第75話 失意と決意
ようやく最終章突入
今年中に完結できるといいなぁ
旅を終えてベシス城に戻ったエルダは、研究室にこもっていた。今回の旅は彼女の心をひどく打ちのめした。夢見ていた魔法は、死体を操って戦わせるという醜悪なものだった。魔法は争いの道具でしかないのか? 人を傷付ける使い道しかないのだろうか? エルダは苦悩し、自問する。大賢者が魔法を封印しようと決意し、自らの功績を全て破棄した時も、こんな気分だったのだろう。大賢者は魔法に希望を抱いたが、それを悪用する者たちに失望したのだ。
エルダは深く溜め息を吐くと、机の上を見やった。机の上には件の青い鏡と、黒い腕輪が置かれている。鏡はアレンから預かったもので、腕輪は女性たちを解放した後、シゼ城の探索で発見したものだ。美しく澄んでいる鏡からは、優しいエネルギーのようなものを感じるが、腕輪の方からは、禍々しくどす黒いオーラのようなものを感じる。この腕輪にも何らかの魔力が込められていると見て間違いない。問題はその魔力がどのような効力をもたらすかということだ。
その時、研究室の扉が開いた。姿を見せたのは、ガラルドとエトンの二人だった。エルダは努めて陽気な口調で二人を迎え入れる。
「おぉ! ガラルド殿にエトン殿! 戻られたのですな」
「あァ、つい今しがたな。それヨり、何かワカッたのか?」
「詳しいことは目下調査中ですが、魔力が込められているのは確かですな。それも何か……おどろおどろしい、嫌なものを感じます。現時点で分かるのはそれぐらいですぞ」
「そうかい。そンじャあ引き続き頼むゼ。ナニシロ、アレンたッての頼みだからな」
腕輪に勇者を倒す手掛かりがあると直感したアレンは、魔法に詳しいエルダにその解析を依頼していた。その時のアレンの顔をエルダはよく覚えている。一見、妹の死を知ったばかりとは思えない落ち着いた表情だったが、その裏には憤怒と憎悪の入り混じった凄まじい負の感情が渦巻いているのが見て取れた。それはちょうど、この腕輪を見た時に感じた禍々しさとよく似ていた。
その後、彼らは連れ去られた女性たちを馬車に乗せ、ベシスに凱旋したのだった。王に事の経緯を報告すると、城中が上を下への大騒ぎとなった。兵士も侍女も王の側近も、誰もがマーガレット王女の無事を喜び、誰もが彼らの雄姿を讃えた。特にアルフレッドへの称賛は凄まじかった。王族の身でありながら、危険を顧みずに妹を救い出すという英雄的行為に人々は酔いしれ、その偉業は瞬く間に美談として民衆の間に広まっていった。さらには救い出された女性たちの証言も加わり、勇者の蛮行は白日の下に晒された。斯くして勇者は、魔王から世界を救う英雄から一転、世界を食い物にした稀代の詐欺師へと成り下がった。今や人々が英雄と呼んで褒めそやしているのは、勇者ではなくアルフレッドのことだった。
王への報告を済ませたクリフは、今回犠牲となった部下たちの遺体の回収のために再びシゼへと出発し、アレンは亡くなった妹を故郷の地に埋葬するためにティサナ村の跡地へ向かった。
アレンに同行していた二人は戻ってきたが、肝心のアレン姿が見えない。エルダは尋ねる。
「ところで、アレン殿はどちらに?」
「話があるとかで、戻って早々に王子サマのトコロに向かッたゼ」
「そうでしたか。アルフレッド殿下とはどのようなお話を?」
「さァな、詳しくは何も言ッてなかッたゼ」
「そうでしたか。アレン殿のご様子はいかがですか?」
「様子? 別にいつも通りフツーだゼ」
「……アレンさんは本当にいつも通りなのでしょうか?」
二人のやり取りを聞いていたエトンが口を開いた。
「ティサナでの態度を見ただろ? 泣きも喚きもせずに淡々と弔ッてたじャねェか。確かに口数は少なかったかもしれねェが、それはいつものコトだろ」
「それが心配なんですよ! 妹さんを亡くしたばかりで、あんなに冷静でいられるものでしょうか? それもあんな殺され方をしたのに……。私には無理をしているようにしか見えません」
エトンの意見にエルダも頷く。
「実はそれがしもそう思っていました。今のアレン殿は表面上は落ち着いているように見えますが、心の奥底に深い怒りと悲しみを抱えているように感じられます。とても正常な状態とは……」
