第70話 攻防 side-G
途中の解説シーンは、アルゼンチンバックブリーカーをイメージすると分かりやすいと思います
「そ、そんな……ガラルドさんまで……。嘘だ嘘だ嘘だッ! あのガラルドさんが死ぬはずがッ……!」
「悲しいわよねぇ。私も同じ気持ちよぉ。もう少し楽しめると期待していたのに、こんなにあっさり死んじゃうなんて……本当に残念だわぁ」
魔族は心の底から悲しそうな顔をした。それは嘘偽りのない本当の気持ちなのだろう。だが、それはガラルドの死ではなく、自らの欲求が満たされなかったことに対して向けられている。
(この女……どういう神経してるんだ!)
アレンは拳を握り締めて魔族を睨んだ。と、その時、ガラルドを取り囲んでいた兵士の一人が突然倒れた。さらに一人、また一人と兵士は倒れていく。
(……ガラルドさんを仕留めたから、操るの止めたんだ)
アレンはそう考えた。だが、どうやら違うらしい。魔族の顔から悲哀の色が消え、真剣な表情で兵士たちの方を見つめている。
次の瞬間、倒れた兵士たちの隙間から転び出るようにして、ガラルドが姿を現した。
「ガラルドさんッ!!」
「まさか……生きていたとはねぇ」
ガラルドの生存を知ったアレンは叫び、魔族は笑う。
「ウオオォォォ!!!」
ガラルドは咆哮を上げながら、襲い掛かる兵士を次々に斬り伏せていく。連携も統制も数の差も関係ない。操られた兵士たちは、たった一人のガラルドの力に押されている。
あまりの気迫にアルフレッドは感嘆の息を漏らす。
「な、何という凄まじい戦いぶりだ……! あの者は本当に人間なのか? まるで……」
「……悪鬼」
アルフレッドの言葉に続けるように、クリフはぽつりとつぶやいた。
取り囲まれたガラルドは、冷静に現在の状況を判断した。
(……逃げ場を塞がれたか)
ガラルドは、相対していた兵士の手首を瞬時に斬り落とし、物理的に剣による攻撃を封じ込めた。そして続けざまに体当たりを食らわせて体勢を崩させると、兵士の体が横向きになるように両肩の上に担ぎ上げた。さらに兵士たちが一斉に剣を振り下ろした瞬間、肩に兵士を抱えたまま深く膝を曲げて屈み込んだ。無数の刃がガラルドを襲う。兵士たちはしばらく剣を振り続けた後、ピタリと動きを止めた。
(……攻撃が止ンだヨうだな)
そう判断したガラルドは、抱えていた兵士を降ろした。甲冑を身に着けた兵士を肉の盾にすることによって、執拗な攻撃を防ぎ切ったのだ。
(あの女は俺が死ンだと思い込ンでいる。コイツらの動きが急に止まッたのがその証拠だ。そしてコイツらの動きは、国境にいたホネ共とは違う。俺が動いてもピクリともしねェ。ホネ共は動きに反応していたハズだが……)
ガラルドは動きの違いに気付き、しばし考える。
(ヨくはワカらねェが、魔女とはヤり方が違うンだろう。とにかく動かないッてンなら好都合だ。抜け出すなら今の内だゼ)
ガラルドはそう思い直すと、伏せたまま剣を構えた。魔族に自分が生きていることを悟られないために。そして兵士の体のある箇所に向かって剣を振るった。
兵士たちは金属製の甲冑に身を包んでいる。当然、生半可な攻撃は通用しない。だが、甲冑には弱点があった。肩や肘、膝といった関節部は、可動域を確保するために他の部分と比べて作りが薄くなっている。その膝を狙ったのだ。兵士であるが故に、ガラルドは甲冑の弱点を熟知していた。
膝を斬り裂かれた兵士はバランスを失い、体勢を崩した。さらに数人の兵士の膝を斬り裂く。まるで操り人形の糸を絶つように。ガラルドは長年の戦いによって得た知識と経験、そして閃きによって窮地を脱したのだった。
「あの状況を無傷で抜け出すなんて、凄いわぁ! 面白いのは坊やだけじゃなかったのねぇ! こんなに楽しいのは久しぶりよぉ♪」
歓喜の声を上げる魔族に、ガラルドは再び剣を突きつける。
「あァ、そうかい。なら、楽しンだお代を払ッてもらおうか。テメェの命でな」
「いい……いいわぁ! あなたたち最高よぉ!!」
魔族が叫ぶと、斬り倒したはずの兵士たちがまたしても立ち上がった。それだけではない。兵士たちの傷がなくなっている。ガラルドが斬り落とした手首も、斬り裂いた膝も、まるで何事もなかったかのように元に戻っているのだ。
「驚いたぁ? 私はどんな傷でも治すことができるのぉ。傷付いてもまた戦えるように治してあげるから、安心して戦いなさぁい。さぁ、あなたの足掻きをもっと見せてぇ! もっともっーと私を楽しませてぇ!」
「……死ぬコトすら許さず、永遠に戦い続けろッてェのか? 悪シュミもここまでいくと大したモンだな」
ガラルドは皮肉めいた口調でつぶやくと、剣を構えたまま後方のクリフに向かって叫んだ。
「オイッ! いつまでそうやッて見てるつもりだ? 隊長さンヨォ! コイツらはテメェの部下だろうがッ! 自分の部下がオモチャにされて悔しくねェのか!?」
「……確かにあの者の言う通りだ。これ以上、我が兵士たちを弄ばれて黙っていることなどできぬ!」
若々しく凛々しい声が高々と響く。ガラルドの発破に触発されたのは、クリフではなくアルフレッドだった。アルフレッドはガラルドの下に駆け寄ると、剣を構えて颯爽と告げる。
「彼らをこの苦しみから救うため、私も共に戦うぞ!」
「ヘッ、こりャいいヤ! さすがは王族だけのコトはある、王子サマの方がヨッぽど胆が据わッてるゼ! これからは王子サマが軍を率いた方がいいンじャねェのか? なァ、後ろで見てるだけの腰ヌケの隊長さンヨォ!」
ガラルドは愉快そうに鼻を鳴らすと、未だ後方で様子を眺めているクリフを盛大に煽った。
「……くっ!」
煽られたクリフは悔しさを滲ませるが、それでもなお動こうとはしない。
(一体、何故だ……?)
