第78話 邂逅
初の一人称形式
「何で誰も戻らないんだっ! 一体、何がどうなってやがんだ!? クソッ! クソッ! クソッ!」
俺は苛立っていた。女神の失踪から端を発した仲間の行方不明は、剣士、武闘家、魔女と次々に広がり、とうとう魔族とも連絡がつかなくなってしまった。
何が起きているのか、皆目見当がつかない。だが、何かが起きているということだけは、俺にも分かり始めていた。
「まさか……俺を裏切ったのか?」
魔王がこの世界にいないことを知っているのは、魔女と魔族の二人だけだ。魔王を倒した後に仲間に加わった他の三人はそれを知らないはず……。だが、もしも魔女か魔族のいずれかが、三人にそのことを話していたとしたら……?
思い当たる節はある。魔族は常にニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて何を考えているのか分からなかったし、魔女は時折、見下したような冷たい目で俺を見てくることがあったからだ。
「もしくはあいつらの身に何かあったのか……?」
しかしそれは考えにくい。奴らは俺に及ばないまでも、そう簡単にやられるようなタマじゃない。
この世界の人間は魔法が使えない。文化レベルも知能レベルも恐ろしく低い。そんな連中が魔法に対抗できるはずがない。それにこの世界の連中は、魔王が死んだことを知らないはずだ。バレそうになったことも何度かあったが、その都度証拠は消してきた。まともに文字も読めないような土人共が、自力でその事実にたどり着けるはずがない。どちらかが情報を漏らしたと考える方が妥当だろう。魔女か? それとも魔族か? いずれにしても許せねぇ……!
「いや、待てよ……」
そこでふと、俺は冷静になった。魔女と魔族以外にも秘密を知る人物は複数いる。シゼに軟禁している女たちだ。俺が女たちをシゼに連れて行ったのは、誰にも邪魔をされずにじっくりとコトを楽しむためだ。その性質上、真相を隠し通すのは難しく、魔王の死は女たちの間で周知の事実となっていった。そこで俺は、女たちが逃げ出して情報が外へ漏れるのを防ぐために対策を講じた。魔族には女たちの動向を監視して脱走を防ぐように命じ、魔女には部外者を近付けさせないように命じた。その指示のおかげで今まで平穏は守られてきた。俺は魔王の脅威から世界を守る英雄としての地位を享受し、満足な暮らしを手に入れた。その平穏が今、崩れようとしている。ようやく手にした幸福を、むざむざ手放してなるものか。
俺は決意を新たにしたが、残念ながらこれと言った妙案は浮かばない。今、何が起きているのかを判断するには情報がなさすぎる。何か手掛かりはないかと、俺は脳ミソをフル回転させる。しばらく考えていると、不意に魔族と最後に交わしたやり取りを思い出した。
「……そう言えば、確か『シゼに行く』と言っていたな」
消息を絶つ前、奴はシゼに行くと言っていた。特に理由は聞かなかったが、思い返してみれば不可解だ。女たちを見張るための定期巡回は数日前に済ませていたはず……。奴は何の用があってシゼに行ったんだ? 予定外にも関わらずわざわざ出向いたということは、あの女はその時点で何らかの異変に気が付いていたんじゃないのか? 何が起きているのかは分からないが、何かが起きている。
そう確信した俺は事実を確かめるため、一路シゼへと向かうことにした。
シゼへの道すがら俺は状況をつぶさに観察しながら、注意深く道を歩いていた。しかし特に気になる点はない。強いて挙げるとすれば、道中に大量の骨が散らばっていることぐらいだ。頭蓋骨の形から察するに、それは人間の骨らしい。だが、俺は動じなかった。大方、人払いのために魔女がばら撒いたものだろう。凡人であれば大量の人骨に恐れをなして逃げ出すかもしれないが、事情を知っていればどうということはない。
誰もシゼに近付けさせないように言っておいたが、それがこれか? 確かにある程度は人を遠ざける効果はあるかもしれないが、中には構わず先に進む奴がいるんじゃないのか? これは明らかに不十分だろ。もしも部外者が入ってきたせいで秘密が漏れたのだとしたら、完全に魔女の責任だ。中途半端なことしやがって。
