第67話 反逆
死んだキャラの形見を引き継ぐのっていいよね
ガラルドが飛ばした悪い冗談に多少気分を害したものの、アレンの気持ちは晴れやかだった。
エルダが提示した「この鏡は魔法を跳ね返すことができる」というひとつの仮説。彼らはその真偽を確かめるべく実験を行った。その結果、彼女の仮説は正しかった。
この鏡があれば魔族に勝てるかもしれない。アレンはそう考えていた。仮説は事実へと姿を変え、彼の心に再び希望の火を灯したのだった。
「ところで、お二方はこれからどうされるのですかな?」
「シゼに向かいます。この鏡があれば魔族に対抗できそうですからね」
「でもヨォ、ベシスの協力が得られない以上、俺らだけで行くのは難しいンじャねェか?」
「その点なら問題ないと思います。俺たちがシゼに行けなかったか理由が何だったのか、覚えてますか?」
「ホネ共が国境を押さえていたから……だろ?」
ガラルドの返答に、アレンは頷く。
「そうです。あの時は圧倒的な数の差がありました。俺たちだけであの数を相手にするのは不可能だったからこそ、ベシス軍の協力を必要としたんです。でも、いざ協力を取り付け、実際に現場まで行ってみると状況は大きく変わっていた」
「ホネ共が動かなくなッた今となッては、ベシスの手を借りる必要はねェッてワケか。だが、魔族はどうする? あのオンナが何の手出しもせずに、俺らの到着を待つとも思えねェがな」
「それも大丈夫でしょう。奴は去り際、俺たちにシゼ城まで来るようにと言い残しました。わざわざエトンを連れ去ったのも、俺たちが確実に来るようにおびき寄せるためでしょう。奴の性格を考えると、俺たちがシゼ城にたどり着くまでは手出しをしてこないはずです」
「『性格』ねェ……。俺はあのオンナが俺たちの到着を待ッてくれるヨうな、リチギな性格とは思えねェがなァ。むしろ相当ネジくれてるゼ、ありャあ」
「理由はまさにそれですよ。あの女は性格が歪んでいるということです」
「どういう意味ですかな?」
二人のやり取りを興味深そうに聞いていたエルダが、ガラルドに代わって尋ねる。
「さっきも話した通り俺たちはシゼで魔族と戦い、そして敗れました。戦いの最中、大勢の兵士が命を落としていく様子を見て、奴は笑っていたんです。とても満足そうに。それだけじゃない。奴はフランツさんの死を知った時、こう言ったんです。『この目で死に様を見ることが出来なくて残念だ』と」
「……マトモじャねェな」
「お話を聞く限り、魔族は他人の死や苦しみを楽しんでいるように見受けられますな」
ガラルドは吐き捨てるようにつぶやき、エルダは私見を述べた。アレンはその意見に同意する。
「俺もそう感じました。だからこそ奴は道中は手を出さない。手を下すとすれば、俺たちが奴の元にたどり着いた時でしょう。その目で俺たちの死に様を見るために」
「それなら話は早ェ。いちいちベシスの連中にオウカガイを立てずに済むッてコトだろ? とッととシゼに向かおうゼ。そのカガミであのオンナに一泡吹かせてヤろうじャねェか!」
臆することなく意気込むガラルドに、エルダはおずおずと手を挙げて口を開く。
「あの……少々いいですかな? よければ、それがしも連れて行ってはくれませぬか?」
思いがけない申し出に、ガラルドは素っ頓狂な声を上げた。
「連れて行けだァ? アンタ、自分で『戦力にはならない』と言ッてたじャねェか」
「いえ、戦おうという訳ではなくてですね。言うなれば学術的興味、もしくは純粋な知的好奇心とでも申しましょうか。早い話が、この目で実際に魔法を見てみたいという理由でして」
「それも研究のタメか? まッたく、見上げたコンジョウだゼ。だが、戦力にならない人間をツレていくのはゴメンだね。俺らは二人しかいねェンだ。アンタを守りながら戦うヨユウなンざねェヨ」
「しかしそこを何とか……!」
エルダは懇願するが、ガラルドは頑として首を縦に振らない。その時だった。
「それならば、我らも共に参ろう」
突如として響いた優雅な声に、三人は話を止めて声の方向に顔を向けた。そこには鮮やかな銀髪と深紅のマントをなびかせた、アルフレッド王子が立っていた。その傍らにはクリフが付き従っている。
「私は幼少の折から厳しく鍛えられている故、剣の腕には一日の長がある。こちらのクリフにおいては言うに及ばず。十二分に戦力となるはずだ」
得意気に語るアルフレッドに、アレンとガラルドは怪訝な視線を送る。その視線に気付いたアレフレッドは、真剣な眼差しで二人を見据えた。
「一国の王子である私がこのような申し出をするのには理由がある。妹を……マーガレットを救いたいのだ。父上は勇者たちの力を警戒している。恐れていると言ってもいい。それは今回の敗北により更に強まった。そして……父上は冷徹なお方だ。国家を守るためなら手段を厭わない。もし国と妹を天秤にかけるようなことになれば、父上は容赦なく妹を切り捨てるだろう。彼らとの戦いを避けるためにな」
アルフレッドは苦々しい表情を浮かべ、さらに続ける。
