第77話 二つの思惑
亡き人物の姿が重なるのっていいよね
(『この戦いはベシスのため』……だと? この者は一体、何を申しているのだ?)
国王の訝し気な視線を意に介すこともなく、アレンは自身が発した言葉の説明を始める。
「都の人々の間では、勇者が行っていた悪事の話で持ち切りです。今は都だけですが、人から人、国から国へと噂は広まり、やがて勇者が悪であるという事実は世界中に知れ渡ることでしょう。そして……それこそが問題なのです」
「どういうことだ? 具体的に申してみよ」
アレンの勿体ぶった言い方に、国王は思わず前のめりに尋ねる。
「この事実が知れ渡れば、各国は勇者討伐の兵を挙げるでしょう。魔王の存在を偽って世界中を騙し続けていたわけですから。そうなった場合、勇者は自らの罪を認めて大人しく降伏するでしょうか? 私は決して降伏などしないと考えています。勇者には魔王軍を打ち破った力があります。たとえ各国から兵を差し向けられたとしても、戦える力があるということです」
「それではどの道、勇者には勝てないのではないか?」
「はい、勇者は強敵です。奴を倒すには相当の覚悟と犠牲が必要となるでしょう。もし覚悟と犠牲を払って勇者を倒す者がいれば、世界中がその者を英雄と呼び讃えるでしょう。そして……もしそれが、"個人"ではなく"国"だったとしたら?」
「国? ふむ……」
アレンの言葉を受け国王は、しきりに髭を撫で始めた。そうしてしばらく考え込んだ後、ぴたりと撫でる手を止めた。
「……なるほどのう」
アレンの説明の意図を理解した国王は、ぽつりとつぶやいた。アレンは続ける。
「今、都の人々がアルフレッド殿下を魔族討伐の英雄と讃えているように、勇者を倒した国は世界中からその功績を称賛されるでしょう。勇者を倒せば今後、その国は世界において大きな影響力を持つことになります。犠牲を払って勝利を得た国と、何もせずにただ見ていただけの国。果たして世界の人々は、どちらの国を支持するでしょうか? つまり勇者を倒した国が新たな正義となるのです。正義には誰も逆らうことはできません。そうなれば、正義の国として誰にも咎められることなく、世界を思い通りに動かせるというわけです」
「ふーむ……」
考え込む国王に、アレンは矢継ぎ早に畳み掛ける。
「考える時間はそう多くはありません。ベシスが他の国に先んじて動けるのは、今の内だけです。この機を逃せば、後塵を拝することになるかと」
「何故、そう思う?」
「勇者の噂が広がりつつあるからです。今はまだ都の人々の間だけに留まっていますが、一月もすれば噂は都の外に広まり、さらに数十日もすれば国中に、やがては世界中に広まることでしょう。だからこそ今が好機なのです。噂を知れば、他の国も勇者討伐のために動くはずです。戦後世界の覇権を握ることを望むのならば、今ここで動かねばなりません。この先のベシスの繁栄は、国王陛下の御決断にかかっているのです」
「……」
流れるようなアレンの説明に、国王は遂には黙り込む。
一国の王と一介の村人。両者の間には天と地ほどの身分の差がある。だが、アレンはまるで身分の差など存在しないかのような無遠慮な物言いだ。ふてぶてしい態度で的確に話を進めるその様は、ある人物の姿を彷彿とさせた。
(あれはまるで……)
アレンの様子を見たエトンとガラルドは、示し合わせたかのように同じ感想を抱いた。
理路整然とした語り口。有無を言わせぬ説得力。不遜とも思える冷静な態度。それら全てが相似していた。二人の脳裏に、あの男の姿が鮮やかに蘇る。魔王と勇者の秘密を暴き、彼らを導いた最大の功労者。二人は思った。まるでフランツが話をしているようだ、と。
二人がそう錯覚する程に、今のアレンとフランツはよく似ていた。アレンは自分ですらも気付かぬ内に、フランツのやり口を会得していたのだ。フランツが命を懸けて紡いできた想いは、アレンの中に確かに息衝いているのだった。
王は逡巡していた。目の前の男の言葉に耳を貸すべきか否か。確かに男の言葉は筋が通っている。「世界の覇権」と言うのも甘美な響きだ。実に心をそそられる。だが、簡単に飛びついてはならない。うまい話には裏があるのが世の常だからだ。
