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第65話 ひとつの仮説

この鏡について覚えていない人は「逆転の一矢」を読んでね!

読む時は部屋を明るくして離れて読んでね!

「これは……鏡?」

 エルダが取り出した青い縁取りの小さな手鏡。アレンはそれをしげしげと眺める。見つめていると吸い込まれそうな気がしてくる程に美しく澄んでいる。

「ふゥン……」

 ガラルドは鏡を一瞥すると、エルダに尋ねる。

「ただの鏡にしか見えねェが……これは何がトクベツなンだ? これもベシスじャお目にかかれない技術で作られてンのか?」

「いえ、この()()()は、どこにでもあるごく普通の鏡です。ただ……」

「ただ……何だヨ?」

「この鏡からはとてつもない"何か"を感じるのですよ。そうですね……この場合、『魔力』と言った方が適切かもしれませんな」

 エルダの言葉に、アレンはもう一度鏡を見た。鏡は相変わらず美しく澄んでいる。そう言われると何だか、澄み切った美しさが怪し気にも見えてくる。しかしそんな気がするだけで、はっきりとしたことは分からない。魔法についての知識の浅い彼に、魔力を感じる取ることなどできるはずもない。

「アンタは魔法が使えないンだろ? 何でそンなコトが分かンだヨ?」

「長年の間、魔法の研究を続けてきた成果でしょうか? 何となく分かるのですよ。ただならぬ気配と言いますか、凄まじい力を秘めているということが」

「ふーン、それでこの鏡はどンな力を秘めてンだ?」

「それは……分かりませぬ」

「はァ? 分からないだァ?」

 エルダの返答に、ガラルドは素っ頓狂な声を上げる。

「この鏡に魔力が込められているということまでは分かるのですが……それがどんなものかまでは見当がつかないのですぞ。こればかりはそれがしの力不足で申し訳ありませぬ」

「そりャ、大した成果だ。さすがベシスお抱えのケンキューカ様だな。俺らだけじャ、コイツに魔力があるだなンて気が付かなかッただろうヨ」

 ガラルドは皮肉めいた口調で鼻を鳴らす。

「ですから、この鏡の持ち主に詳しいお話をお聞きしようと思ってあなた方をお呼びしたのです。共に戦うことはできませんが、魔法について分かればきっとあなた方のお役に立つはずですぞ」

「とは言ッてもヨォ……これもセンセーの持ちモンだろ? さッきアレンが話した通り、それの持ち主はもう死ンじまッたからな。今さらどうしヨうもねェヨ。センセーが無事なら話を聞けたンだろうけどな」

「……おそらくですが、フランツさんもこの鏡について詳しく知らなかったんじゃないかと思います」

「なンでそう思うンだ?」

「以前、フランツさんが魔法について説明をした際には、この鏡について一言も触れなかったからです。もしこの鏡が魔法と関係しているなら、その時に何か話しているはずです。そしてこれが今ここにあるということは、シゼに行く際フランツさんはこの鏡を持っていなかったということになります。あのフランツさんが何の考えもなしにシゼに向かうとは思えません。もしこの鏡に何らかの魔法の力があるとすれば、必ず持っていったはずです」

「確かに……な。あの抜け目ないセンセーがそンなヘマをするはずがねェ」

 滔々と理由を述べるアレンに、ガラルドは腕を組んで唸る。

「弱りましたなぁ……。この際どんな些細なことでもいいので、何か気付いたことや気になった点はないですかな? お二人はその目で実際に魔法を目の当たりにしていると聞いております。その時のことをよーく思い出してくだされ」

「うーン、そう言われても特に思い当たるヨうなフシはねェなァ」

 ガラルドは早々に考えるのを止める一方、アレンは考え続けた。

 疑念。違和感。不審点。今までの出来事の中で魔法について何か気になったことはないだろうか?

(うーん、魔法か……)

 アレンが初めて魔法を見たのは、都の広場でのことだった。あの時、魔女は証拠隠滅のために贋作(つくりもの)の魔物の首を一瞬の内に焼き払った。やはり魔法といえば魔女だろう。そう考えたアレンは魔女との戦いを思い返した。

 魔法で姿を変えた魔女は、ジャンヌを利用してアレンたちにたどり着いた。さらに魔女は魔法を使って巨人を呼び出し、同じく魔法でジャンヌを焼き殺した。彼らはその魔女を知恵と勇気で見事に打ち破った。

(うーん……)

 魔女との戦いを一通り振り返ってみたが、特に気になる点はない。

(何か……何かないか?)

