第79話 窮地
「何かイマイチだな……」と思っても、いざ書き上がると「いい出来だ!」と思えるから不思議
アレンと勇者。追う者と追われる者。
その両名が遂に邂逅を果たした。勇者にとっては全く思いも寄らない出会いだったが、アレンは勇者がシゼに現れることを予測していた。ヒントは魔族が残した言葉にあった。
『あら、勇者様にご用事? でも、残念ねぇ。勇者様はここにはいないわぁ。だって、あの人は何も知らないんですものぉ』
このシゼで対峙したあの日、魔族は確かにそう言った。初めは何かの罠ではないかと勘繰ったアレンだったが、戦いの場に勇者がいないことがその言葉が真であることを示す何よりの証拠だった。その言葉を基に、アレンは勇者が取るであろう行動を予測した。
(勇者は自分が窮地に追い込まれていることを知らない。自分の正体が暴かれたことも、もう仲間が一人もいないことも……。勇者は次々に仲間が消えたことに不安と焦りを抱いてるはずだ。そして何が起きているのかを確認するために、何らかの行動を起こすはずだ。勇者が行動を起こすとして、最初に向かう場所は……どこだ?)
アレンは今まで得てきた情報をヒントに考える。
(魔女は勇者を『クソ野郎』と罵り、魔族は勇者に対して何か良からぬことを企んでいる様子だった。奴らの態度に勇者への敬意や信頼関係はまるで感じられなかった。つまり奴らは……そういう関係なんだ)
勇者たちは魔王を倒すという目的のために行動を共にしていただけで、仲間意識や信頼関係などと言った感情は持ち合わせていない。アレンはそう推理した。
(エトンとジャンヌさんは女神を捜している途中で俺たちに出会った……。そして魔女はその二人を捜していた。でもそれはいなくなった仲間を心配してではなく、秘密が漏れていないかを確認するためだったんじゃないか? もしそうだとしたら……)
勇者は真っ先にシゼに向かうはずだ。自分が行ってきた悪事の"動かぬ証拠"が無事かどうか確かめるために。
そう考えたアレンは、囚われていた女性たちから勇者の行動を聞き出し、勇者を迎え撃つべく策を仕掛けた。勇者が城を訪れた際に必ず足を運ぶという広間に女性を残し、その隣の部屋には兵士を数名待機させた。女性が勇者を足止めしている間に、勇者を討ち取ろうという算段だ。危険な役目のため女性たちは協力を拒んだが、唯一ミーナだけが協力を申し出てくれた。意外にもマーガレットもその役目を志願したが、「妹を危険な目に遭わせるわけにはいかない」とアルフレッドが反対したため、紆余曲折の末に髪の色と顔立ちが似ているエルダが抜擢された(当のエルダは、「滅多にできない体験ができる」と何故か終始乗り気だった)。
さらにアレンは物陰に多数の伏兵を配置し、城から勇者が逃げ出てきた場合に備えた。誰もが「本当に勇者はやって来るのだろうか」と半信半疑の念を抱く中、勇者は姿を現した。勇者はまるで誘われるかのようにアレンの読み通りの行動を取り、アレンの思惑通りに事は運んだ。
(な、何なんだこいつらは……!?)
予期せぬ事態に勇者は驚愕し、慌てふためいた。何が起きているのか、仲間たちはどうなったのか、目の前の武装した集団は何者なのか。勇者には何も分からない。ただ一つ分かるのは、今の状況が自分にとって思わしくないということだけだ。
(な、何だと!? あいつは……!)
集団の中に見知った顔を見つけた勇者は、思わず叫んだ。
「エトン! どうしてお前がここにいる? こいつらは何だ? お前の差し金か!?」
勇者は久々に再会した仲間の無事を喜ぶでも、姿の見えない他の仲間の心配をするでもなく、エトンに疑いの言葉を投げるだけだった。
「……お久しぶりです。勇者様」
「何が『お久しぶりです』だ! 状況を説明しろ! こいつらは何なんだ!?」
おずおずと口を開いたエトンに、勇者は語気を荒げてがなり立てる。
「ガーガーうるせェなァ。ちッたァテメェの頭で考えてみろヨ。今までのテメェの行いを振り返ッてみればワカるハズだゼ。なァ、勇者サマヨォ」
エトンの代わりに口を開いたのはガラルドだった。ガラルドはいつもの独特な口調で続ける。
「テメェが魔王に罪をナスリつけて好き勝手ヤッてきたコトは、もう全部お見通しなンだヨ。カンネンして大人しくした方が身のためだゼ?」
ガラルドの言葉に、勇者は自分が窮地に陥っていることをようやく理解した。知られてはならない秘密を知られてしまった。魔王との戦いで得た地位も名誉も富も名声も、全て失うことになる。勇者は目の前が真っ暗になった。
(もしここで捕らえられたら、俺はどうなる? どう考えても無事では済まないだろう。こんな未開の地で俺は死ぬのか……? いや、違う……こんな所で終わってたまるか……!)