王はもう一度、目の前の男を見遣る。不遜な態度、不躾な口調、不敵な表情……。どれを取ってもよく似ている。
(……まるであの帽子の男の生き写しではないか)
王はつい数日前のことを思い返す。
(あの時は帽子の男の口車に乗る形で、シゼに兵を差し向けた。その結果、多くの兵を失ったわけだが……)
ベシス軍が魔族の前に為す術もなく敗北を喫したその日、王の前に魔族が現れた。城の警備も近衛兵も魔族の前では無意味だった。魔族は王に「大切なものを守りたければ、シゼから手を引くように」と告げて去っていった。身を持って魔族の力の恐ろしさを味わった王は、大人しくその言葉に従うことにした。"大切なもの"を守るために。
(……問題はその後だ。この者らは魔族を討ち果たし、マーガレットを救い出した)
魔族の敗北は、王にとって思いも寄らない誤算だった。
(この者らがエルダと組んで怪しい動きをしていることは聞き及んでいた。再びシゼに向かい、魔族に戦いを挑むことも、それにアルフレッドがついて行くことも予想していた。故にクリフを同行させた。アルフレッドの護衛と、魔族への使者として――)
百人もの兵士が束になってかかっても敵わなかったのだ。たった二人の手勢で何ができるというのか? 戦いは魔族の勝利で終わる。王はそう考えていた。
そうなると問題は戦後の処理だ。助言に背いて刃を向ければ、魔族の怒りを買うのは明白。勇者と争うつもりはないという意思と姿勢を示さなければ、ベシスに魔の手が及ぶ。
そこで王はクリフに白羽の矢を立てた。アルフレッドが魔族に刃を向けないようにそれとなく牽制し、折を見てアレンとガラルドを背後から斬るように命じた。アレンたちの首を手土産に差し出すことで、勇者に恭順の意を示そうとしたのだ。だが、王の目論見は見事に外れた。
ガラルドの戦いぶりに感化されたアルフレッドは剣を握り戦いに加わり、クリフは王の命に背きガラルドに加勢した。エルダはアレンに協力し、アレンは策謀の末に魔族を打ち破った。まさに一致団結、全員で掴んだ勝利だった。戦場から遠く離れた玉座の上で、物事を測っていた王には、勝敗を分けた理由など分かるはずもなかった。
(よもや魔族を討ち取ろうとはな……)
当初の予定との状況の違いを踏まえて、王は再考する。
(ベシスとこの者らは無関係であると白を切り通す予定だったが……もはやそのような理屈は通るまい。仲間を討たれたとあっては、勇者も黙ってはいないだろう。戦いは避けられない……か)
長考の末、王は厳粛に口を開く。
「其方らは魔族の他にも女神、魔女、剣士と勇者一行と戦ってきたそうだな?」
「違いますっ! ジャンヌさんは……!」
王の言葉に抗議の声を上げようとしたエトンを、アレンは右手で静止する。
「おっしゃる通り確かに私たちは勇者一行と戦い、奴らを打ち破ってきました。中には戦いを通じて分かり合えた者もおりました。それが剣士です。しかし剣士は……戦いの中で命を落としました」
「……それで、其方らはこれからどうするつもりだ?」
「勇者一行は私たちにとって、多くの大切なものを奪ってきました。故郷、家族、仲間……。剣士も奴らに奪われた仲間の内の一人です。そして、勇者はその元凶です。奴を倒さない限り、私たちの戦いは終わりません」
「つまり勇者と戦う……ということで相違ないな?」
王の問いにアレンは静かに頷いた。そして王は考え込む。
(勇者との戦いは避けられない。そしてこの者らは、勇者の仲間を確実に葬ってきた。ならば……その経験を利用しない手はない。精々ベシスのために協力してもらうとしよう)
「よかろう。我がベシスはこの世界を勇者の魔の手から救うために、国を挙げて勇者と戦うことをここに宣言しよう」
王は世界のためという大義名分を掲げて、厳かな口調で勇者との戦いを表明した。
(勇者から解放される上に世界の覇権が手に入る……。このような僥倖、みすみす逃す手はあるまい)
邪な思惑は胸に秘めたまま。




