第69話 攻防
久々の戦闘シーン
再びシゼを訪れたアレンたちを待ち受けていたのは、死んだはずのベシス兵たちだった。
兵士たちは隊列を組んで群を成している。にわかには信じがたい光景だ。彼らは先の戦いで死んだはずではなかったのか?
(全員殺されたと思っていたけど……違ったのか?)
アレンは状況を観察しながら考える。城門から出て来た兵士たちは、魔族の背後にずらりと並んでいる。手を伸ばせば届きそうな距離だ。しかし魔族に攻撃を加えようとする者は誰一人としていない。敵を目の前にして、戦おうとしない兵士たちの様子に彼は違和感を抱いた。
(どうして誰も攻撃しないんだ? 魔族の力を警戒しているのか? でも、あの距離なら十分に剣が届くはずだ……)
すると、まるでアレンの疑問を感じ取ったかのように、兵士たちは一斉に剣を抜いた。
ザッザッザッ……
兵士たちは抜き身の剣を片手に、軍靴の足音を高らかに響かせる。その光景を見たアルフレッドは、興奮した様子で叫んだ。
「見よ! 我が軍の雄姿を! 勇敢にも魔族と戦おうとしているではないか! あの者たちと協力してこのまま奴を挟むぞ! 多勢に無勢、今こそ奴を討つのだ!」
アルフレッドは皆を鼓舞するように叫ぶ。だが、兵士たちは魔族を素通りし、さらには魔族を守るように隊列を組んで剣を構えた。彼らが刃を向けたのは、上官と主君の息子だった。
「い、一体、どうしたと言うのだ……? 何故、私たちに剣を……!?」
「貴様らァ! アルフレッド様に刃を向けるとは何たる不敬か! 直ちに剣を下ろせ!」
兵士たちの行動を見たアルフレッドは大いに戸惑い、クリフは大声で一喝した。そんな二人を嘲笑いながら魔族は言う。
「威勢がいいわねぇ、隊長さん。でも、こうなったのはあなたのせいなのよぉ?」
「なんだと?」
「この子たちはベシスを裏切って、私たちについたのよぉ」
「そ、そんな馬鹿なッ!」
アルフレッドの驚きの声を聞いた魔族は、満足そうにニタリと笑った。
「部下を見捨てて逃げ出すなんて薄情よねぇ。そんな人に誰がついて行こうと思うかしらぁ? 失望して裏切られて当然よねぇ」
「あれは戦略的撤退だ! 退かなければ間違いなく全滅していた! 軍を率いる者として当然の判断だった!」
「いくら言い訳を並べ立てても無駄よぉ。あなたの言葉は、もう二度と届かないわぁ!」
魔族はクリフの釈明を遮るように、きっぱりと言い放った。
「止まれッ! ベシス兵の誇りを忘れたのか!?」
クリフは叫ぶ。だが、魔族が言い放った通り、彼の言葉は届かなかった。
ザッザッザッ……
兵士たちは足を止めることなく、徐々に距離を詰めてくる。そんな中、ガラルドは剣を構えて迫り来る兵士たちの前に躍り出た。クリフは問う。
「何をするつもりだ!?」
「決まッてンだろ? 戦うンだヨ」
「私の部下と戦うというのか!?」
「たりめーだろ。敵と戦うのが兵士の役目だろうが」
「あ、あの者たちは敵などでは……!」
「たとえ相手が部下だろうが、剣を向けるならソイツは敵だゼ。敵は全力で叩きのめす。俺はシゼの兵士としてそうヤッて生きてきた。テメェもいい加減、腹ァ括れヤ」
葛藤するクリフに、ガラルドは諭すように語り掛ける。
「フンッ! 他人事だから軽々しくそんなことが言えるのだ! もし、貴様の同胞が……シゼ兵が向かって来たとしても、同じことが言えるのかッ!?」
「あァ、言えるね」
ガラルドはクリフの言葉に即座に頷いた。
「たとえ相手が親兄弟だろうと、俺は殺るゼ。一切の躊躇なくな」
そう冷たく言い放つと、迫り来るベシス兵に向かって勢いよく突っ込んで行った。
巨体に見合わぬ素早い動きで、あっという間に距離を詰める。一団はもう目と鼻の先だ。と、兵の一人が近付いてきたガラルドに向かって剣を振り下ろした。ガラルドは剣先で攻撃を受け止めると、突進の勢いを利用して真横に薙ぎ払った。激しい金属音と共に剣が弾き飛ばされる。兵士もまた勢いに押され、後方へと吹き飛ばされた。巻き込まれた後方の兵士たちは体勢を崩し、次々に倒れていく。
(何だ? コイツらのこの動きは……)
その様子を見たガラルドは、ある違和感を抱いた。あまりにもお粗末すぎる。
得物を手放して、あっさりと吹き飛ばされる。吹き飛ばされた兵士に巻き込まれて、隊列を崩す。どちらも凡そ戦いを生業とする者の動きではない。
(以前と比べて、まるで張り合いがねェ)
ガラルドは過去にシゼの兵士として、ベシス軍と戦ったことがあった。あの時は今よりも遥かに手強かった。それがどうだ、この体たらくは? これではまるで――
「……素人だ」
戦闘を開始したガラルドの後方、部下たちの動きを見たクリフは、唸るようにつぶやいた