勇者は腹を括ると、腰に差した剣に手を伸ばした。
「この数を相手にヤり合おうッてのか? 勇ましいモンだな。さすがは勇者サマだゼ!」
ガラルドは言うが早いか剣を抜き、勇者目がけて飛び出して行った。
「後れを取るなッ! 我らも続けー!」
ガラルドの突撃を見たクリフは、兵士たちに号令をかけた。弓兵が一斉に矢を射かけ、歩兵は抜き身の剣を手に勇者に襲い掛かる。多勢に無勢、兵士たちの勢いに押し込まれ、勇者の姿は見る間に見えなくなってしまった。戦いは早々に決着を迎えたかに見えた。だが――
ヒュォォォォ……
乾いた風がアレンの頬を撫でる。風は次第に強さを増していく。今まで風など吹いていなかったのに、何かがおかしい。そうアレンが思った瞬間、凄まじい轟音と共に嵐のような突風が巻き起こった。風は砂を巻き上げ、石を転がし、兵士たちを吹き飛ばす。
「くっ……!」
飛んでくる石つぶてに、アレンは両腕で顔を覆うように防護した。辺り一面に濛々と砂塵が舞い上がり、視界は完全に遮断された。舞い上がった砂塵が徐々に収まり、再び視界が開けた時、彼らの目に映ったのは、"勝利"ではなかった。
一斉に襲い掛かった兵士たちは散り散りに吹き飛ばされ、ただ一人勇者だけが大地に立っている。あれだけの矢を射かけられ無数の斬撃を受けたにも関わらず、勇者は傷一つ負っていない。
(な、何なんだあいつは……!?)
予期せぬ事態にアレンは驚愕し、慌てふためいた。何が起きているのか、兵士たちはどうなったのか、目の前の男はどれだけの力を有しているのか。アレンには何も分からない。ただ一つ分かるのは、今の状況が自分たちにとって思わしくないということだけだ。
「クク……ハーッハッハッハッハ!」
突如、勇者は高らかに笑い出した。追い詰められておかしくなったわけではない。極限の緊張状態から脱した心からの安堵。自らの"勝利"を確信した笑いだった。
(……俺は何をビビッてたんだ? 俺がこんな雑魚共に負けるはずがない。たとえ世界中の人間を相手にしても負ける気がしない。やっぱり俺は……最強だ!)
勇者は完全に落ち着きを取り戻すと、悠然と口を開いた。
「さぁ、どうする? 戦力は残っているようだが、まだやるかい?」
「……クソッ!」
勇者の問いに、クリフは苦々しくつぶやいた。それを見た勇者は続ける。
「確かに俺は魔王を倒したことを隠していた。だが、それはこの世界の平和を思ってのことだ。現に世界中の国々は魔王を警戒して戦争を止めただろ? それに俺が魔王を倒してこの世界を救ったのは、紛れもない事実だ。俺がいなければ世界は魔王に支配されていた。国を奪われ、自由を奪われ、家畜のような扱いを受けながら惨めに生きる……。その方がマシだったとでも言うのか?」
勇者の問いに答えられる者はいなかった。黙り込む彼らを見た勇者は、勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
シゼで勇者を迎え撃つというアレンの選択肢は決して間違いではなかった。だが、彼は功を急ぐあまり、大事な点を見落としていた。勇者の力を低く見積もりすぎていたのだ。勇者の力がどれ程のものなのかをもう少し慎重に見極めてから行動に移すべきだった。しかしもう遅い。彼らの立場は一瞬で一転した。
今や窮地に追い込まれたのは、アレンたちの方だった。




