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第72話 攻防 side-A

今回も解説シーン多めでお送りします

 今にも泣き出しそうな空の下でガラルド、クリフ、アルフレッドの三名が生ける屍と化した兵士たちと懸命に戦っている。魔族はその様子を満足そうに眺めている。

「あらぁ?」

 魔族はそこでふと、気付いた。ここに来たのは全部で五人。兵士たちと戦っているのが三人。なら、残りの二人は? 

 魔族が疑問を抱いたその時、家屋の物陰から矢が飛んできた。矢は魔族の遥か上を通り過ぎていく。少しの間を置いてさらにもう一本、今度は明後日の方向へと飛んでいった。

(残りの二人はあそこにいるのね。でも、妙ねぇ……)

 矢は二本とも全く見当違いの方向に飛んでいった。自分を狙ったのだとしたら、あまりにもお粗末だ。考えている間にも矢は飛んで来るが、今度は魔族の遥か手前の地面に突き刺さった。一体、どこを狙っているのか? 矢の軌道を見た魔族は考える。当てる気があるとは思えない矢の動き。兵士と戦っている三人を援護しているようにも見えない。そもそも何故、物陰に隠れているのか? 魔法を警戒している? それとも……

「……他に何か狙いがある?」

 魔族は小さくつぶやくと、再び考える。あの矢には攻撃の意思が感じられない。ただ闇雲に矢を放っているとしか思えない。まるで()()()()()()()()するかのように。

「なるほどねぇ……」

 何かに気付いた魔族は、後ろを振り向くとニヤリと笑った。そして誰かに聞かせるようにひとりごつ。

「たった三人でよく粘ること。少し退屈になってきたから、いっそ今すぐ全員殺して終わらせちゃおうかしらぁ? 誰か私を楽しませてくれるのなら話は別だけどぉ」

 あからさまな独り言のすぐ後、物陰からアレンが姿を現した。その手にはいつの間に手に入れたのか、剣を握っている。それを見た魔族は、楽しそうに笑う。

「あなたがここにいるということは、あっちの物陰で矢を放っていたのは黒いローブの子よねぇ? あの矢は私を引き付けておく囮だったってわけねぇ。あなたの立てた策かしらぁ? 攻撃じゃなくて、目眩ましに矢を使うなんて考えたものねぇ」

「……まさか見破られるとは思わなかった。(さか)しいな。それなりに」

 企みを看破されたアレンは、にこりともせずにそう返した。それはいつか、魔族がアレンに向けて放った言葉だった。思わぬ意趣返しに、魔族は愉快そうに大笑いした。

「アーッハッハッハッハ! あなた、本当に面白いわぁ! ローブの子が矢を放っている間にこっそり近付いて、私を殺す腹積もりだったのでしょう? その剣は兵士が落としたのを拾ったのねぇ? 武器まで調達してくるなんて本当に抜け目ないわねぇ」

「それはどうも。それよりも勇者はどうした? あの城の中か?」

「あら、勇者様にご用事? でも、残念ねぇ。勇者様はここにはいないわぁ。だって、あの人は何も知らないんですものぉ」

「何も知らないだと?」

「えぇ、そうよぉ? あなたたちの存在も、今ここで起きていることも、隠していた事実が知られてしまったことも、勇者様にはぜーんぶ秘密にしてあるわぁ。だって、もし勇者様があなたたちのことを知ったら、口封じとして真っ先に殺そうとするはずだものぉ。それじゃあ、つまらないじゃない?」

「言ってる意味が分からないな。勇者の悪事が知れ渡ったら、お前だって困るはずだ。現に魔女は真相を知った俺たちを消そうとした。魔王を倒した英雄としての地位を守るためにな。むしろそっちの方が自然な反応のはずだ」

「それで返り討ちに遭ったってわけぇ? アハハ! あの子も面白い最期だったのねぇ。是非とも見たかったわぁ」

(こいつは……一体、何なんだ?)

 魔族は魔女の死を「面白い」と言って笑い飛ばした。その言葉はアレンには理解できなかった。言葉だけではない。彼には魔族の何もかもが理解できなかった。

 勇者一行には曲がりなりにも行動原理があった。勇者は自らの欲望を満たすため。魔女は手に入れた地位を守るため。女神は自分の信じる教義のため。だが、この女にはそれが感じられない。まるで勇者の秘密が知られることを望んでいるかのような口ぶりだ。

 魔族は黙り込んだアレンの姿をジロジロと眺め、その恰好に言及する。

「それにしても……剣と帽子なんて奇妙な取り合わせねぇ」

「この帽子を覚えているか?」

「さぁ? どうだったかしらぁ」

 しらばっくれているのか、それとも本当に覚えていないのか、魔族は曖昧な返事を口にした。

「忘れたとは言わせないぞ。これはお前が殺した人の帽子なんだからな」

「あぁ、そうそう。思い出したわぁ。確か……ハインツさんだったかしらぁ?」

「……フランツだ」

「あぁ、そうだったわねぇ。まぁ、名前なんてどうだっていいわぁ」

「どうだっていい……だと? ふざけるな! お前は魔法の力でフランツさんの命を奪った! 俺にはそれが許せない! お前を倒して仇を取る! 俺はフランツさんのように殺されたりはしない!」