訓練を受けたベシス兵ならば、あんな剣の振り方はしない。あれでは子供が棒切れを振り回しているのと同じだ。あれは剣を知らない者の動きだ。
不甲斐ない部下の動きをクリフが訝しむ隣で、アレンもまた兵士たちの動きに着目していた
(あの動きはまるで……)
自らの意思が介在していないかのような頼りない動き。シゼの国境をふらふらと巡回していた骸骨の動きにそっくりだ。
「オラァ!!」
ガラルドは群がる兵士を次々に斬り伏せていく。だが、兵士たちは倒れる度に立ち上がり、ガラルドに襲い掛かる。その姿は何故か勇敢と言うよりも、無謀に見えた。
「あれだけ斬られて、悲鳴一つ上げないなんて……」
「何故、立ち上がるんだ……? 恐怖はないのか……? もう、止めてくれ……これ以上は立ち上がらないでくれ……!」
あまりにも一方的な戦況に、エルダとアルフレッドは顔を背けた。
(素人……悲鳴……恐怖……)
アレンは彼らが口にした単語を、頭の中で繋ぎ合わせた。さらに魔族の言葉を思い返す。
『あなたの言葉は、もう二度と届かないわぁ!』
「そうか……、そういうことか」
全てを察したアレンは、怒りを露わにして魔族に向かって叫んだ。
「この……ゲス野郎! どれだけ命を弄べば気が済むんだ!」
「あらあら、随分なご挨拶ねぇ。私が何をしたって言うのかしらぁ?」
「とぼけるなッ! 何が『裏切った』だ! その人たちは……お前が操っているんだろうが!」
「……クッ……フフ……キャハハハハハハハ!!」
アレンの言葉を聞いた魔族は、狂ったように笑い出した。そしてひとしきり馬鹿笑いを響かせた後、涙を拭いながら口を開いた。
「まさかこんなに早く感付くなんてねぇ。やっぱりあなた、賢しいわねぇ。こんなに面白い人がいるのなら、もっと早く出会いたかったわぁ」
「……俺はお前みたいな奴とは、出会いたくなかったよ」
楽しそうに話す魔族に、アレンは吐き捨てるように返す。
「あらあら、嫌われちゃったみたいねぇ。残念ねぇ、悲しいわぁ……」
台詞とは裏腹に、魔族は嬉しくてたまらないと言うようにくつくつ笑った。その瞬間、ガラルドと戦っていた兵士たちが一斉に崩れ落ちた。あれだけ不屈の闘志を見せて立ち上がっていたのがまるで嘘のように、ピクリとも動かない。
「あーあ、あんまりおかしいから魔法が解けちゃったわぁ。ちょうどいいから教えてあげるわぁ。何も知らないんじゃ、面白くないものねぇ? 確かにこの子たちは私の力で動いていたの。そこの坊やの言う通りにねぇ。それにしてもよく気が付いたわねぇ?」
アレンが魔族の魂胆に気が付いたのは、兵士たちの様子を観察した結果だった。
魔族はこれまでに二つの魔法を使っている。完璧に他人の姿に成りすまし、金色の輪を通じて物体を移動させる。それらは以前、魔女が披露してみせたのと全く同一だ。
(なら……奴は魔女と同じように、手を触れずに物を操ることもできるんじゃないか?)
アレンはそう考えた。さらにクリフたちが発した言葉により、その推論は補強される。
戦い慣れていると思えない頼りない動きも、素人同然のそれとは不釣り合いな勇猛さも、操られているからだと考えれば全て合点がいく。あれだけ斬られても悲鳴一つ上げずに何度も立ち上がることができるのは、意識がないから。彼らは痛みも恐怖も感じないのだ。もう二度と――
「つまり、コイツラはもう全員死ンでるッてコトか?」
「えぇ、そうよぉ? ただ土に還すだけなんてもったいないでしょう? 限りある資源は大事に使わなくっちゃ」
ガラルドの質問に、魔族は事もなげに答える。
「ワザワザ死体を操ッて、俺らをおちョくッてたッてワケか。いいシュミしてるゼ」
ガラルドは呆れたように溜め息を吐くと、魔族に向かって剣を突きつけた。
「そンじャ、お次はテメェに相手してもらおうか。その腐ッた性根ゴト叩ッ斬ッてヤるヨ」
「そう焦らずに、もっとゆっくり楽しみましょう? ほら、その子たちもまだ遊び足りないって言ってるわよぉ?」
魔族がそう言い終えると、事切れていた兵士たちが文字通り幽鬼のようにゆらりと立ち上がった。さらにその内の一人が剣を手に、ガラルドに襲い掛かっていく。
「まだコイツらを弄ぶ気かァ!」
ガラルドは斬撃を受け止めると、怒りを込めて薙ぎ払う。兵士は自ら後方へと飛び退いて衝撃を和らげ、再び襲い掛かった。その間に他の兵士たちは、ガラルドと兵士をぐるりと囲い込み、一斉に斬り掛かる。統率の取れた素早い動きは先程とは比べ物にならず、兵士たちが作り出した狭い輪の中で、ガラルドは為す術もなく斬られる。
「ガ……ガラルドさーーーーんッ!!」
「アハッ♪ あなたのお仲間、あーっさりやられちゃったわねぇ?」
アレンの叫びを嘲るように、魔族は冷ややかに笑った。