魔女の雑な仕事に苛立ちながら、俺は先に進んだ。訪れたシゼの街は相も変わらず寂れ果てていて、人の気配はない。まぁ、この国は魔王に滅ぼされたのだから当然か。俺は当時のことを思い返す。
魔王軍との戦いは順調そのものだった。俺の力は魔王を遥かに凌ぎ、各地で連戦連勝を重ね、追い詰められた魔王はシゼに逃げ込んだ。魔王を追ってシゼを訪れた俺たちが見たのは、占領され荒れ果てた街並みと死体の山だった。その大半はシゼの住民だったが、どうやら命懸けの徹底抗戦をしたらしく、魔王軍の兵士も相当数死んでいた。思わぬ反撃を受けた魔王軍はますます数を減らし、これ以上戦うまでもなくすでに雌雄は決していた。だが、俺たちは決して戦いの手を緩めなかった。俺たちには悪である魔王軍を一人残らず滅ぼすという使命があったからだ。こうして俺たちは魔王を倒したが、俺たちはその事実を伏せて、今まで通り魔王と戦っているように装うことにした。
それは魔族の提案だった。魔王の死を知れば、人々はまた国同士で争いを起こす。それならいっそ魔王が生きていることにしておいた方がこの世界のためになる。その理屈に納得した俺は、この世界の平和のために敢えて、魔王の死を秘密にしたのだった。
回想をしている内に、俺はいつの間にか城の入口にたどり着いていた。ここも以前訪れた時と変わりはないように思える。人の気配がないということは、まだ誰も秘密に気付いていないということじゃないか? きっとそうだ。そうに違いない。この秘密がバレるなんてことがあるはずがない。
気を取り直して城内に足を踏み入れると、俺は女たちを住まわせている広間へと向かった。女たちの様子を確かめるためだ。
「ゆ、勇者様……」
広間にいた一人が俺を見て声を上げる。行商のために各地を回っていた所を俺が気に入り、連れて来た女だ。名は確か……
「ここにいるのはお前たちだけのようだが……他の者はどうした? ミーナ」
俺は恭しくそう尋ねた。広間にはミーナの他にもう一人の姿しか見当たらない。後ろを向いてしゃがみ込んでいるため顔は分からないが、あの艶やかな白銀の髪はベシスの王女だろう。
「『"研究"の手伝いをして欲しい』と、魔族様に連れられてどこかへ行きましたわ。この城のどこかにいるとは思いますけど」
(研究か……。確かにそんなことを言っていたな)
俺は心の中でつぶやくと、再度尋ねる。
「何か変わったことはなかったか?」
「いいえ。何もありませんわ」
返答を受けて、何気なくベシスの王女に視線を向けた時、俺は違和感に気が付いた。小柄なはずの王女がやけにでかく見える。
「……おい、そこのお前! 立ち上がってこっちを向け!」
俺がそう指示すると、女は静かに立ち上がった。でかい。しゃがみ込んでいた時は分からなかったが、明らかにでかい。どう考えても王女の身長とは異なる。立ち上がった女はゆっくりとこちらを向いた。顔立ちは王女とよく似ているが、やはり別人だ。
誰だ? 誰なんだ? こんな女、連れて来た覚えはない。
「な、何者だお前は! どこからここへ来た!?」
「……へぇ、人を欲望を満たす道具としか見ていないと思っていたけど、一応は顔を覚えてはいるのね」
狼狽する俺に、ミーナが皮肉めいた口調で冷たく言い放った。俺は叫ぶ。
「お前は何か知っているな? ここで何があった? 言えっ!」
その時、ガチャガチャと騒がしい足音が響いた。足音はどんどんこちらに近付いてくる。このままこの場にいるのは不味い。反射的にそう判断した俺は、一目散に広間を抜け出し、一直線に城の出口へと駆け出した。
「な……んだ、こいつらは……!?」
辛くも脱出し、場外へと出た俺を待ち受けていたのは、甲冑に身を包んだ兵士の一団だった。その中にいた色黒のスキンヘッドの大男が俺を見てニヤリと笑った。
「ヘッ、まさか本当に現れるとはな。お前の言う通りになッたな」
大男はニヤニヤと笑いながら、隣にいた若い男に声をかける。
「……戦いはこれからですよ」
男は短く答えると、刺すような目で俺を睨んだ。