 アレンは魔族に剣を突きつけると、高らかに叫んだ。

「あらあら、それは楽しみねぇ♡」

 それを聞いた魔族は、嬉しそうにニタァっと笑った。


 アレンが罠を仕掛けていたのと同様に、魔族もまた罠を張っていた。自分を中心として、周囲の地面にある魔法をかけていたのだ。足を踏み入れた者は、血を吐きながらものの数分で死ぬことになる。あの日、多くのベシス兵の命を奪った魔法だ。

 アレンが剣を持っているの見た魔族は、真っ先にこの魔法を仕掛けた。剣で攻撃するには対象に近付く必要がある。攻撃をしようと近付いて来たところを返り討ちにしてしまえばいい。魔族は初め、そう考えた。しかしアレンの宣言を聞いて気が変わった。


『俺はフランツさんのように殺されたりはしない!』


 この一言が魔族の加虐心をくすぐった。殺すだけならそれでいい。だが、より屈辱的な死を与えるにはそれでは不十分だ。仲間の仇を取るつもりが、その仲間と同じ方法で殺されたとしたら、こんなに滑稽(ゆかい)なことはない。あれだけ息巻いておいて同じ方法で死ぬと分かったら、この青年はどんな顔をするだろう? 怒りに顔を歪ませる? それとも自分の不甲斐なさに涙を流すだろうか? あぁ、考えただけでゾクゾクする。そのためには、あの帽子の男と()()()()でなければならない。そう考えた魔族は、アレンにフランツの命を奪ったのと同じ魔法をかけた。

 先の魔法との違いは時間差にある。血を吐いて死ぬという結果は同じだが、この魔法は数十分から数時間経過してからようやく威力を発揮する。遅効性の毒のようなものだ。魔族はこの魔法を好んで用いた。何も分からないまま死んでいく間抜け面が面白いからだ。

 もうそろそろ頃合いだ。あと十秒、九、八……

 魔族は心の中でカウントダウンを始める。そこでふと、ある疑問が頭をもたげた。この魔法の最大の特徴は秘匿性にある。大抵の人間は自分の身に何が起きているのか理解できずに死んでいく。仮に気付いたとしても、死の間際にそのことを言い残す機転と胆力がある人間などいるはずがない。それなのに、どうしてこの青年は帽子の男が魔法で死んだことを知って――

「……ゴホッ、ゴホッ!」

 辺りには激しい咳き込み音と血を吐く音、そして何かが倒れる音が響いた。

「うぅ……な……んで……?」

 魔族は訳が分からないという表情で呻き声を上げる。血を吐いて倒れたのは、アレンではなく魔族の方だった。


(どうやら……うまくいったみたいだな)

 倒れた魔族を見下ろしながら、アレンは心の中でつぶやいた。

 アレンの最大の目的は、魔族に"ある魔法"を使わせることだった。そのために彼は、幾重にも策を巡らせていた。エルダが矢を放っている間に魔族の背後に回り込むというのも、その内の一つだ。動きを見破られたのは想定外だったが、策は成功だった。あくまで魔族に近付くことが目的で、攻撃するつもりなど毛頭なかったからだ。

(魔族は人の死や苦しみを楽しんでいる。そして相手が嫌がることを敏感に察知して、それを平気で行う。俺が仇討ちを望んでいると分かれば、奴は必ずフランツさんと同じ方法で俺を殺そうとするはずだ。あの女はそういう奴だ)

 アレンはそんな魔族の邪悪な性質を利用した。帽子について質問をしたのはフランツのことを思い出させるため。フランツの仇討ちを宣言したのは魔法を使うように仕向けるためだ。

 もちろん切り札である鏡も用意していた。ズボンに差し込みベルトで腹部に固定して、上着のシャツで隠しつつ魔族に標準を合わせる。これでいつでも魔法を跳ね返せる。剣を構えたのは魔族の注意を剣に向けさせるためと、構えることによって死角を作り出し、腹部に仕込んだ鏡を見せないようにするためだった。そうとも知らず魔族は、自らが放った魔法によって自滅した。矢の動きの違和感に気付いたまでは良かったが、逆にそれが仇となった。策を見破ったことで自分が優位であると思い込み、アレンが他にも策を用意している可能性を見落としてしまったのだ。

「どうして……私が……い……やだ……」

 魔族は、血を吐きながら息も絶え絶えに声を絞り出している。

「まだ……しに……た……く……な……」

 最後まで言い終わらない内に声が途絶えた。横たわった魔族の体は、ピクリとも動かない。アレンはその様子を見届けると、帽子に手を当てた。アレンが今回の戦いにフランツの帽子を持ち出したのは、決して感傷的(センチ)になったからではない。魔族を倒すために必要だったからだ。彼は仲間の死を乗り越えただけでなく、それすらも魔族を討つ策として利用したのだ。

「やりましたよ……フランツさん……」

 アレンは帽子を目深にかぶると、静かにつぶやいた。その頬には一筋の涙が伝っていた。

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