「……残された唯一の希望を打ち砕かれたンだ。当然、ムリはしてるだろうし、マトモじャいられねェだろうヨ。アイツは勇者共に村を焼かれて、家族を殺された。そンな中、センセーは妹だけは生きていると突き止めた。アレンにとッちャ、それだけが唯一の希望だッただろうさ。ところが、だ。魔族のヤローにセンセーは殺され、オマケに妹も殺された。心ン中はズタボロだろう。ヤケを起こしてもおかしくはねェ。それは俺も気がかりだッた。まァ、余計な心配だッたヨうだけどな。アレンは確かに前を向いている」
「どういう」「意味ですかな?」
エトンとエルダの台詞が重なる。ガラルドは続ける。
「アレンは立ち直ったワケじャねェ。ズタボロの心にムチ打って、ムリヤリに動いてンだヨ。全ての元凶である勇者を殺すためだけにな」
「……復讐のために自らを奮い立たせているというわけですか。確かに怒りや憎しみと言った負の感情は、物事を成す大きな原動力となり得ますからな。しかしそれでは……」
「それじゃ、あんまりです!」
エトンは抗議めいた口調で声を張り上げた。沈痛な面持ちで、エトンは胸の内をぶつける。
「故郷を失って、家族を失って、仲間を失って……その上、最後の希望を失ってもまだ戦わなきゃならないなんて、そんなのひどすぎます! これ以上戦ったら、アレンさんは壊れてしまいますっ! もうこれ以上アレンさんが傷付く姿は見たくありません……」
「なら、どうする? アレンに『もうこれ以上戦わないでくれ』と頼むのか? 勇者のヤローはどうする? 俺らだけで戦うのか? そもそも、アレンが納得して戦いを止める保証はあるのか?」
「それは……分かりません。でも、やっぱりこれ以上アレンさんが戦うのは、私は反対です」
「気持ちはワカるゼ、エトン。だがな、そいつは逆効果だ。今のアレンを戦いから遠ざけヨうとしても、アイツは反発するだけだゼ。アイツは勇者が死ぬまでは決して止まらねェ。それに今、戦いを取り上げたらロクなコトにならねェゼ? 今のアレンは勇者のヤローへの怒りと憎しみでかろうじて生きている状態だ。それを奪ッたら、アイツはきッと自ら死を選ぶだろうヨ。生きる目的を何もかも失ッてな」
「そ、そんな……!」
ガラルドの回答に、エトンは絶句する。言い返すことはできなかった。何故なら、彼女もその事実に薄々気付いていたからだ。今のアレンにとって戦うことだけが癒しであり、勇者を殺すことだけが唯一つの救いなのだ。もはや正気の沙汰ではない。アレンが進もうとしているのは、血で血を洗う修羅の道だ。そしてその道の行き着く先には、何もありはしないだろう。
確かに勇者を殺して復讐を果たせば、多少は気分が晴れるかもしれない。だが、それだけだ。戦いを終えた後に残るのは、途方もない虚しさだけ。それを承知の上でアレンは全てを投げ打って、狂気の道を歩もうとしている。それがエトンにはたまらなく悲しかった。
「何か……何かアレンさんを救う手立てはないんですか……?」
「唯一あるとすれば……勇者をブッ殺して、アイツの家族の仇を取るこッたな。だが、もしそれが終わッたらアイツは……」
エトンの問いにガラルドは答える。その時、研究室の扉が開いた。入ってきたのはアレンだった。その後ろには何故かアルフレッドとクリフの姿もある。
「ヨォ、アレン。話は済ンだのか?」
ガラルドは何事もなかったかようにアレンに尋ねる。
「えぇ、おかげ様で。エルダさん、その腕輪について何か分かりましたか?」
「何らかの魔力が込められているのは確かですが、詳しくはまだ……」
「そうですか。それでは、引き続きよろしくお願いします」
エルダの返答に、アレンは淡々と答えた。妹を失ったばかりとは思えない落ち着きぶりだ。エトンはおずおずと口を開く。
「あの、アレンさん。大丈夫……ですか?」
「大丈夫? 何が?」
「その……色々とあったので、気落ちしているのではないかと思いまして……」
「あぁ……そのことか。それなら大丈夫。これからやるべきことは決まったからな」
そう言うとアレンは薄く笑った。エトンはエルダの言葉を思い出した。
『今のアレン殿は表面上は落ち着いているように見えますが、心の奥底に深い怒りと悲しみを抱えているように感じられます』
アレンの笑顔の裏に勇者への激しい憎悪、そして確かな決意を感じ取ったエトンは、もうそれ以上何も言うことはできなかった。