 アレンはさらに考える。戦う前、そして戦いの最中にも気になることはなかった。なら、()()()()はどうだろう? 巨人(ペット)を殺され、後ろ手に縛られた魔女は、一瞬の隙を突いて拘束を解いた。


『あたしに歯向かった報いを受けろッ! 死ねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!』


 記憶の中の魔女は、怒りを露わにして杖を振るう。刹那、灼熱の炎が彼らに襲いかかる――

(そうだ、あの時……!)

 だが、彼らは無事だった。炎に包まれたのは他ならぬ魔女自身だった。あの時、何が起きたのかは今も分からない。その後、彼らはベシス兵に捕らわれ、国王との謁見の場を勝ち取り、説得の末シゼへ向かう。あまりにも色々なことがありすぎて、魔女の身に何が起きたのかなど考えている暇はなかった。

「何か思い出しましたかな?」

「俺たちが戦った時、魔女は最後におかしな動きをしました」

「おかしな動き?」

 エルダに促されたアレンは、たった今思い出した魔女の最期を話し始める。

「なるほど、それは妙ですなぁ。魔法……自滅……鏡……」

 アレンの話を聞き終えたエルダは、ぶつぶつ言いながら室内をうろうろと歩き始めた。部屋の大部分は大量の書物に占領されているが、占領を免れた一部の地域を選び取り、崩さぬように器用に歩き回っている。よく慣れた軽やかな足取りからは、これがエルダの思考法ということが窺い知れる。

 エルダはしばらくの間、ぶつぶつうろうろやっていたが、突然ピタリと動きを止めた。

「これはひとつの仮説なのですが……もしかするとこの鏡は、魔法を跳ね返すことができるのやもしれません」

「魔法を跳ね返す……? そんなことが可能なんですか?」

「可能かどうかは現時点では不明ですぞ。あくまでひとつの仮説ですから。実験を行って検証しないことには、正しいかどうかは判断できませんな」

「ジッケンねェ。具体的にはナニをドウすンだ?」

「理屈は単純明快なのですが、その……手段がないと言いましょうか……」

「何だヨ、ハッキリしねェな。イイから言えヨ」

 歯切れの悪い返答をするエルダに対し、ガラルドは言うように迫った。エルダは決まりが悪そうに、目を逸らしながら答える。

「実際にこの鏡に魔法をぶつけてみればいいのです。それではっきりするでしょう。ですが……」

「それを試そうにも魔法が使えねェッてワケか。ナルホド、確かに手段がねェな」

 ガラルドもエルダの態度の意味に気付いたようで、納得したように頷いた。

「申し訳ありませぬ。力不足で……」

「コレばッかりは仕方ねェさ。しッかし参ッたね、ドウモ。魔法が使えないんじャあ、どうしヨうもねェな。まさか、魔族ヤ勇者のヤローに手伝ッてもらうワケにもいかねェしな」

 二人の話を聞きながら、アレンは考えていた。エルダの仮説は正しいように思える。確かにあの時の火の動きは()()()()()()と表現するのが適切だろう。

 そしてガラルドの言も正しい。魔法が使える者がいない以上、この鏡が魔法を跳ね返すかどうかを調べる(すべ)はない。だが、アレンには考えがあった。

「おそらくですが、魔法が使えなくても調べることはできると思います。例えば火を近付けるとか、石をを投げてみる」

 満を持して口を開いたアレンに、エルダは問う。

「興味深いご意見ですな。して、その理由は?」

「魔法は特別な力ではなく、風や雨や川のようにごく自然に存在していたはずです。つまり魔法で起こした火も、火打石で点けた火も、方法が違うだけで要は同じことなんじゃないでしょうか」

「ふむ……。なるほどなるほど……」

 アレンの意見を聞いたエルダは、また狭い室内をうろうろと歩き回り始めた。一週目、二週目、三週目……。そして四週目に差しかかろうとしたその矢先、エルダは足を止めてぱっと顔を上げた。

「それでは今から実験をしてみましょう」

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