「非情に思うかもしれないが、父上のご判断は正しい。為政者たる者、国の大事に私情を挟むなどあってはならない。だが、マーガレットは大切な妹だ。王子である前に一人の兄として、私は妹を魔の手から救い出したいのだ」
妹を救いたい。その気持ちはアレンには痛い程よく分かる。アルフレッドの言葉は、嘘偽りのない真実だ。少なくともアレンにはそう感じられた。
「……王子サマのイイブンはワカるゼ。妹を救いたいッて言葉にウソはねェだろう。こッちにも同じ境遇のヤツがいるからな」
そう言うとガラルドは一呼吸間を置いて、クリフを睨みつけた。
「……問題はそちらさんだ。一体、どういう風のフキマワシだ? 王サマのゴイコウに逆らうつもりかァ?」
ガラルドは皮肉めいた口調でクリフに詰問する。彼が指摘した通り、クリフは先程「ベシスは勇者とは戦わない」と宣言していたはずだ。それにも関わらずシゼへの同行を申し出るのは、明らかに矛盾している。疑問を抱くのは当然だ。
「……」
クリフは何も言わない。まるで答えに窮しているかのように。
「これはあくまで私たち個人としての考えだ。父上は関係ない」
「……なるほど。もしこの件について勇者が抗議したとしても、『個人が勝手にやったこと』として言い逃れができるというわけですな」
エルダの身も蓋もない発言に声を荒げることもなく、アルフレッドは頷く。
「……その通りだ。現に父上は私たちの行動について何もご存じない。どのような結果になろうと、父上に迷惑がかからないようにしたいからな」
「だとヨ。どうする? アレン」
ガラルドにそう尋ねられたアレンは、少し考えた後に口を開いた。
「……目的が同じなら拒む理由もないでしょう。ところで一つお願いがあるのですが、いいでしょうか?」
「何だ? 申してみよ」
「シゼに向かうための馬車をご用意してもらえないでしょうか?」
「馬車だと?」
「はい。魔族は俺たちに三日以内に来るように言いました。あまり時間はありません。それに馬車を使えば、体力を温存できます。移動に時間と体力を使いたくないというのが理由です。そしてもう一つ、シゼに捕らえられている女性たちのためでもあります」
「どういうことだ?」
「ご存じの通り、シゼには勇者に連れ去られた女性たちがいます。魔族を倒した後にその人たちを保護したとして、ベシスまで歩いて移動できる体力が残っているでしょうか? 移動の最中に衰弱する人が出るかもしれないし、魔族の死に気付いた勇者が襲ってくるかもしれません。移動に時間がかかれば、それだけ危険になる可能性があるということです」
アレンの理屈に、アルフレッドは納得したように頷いた。
「ふむ……なるほど、確かに其方の言う通りだ。クリフ、すぐに馬車を手配してくれ」
「はっ」
「クリフさん、その前に一ついいですか?」
アレンは馬車の手配のために立ち去ろうとしたクリフを呼び止めて二、三言葉を交わした。そしてそのまま、クリフの後をついていく。遠ざかる背中にガラルドは声をかける。
「オイ、アレン! ドコ行くンだヨ!」
「少し用事があるので、先に行って待っててください! すぐ戻ります!」
アレンはくるりと振り向いてそう答えると、クリフの後を追う。ガラルドはその後ろ姿を、ただ黙って眺めていた。
ガラルド、エルダ、アルフレッドの三人は城の外れで馬車を待つ。程なくして、クリフが馬を引いてやって来た。その隣にはアレンの姿もあった。
「お待たせいたしました、アルフレッド様。どうぞお乗りください」
「うむ、ご苦労」
「何だか胸がドキドキしてきましたな~!」
アルフレッドはクリフを労うと、馬車に乗り込んだ。エルダもそれに続く。そんな中、ガラルドはアレンに声をかけた。
「オイ……どうしたンだヨ、そのカッコウはヨ」
「武器ですよ、武器。丸腰じゃ戦えませんからね」
アレンは弓を持ち、腰に矢筒をぶら下げていた。だが、ガラルドが聞いたのは弓矢ではなく、アレンが頭の上に乗せているある物についてだった。
「……センセーの帽子じャねェか。そンなモン持ち出してどうするつもりだ?」
「借りたんですよ。フランツさんにも協力してもらおうと思って」
「……」
アレンの言葉にガラルドは黙り込んだ。
本来、彼の死生観は冷淡なものだった。それはシゼの兵士として多くの戦争に従事し、常に死と隣り合わせの生活を送ってきた結果の賜物だった。
フランツは死んだ。それはアレンも分かっているはずだ。死者が生きている者のために何かをしてくれるなどあり得ない。仲間の遺品を身に着けたところで何の意味がある? アレンの行動はある種の現実逃避でしかない。
本来のガラルドなら「死んだ人間をアテにするンじャねェ!」と一喝していたことだろう。だが、そうはしなかった。アレンも辛いのだろう。フランツという拠り所を失って、不安で仕方がないのだ。藁にも縋る思いでフランツの帽子を持ち出してきたに違いない。
「……そうかい」
そう考えたガラルドは一言それだけ返すと、それ以上は何も言わずに黙って馬車に乗り込んだ。最後にアレンが乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出す。
彼らは国王の意に背いて、再びシゼへと向かうのだった。




