第81話 作戦
小粋なジョークにしたかったのに、全然思い付かなくてただのダジャレになっちゃった
「『一騎打ち』だと?」
「あァ、そうだ。俺とアンタの二人だけで戦うのさ。俺が勝ッたら、アンタの今までの所業を洗いざらいブチまける。アンタが勝ッたら、コンリンザイアンタには関わらない。今まで見聞きしてきたコトも忘れる。どうだ? 悪くない条件だろ?」
「フンッ、話にならんな。お前が勝った場合はまぁいいだろう。問題なのは俺が勝った場合だ。金輪際関わらない? 今まで見聞きしたことは全て忘れる? 随分と調子のいい言葉だ。とても信用できんな」
「そこを何とか頼むゼ、勇者サマ。俺の度胸に免じてヨォ」
疑いの目を向けられたガラルドだったが、勇者の言葉尻を捕らえてしつこく食い下がる。自身の発言を引用された勇者は、ばつが悪そうに舌打ちをした。
「まァ、自信がないッてンなら別に断ッても構わねェけどヨ。そンなに俺に負けるのが怖いか?」
次にガラルドは、嘲るような口調で勇者を煽った。勇者は考える。
(あからさまな挑発だな。何か勝算でもあるのか? ……まぁ、いい。こいつがどんな手を使おうと、俺が負けるなど万に一つもあり得ない。力の差を徹底的に見せつけてやれば、俺に盾突こうなんて考えも起こさなくなるだろう)
「いいだろう。その誘い受けてやる」
「おッ、受けてくれるかい。それでこそ勇者サマだ。そうと決まれば準備がいるな」
「準備?」
「一対一の真剣勝負にヨコヤリ入れられちャ、たまンねェからな。兵士共を全員下がらせるンだヨ」
ガラルドの言葉に勇者は周囲を見渡した。辺りには先程吹き飛ばした兵士たちが散り散りになっている。しかし解せない。勇者は再び、ガラルドに疑いの目を向ける。
(こいつ……本当に俺とサシでやり合うつもりか? 一騎打ちと称して兵士に不意打ちでもさせた方がまだ勝つ見込みがあると思うが……。よほど腕に自信があるのか、それとも実力差も分からない大馬鹿か……)
ガラルドの不可解な条件に、勇者は微かな警戒心を抱いた。だが、今までの経験で培った強大な自尊心がすぐさまそれを吹き飛ばす。
(何を企んでいるのか知らないが、そんなのは些末なことだ。こいつが何を仕掛けてきたところで、俺の優位は変わらない。せいぜい無駄な足掻きをすればいいさ)
斯くして勇者はガラルドが提示した条件を呑み、兵士たちは撤退を余儀なくされた。
「一体、何を考えてるんですか!? ガラルドさん!」
「そうですよ! 一騎打ちなんて危険すぎます!」
兵士たちが後方へと下がる最中、アレンとエトンは激しい剣幕でガラルドの詰め寄る。
「揃ッてガーガー言うなッて。これがイチバン勝つ見込みのある手なンだからヨォ」
真剣な表所の二人に対し、ガラルドはへらへらと薄ら笑いを浮かべながら答えた。
「笑ってる場合じゃありませんよ! 悔しいですが、奴の……勇者の力は本物です。数で押し切ってしまえば何とかなると思っていたけど、俺の考えが甘かった……。こうなったのは全て俺の責任です。今回ばかりは今までのように運良く勝てるとは……」
「それは違うゼ、アレン」
ガラルドは締まりのない顔から一転、真面目な顔をしてアレンの言葉を遮った。ガラルドは説く。
「俺らが今まで奴らを倒してこれたのは、運が良かッたからじャねェ。知恵をシボり、死力をツクし、犠牲を払ッて戦ッてきたからだ。そのどれが欠けても、奴らは倒せなかッただろうヨ。そしてそれは勇者が相手だろうと変わらねェ。今までと同じヨうに戦うだけさ」
「でも、俺がもう少し冷静に動いていればこんなことには……」
「そう自分を責めるな。ここまヤッてこれたのはお前のおかげなンだからヨ。……初めて会ッた時はどうにも頼りねェ兄ちャんだと思ッたが、随分と成長したもンだ。覚えてるか? 救いの里での一件をヨ」
「……忘れませんよ、あの時のことは……」
アレンの脳裏には救いの里での記憶が、まるで昨日のことのように鮮やかに蘇った。とりわけ教会の地下での出来事は、生涯忘れることはないだろう。
「何たって殺されかけたんですからね。忘れるはずがありませんよ」