アレンは考える。王子が戦う覚悟を決めたのに比べ、あまりにも往生際が悪い。まるで操られた部下と戦いたくないという理由の他に、何か別の事情があるように思えてならない。クリフの意思や感情では決して抗えない、もっと強大な何かが。
そうこうしている間にも戦いは進む。持ち前の腕力で豪快に戦うガラルドに対し、アルフレッドは華麗な剣技で兵士たちを倒していく。腕に覚えがあるというのは嘘ではないようだ。二人は数の差を物ともせず、襲い掛かる兵士たちを蹴散らしていく。だが――
「ほらほら、動きが悪くなってきたわよぉ? まだまだ始まったばかりなんだら、これぐらいでへばっちゃダメよぉ」
嬉しそうに魔族が言うと、倒したはずの兵士たちがゆらゆらと立ち上がる。彼らは倒れる度に傷を修復され、戦いに駆り出される。ガラルドとアルフレッドはそれを斬る。斬られた兵士はまた立ち上がる。その繰り返しだ。
終わりのない戦いは、肉体以上に精神を疲弊させる。そして、それが魔族の狙いだった。じわじわと追い詰めて苦しむ様を楽しんでいるのだ。
「あんまりぼやぼやしてると死んじゃうわよぉ? 怪我なら治してあげられるけど、死んだ者を生き返らせることはできないから気を付けてねぇ。でも、そうねぇ……。もしそうなったら、この子たちの仲間に加えてあげるわぁ♪」
疲れの色が見え始めたガラルドとアルフレッドに対し、兵士たちの顔には何の変化も見られない。優勢だった二人は不死身の軍団の前に徐々に押し返され、じわじわと周りを取り囲まれていく。
(あの陣形は……!)
魔族は再び一斉攻撃を狙っている。アレンはすぐにその企みを察知したが、戦闘で疲弊している二人はそのことに気が付いていないようだった。
(不味い、このままでは……!)
二人に危機を伝えようとした瞬間、アレンの横を一陣の風が吹き抜けた。
「ウオオォォォ!!!」
風の正体はクリフだった。クリフは気合の雄叫びを上げながら突っ込んで行くと、瞬く間に兵士たちを蹴散らしていく。
「クリフッ! 来てくれたのか!」
「ヘッ、ヨうヤく覚悟を決めたヨうだな」
「勘違いするなよ。これは殿下をお守りするためだ。貴様がどうなろうと知ったことではない。それと貴様に一つ言っておく。あの戦い方は何だ? 一度ならず二度までも周りを包囲されるとは、あまりにも不用意過ぎる。囲まれないようにもっと全体の動きを見ながら戦え。貴様にはその程度の頭もないのか?」
「ズケズケと言ッてくれるな。まッたく、腹の立つヤロウだゼ」
「あらあら、今度は隊長さん? 勇ましいわぁ。でも、自分の部下だった子たちと戦うことができるのかしらぁ?」
ガラルドは大きく息を吸い込むと、魔族に向かって大声で叫ぶ。
「そうヤッてニヤニヤしていられるのも今の内だゼッ! テメェはココで死ぬコトになるからなァ!!」
「それは楽しみねぇ。でも、どうやってぇ? その子たちの相手で手一杯なのに、どうやって私を倒すつもりなのかしらぁ?」
「テメェに殺られた仲間の意思がッ! 必ずテメェを打ち砕くッ!!」
「仲間の意思ぃ? 死んだ人間を頼りにしてるってわけぇ? あなたたち本当に面白いわぁ♪ 滑稽ねぇ」
魔族がガラルドの言葉を嘲笑う中、その言葉の裏に秘められた真意を受け取ったアレンは、ひっそりと行動を開始した。




