"君たち"を逃がすために勇者と戦っているんだ」
「はっ……?」
驚愕するアレンに、クリフは続ける。
「あの男は自らを犠牲にして、君たちに全てを託したんだ。私たちが今すべきことは、勇者と戦うことでも、奴を心配をすることでもない。一刻も早くベシスに戻ることだ。ここで勇者に追いつかれれば、それで全てが終わってしまう」
「で、でも……! 無事に戻れたとしても、勇者が襲ってこないなんて保証はどこにもないじゃないですか!?」
「確かにな。だが、国内に戻った私たちに手を出すということは、ベシスに対する明らかな敵対行為だ。そうなれば勇者は私たちだけではなく、ベシスという国を相手に戦わなければならなくなる。奴はそれを見越して、勇者との一騎打ちを望んだんだ」
「そ、そんな……」
「それと……ガラルドから君たちへの伝言を預かっている」
「伝言……? ガラルドさんは何と……?」
「『後は任せた』だそうだ」
「……たったそれだけですか?」
簡潔すぎる内容に、アレンは拍子抜けした様子でクリフに尋ねる。
「私も確認したが、これで十分だと言ってまるで取り合わなかった。君たちにはこれで十分伝わる、とな」
「……ハハッ、仕方ないな、あの人は……本当に……」
クリフの言葉を聞いたアレンは、思わず苦笑した。
「別れの言葉がそれだけだなんて、適当すぎるよ……。もっと色々と話したいことだってあったのに……」
力なくつぶやくアレンに、エトンが声をかける。
「……でも、ガラルドさんらしいじゃないですか。それに、アレンさん……。きっとこれは信頼の表れなのだと……思います。ガラルドさんは私たちを信頼しているからこそ、多くを語らなかったのではないでしょうか……?」
「……分かってる。分かってるさ! それぐらい! でも、最後ぐらいもっとちゃんと……!」
苦笑いを浮かべていたアレンは、一転して苛立ちをぶつけるように声を荒げた。怒りと悲しみ。自らの無力さ。様々な感情が沸き上がり、彼は情緒不安定に陥っていた。だが、エトンの姿を目にしたアレンは、はっと我に返った。エトンは目にいっぱいの涙を浮かべ、小さな体を震わせていた。それでも彼女は懸命に泣くのをこらえ、アレンを励まそうとしていたのだ。
エトンによって冷静さを取り戻したアレンは、不意にガラルドと交わした最後の会話を思い出した。
『……初めて会ッた時はどうにも頼りねェ兄ちャんだと思ッたが、随分と成長したもンだ。覚えてるか? 救いの里での一件をヨ』
(あぁ、そうか……。あの時、ガラルドさんは……)
そしてようやく理解した。ガラルドが最後に口にした言葉の意味を。あれは手向けの言葉だったのだ。
もう自分が戻らないことを予期していたガラルドは、二人に最後の別れをしていたのだ。唐突な思い出話と不器用な感謝の言葉は、ガラルドにとって仲間と過ごす最後の一時だった。だが、アレンはそんなガラルドの想いにも気付かずに、ただ素っ気ない返事をしただけだった。
アレンは自分の不甲斐なさを恥じた。ガラルドの決意に気が付かなかったこと。その決意を踏みにじろうとしたこと。気遣ってくれたエトンに声を荒げたこと。その全てをアレンは恥じた。
「エトン……ごめん……」
アレンが謝罪の言葉を述べると、エトンはこらえきれなくなったように両手で顔を覆った。
(エトンは……ガラルドさんの決意に気付いていたんだ。それに引き替え……俺はその決意を知ることもなく、ガラルドさんに感謝の言葉一つかけなかった……。その上、エトンに八つ当たりをして……俺は……俺は……)
「俺は……大馬鹿野郎だ……!」
アレンの悔恨の叫びは退軍の雑踏に掻き消された。無論、それが死地に一人残った仲間の耳に届くことなど、決してなかった。