「そうそう! あの時は本当に殺されるンじャないかと、ヒヤヒヤしたゼ。俺も何も聞かされてなかッたからな。センセーも人が悪いヨなァ」
ガラルドはその時のことを振り返り、豪快にガハハと笑いながら続ける。
「その後、お前が『これ以上殺したくない』と泣き言を抜かした時には、一度ブッ飛ばしてヤろうかと思ッたが……今じャこうして立派にセンセーの後を務めている。大したもンだゼ、本当に」
ガラルドはしみじみとつぶやくと、今度はエトンの方へと向き直った。
「エトンが俺らの仲間になッたのは、その後だッたな。まさか敵意剥き出しだッたお前とこうして一緒に旅するコトになるなンて、考えもしなかッたゼ。お前が勇者共の情報をモタラしてくれたおかげで、突破口を開くコトができた。感謝してるゼ」
「何なんですか? 急にそんな話をして……」
訝しむアレンに、ガラルドは笑いながら答える。
「なァに、ちョいと思い出話をしたくなッただけさ。年を取ると昔話が増えるンだヨ。お前らもいずれワカる日が来る。とりあえずこの場は俺に任せな。お前らにはその後、しッかりと働いてもらうからカクゴしとけヨ。さて、そろそろ準備に取りかかるか。戦う前に体をホグしておかねェとな」
ガラルドは二人の肩をポンと叩き、その場を後にする。
「……ガラルドさん!」
エトンは遠ざかっていく背中に不安気に声をかけた。まるで何かを悟ったかのように。
「無理……しないでくださいね……?」
ガラルドはエトンの忠告に振り返ることもなく、軽く右手を上げて応えただけだった。
アレンとエトンへの挨拶を済ませたガラルドは、つかつかとクリフに歩み寄る。
「ヨォ、隊長さン」
「……貴様、一騎打ちだなどと何のつもりだ? 何か勝算があるのだろうな?」
「へェ、俺をシンパイしてくれるのか?」
「抜かせ。ここで貴様が敗れれば、勇者は次に我々を狙うだろう。そして奴は報復のためにベシスに向かう。私はそれを危惧しているのだ。貴様がどうなろうと知ったことではない」
「へッ、最後までツレない男だ」
クリフはガラルドの軽口をにべもなく切り捨てた。だが、ガラルドの顔はどこか楽し気だった。
「モチロン勝算ならあるゼ。そのために一騎打ちに持ち込ンだンだからヨ。そのためのサクセンをアンタに話しておく」
「作戦?」
そう言うとガラルドは、ぽつぽつと話し始めた。クリフは眉間に皺を寄せて、言葉を差し挟むこともなくそれを聞く。話が終わり僅かな沈黙の後、クリフはようやく口を開いた。
「……とても作戦と呼べるような代物ではないな。不備が多すぎて、何から指摘するべきなのか分からんが……、貴様の仲間を承知しているのか?」
「いいヤ、アイツらには何も話しちャいねェ」
首を横に振るガラルドに、クリフは呆れたように溜め息を吐く。
「それならまず、私ではなく彼らに話すべきではないのか?」
「もしこの話をすれば、アイツらはヤッキになッて俺を止めるだろう。そうなれば、俺も決心がニブる。その点、アンタは俺に何の情も持ち合わせてないからな。話しておくにはテキニンッてワケだ」
「しかしあまりにも……」
無謀だ。クリフはそう言いかけて、口をつぐんだ。そんなことはこの男も分かっているはずだ。この男はその上で戦いを挑もうとしている。ガラルドの中に壮絶な覚悟を感じ取ったクリフは、それ以上は何も言わなかった。
「……分かった。貴様の作戦に乗ってやろう」
「ありがてェ。ついでにアイツらにコトヅテを頼まれちャくれねェか?」
「いいだろう」
ガラルドの伝言は、呆れるまでに単純な内容だった。クリフは問う。
「……それだけでいいのか?」
「あァ、アイツらにはこれで十分伝わるさ。さてと、ぼちぼちアンタの部下も引き払ったコトだし、行くとするかな。アンタも達者でな、隊長さン。体調には気を付けろヨ」
ガラルドはそう言い残すと、へらへらと笑いながらその場を後にした。くだらないシャレを聞かされたクリフは、去り行く背中に向かってしかめっ面のままつぶやいた。
「まったく……、最後までふざけた男だ」




