第64話 魔法研究家
よくありがちな奇天烈な研究者キャラだ!
「さぁさぁ! どうぞこちらへ」
エルダに連れられてアレンとガラルドがやって来たのは、ベシス城の一角にある小さな部屋だった。客間や王の間から遠く離れた場所にあるその一室は狭く、薄暗く、埃っぽかった。
小さな部屋をより一層狭くしている原因は、部屋の至る所に鎮座する大量の書物だった。部屋中に点在しているそれらは天井に達しかねない程に高く積み上げられ、窓から差し込むはずの光を見事に阻害している。部屋が薄暗いのはそのためだ。
「改めましてそれがしはエルダと申します。ガラルド殿にアレン殿でしたな。クリフ殿からお話は聞いておりますぞ」
「アンタまさか、あの女が変身してンじャねェだろうな?」
ガラルドは用心深くじろりとエルダを睨んだ。
「あの女?」
「魔族のコトだヨ。一度立ち去ッたと思わせといて、また俺らを騙くらかすコンタンかもしれねェからな。そうカンタンには信用できねェな」
「うーん、弱りましたなぁ」
「……大丈夫だと思います」
部屋に来て初めて口を開いたアレンにガラルドが問う。
「コンキョは何だ?」
「俺が魔族に気付いたのは、"名前"がきっかけでした。奴はエトンに変身しながら、俺たちの名前を知らなかった。でも、この人は俺たちとベシスの隊長の名前を知っている」
「ナルホド、名前ねェ」
アレンの答えにガラルドは小さく頷く。その様子にエルダは、ほっとしたように息を漏らした。
「ひとまず信じていただけましたかな?」
「まァ、一応な。確かアンタは魔法の研究をしてるとか言ッてたな」
「如何にも! 日夜研究に勤しんでおりますぞ」
「俺はこの世にはもう、魔法は存在しないと聞いたゼ。だからこそ魔法が使える魔女や魔族、そして勇者のヤローは好き勝手ヤッてるッてワケだろ」
「ずいぶんと魔法についてお詳しいですなぁ。確かに魔法は遥か昔、始祖ムラトハザルによってこの世界から姿を消しました。しかし魔法は大いなる可能性を秘めています。魔法が使えるようになれば、この世界で起きている様々な問題を解決できる確信しております。それがしは今一度魔法を復興させるために、研究しているという次第ですぞ」
「ということは、エルダさんも魔法が使えるんですよね? それなら質問に答える代わりに、俺たちと一緒に勇者と戦ってくれませんか?」
「うーむ……残念ですが、それは無理な相談ですな」
アレンの申し出に、エルダは申し訳なさそうに首を振った。だが、アレンはなおも食い下がる。
「俺たちは昨日魔族と戦い、そして手も足も出ずに敗れました。ただいたずらに多くの犠牲を出しただけ……完敗でした。大切な仲間は殺され、もう一人の仲間はたった今魔族に連れ去られました。奴の魔法を打ち破らない限り、奴を倒すこと不可能でしょう。お願いです! 俺たちと一緒に戦ってください……!」
「申し訳ない。残念ですが……」
「無駄だアレン。所詮はこの姉ちャンもベシスの人間。王サマが勇者に逆らわないと決めた以上、その方針に従うしかないンだヨ。まッたく、ベシスの連中の忠誠心の強さには呆れるゼ」
「いえ、そう言う訳ではないのですが……」
ガラルドは皮肉交じりに吐き捨て、エルダは困ったように苦笑いを浮かべる。
「なら、どういう訳なんですか?」
「恥ずかしながら、それがし……魔法が使えないのですよ」
「魔法が……」「使えないだァ?」
予想だにしない理由に二人が呆気に取られる中、エルダは続ける。
「幼き頃、偶然目にした書物で魔法の存在を知ったそれがしは、その日以来魔法に心奪われ、ついには魔法の研究を生業とするまでに至りました。しかしながら研究は未だ道半ば……魔法を使うまでには至っておりませぬ。故にそれがしが戦いの場に赴いたとて、おおよそ戦力にはならないでしょう。期待に応えられず申し訳ありませぬ」
(そうか、それで……)
エルダの告白を受け、アレンはクリフの言葉を思い返した。
あの時、クリフはエルダを魔術師ではなく"魔法研究家"と呼んだ。その時は気にも留めなかったが、今になってその意味が分かった。クリフは端的に事実を述べていたのだ。
(魔法が使えないんじゃ、魔族に対抗することはできない……)
アレンの淡い期待はあっさりと崩れた。落胆するアレンをよそにエルダは話を続ける。
「さて、気を取り直しまして……。お二方にお聞きしたいのはこれのことでして」
そう言うとエルダは、散らかった机の上から何かを手繰り寄せ、二人の前に差し出した。
「これは、フランツさんが持っていた……」
見覚えのある形にアレンは思わず反応を示した。それはフランツが持っていたルーペだった。ガラルドが訝し気に尋ねる。
「これがセンセーの物だとすると、何でアンタが持ッてンだ? まさか……盗ンだンじャねェだろうな」
「違いますぞ! 人聞きの悪い! 色々と気になる点があったので調べていただけですぞ! 無論、調べ終えたらお返しするつもりでしたが。して、持ち主の方は?」
「……もういません。さっき言った殺された仲間の物です」
「おぉ、そうでしたか……。それはお気の毒に……。実はこの『ミエルダちゃん』なのですが、ルーペから着想を得て開発に至ったという秘話がありまして……」
そう言うとエルダは話を変え、机の上に堆く積まれた本の山から一冊だけを器用に抜き取った。
(……よく崩れないな)
アレンがその手際に感心していると、エルダは抜き取った本を開いた。そして開いたページにルーペを当てると、二人に見せつけた。細かい文字がびっしりと並んでいるが、ルーペを当てた箇所の文字は拡大されてはっきりとよく見える。
「ご覧の通り、ルーペを通して物を見ると対象物は大きく見えます。そこで、それがしは閃きました。『この原理を応用すれば、遠くの物がよく見えるのでは?』と。というのもそれがし、昔から目が悪く、不便な暮らしを強いられておりましてな~。どうにか解決できないものかと手立てを探していたのですよ。それから紆余曲折を経て、ミエルダちゃんの開発に成功したというわけなのですよ。これがまた自分で言うのもなんですが、実によく出来た代物でして……」
エルダは得意気に喋り続ける。長くまとまりのない話に、ガラルドが苛立ちながら横槍を入れる。
「つまり何が言いてェンだ? 自慢話をするために俺らをここに呼ンだのか?」
「おっと、これは失敬! いや~、つい話が長くなってしまうのがそれがしの悪い癖。それでは話を戻しましょう。あなた方にお聞きしたいのは、まさしくこのルーペのことなのです」
エルダは本を閉じ、ルーペを手の平に乗せると二人の前に差し出した。アレンは尋ねる。
「これが何か?」
「このルーペはあまりにも美しく澄んでいるのです」
「はァ? それの何が問題なンだ?」
「職業柄それがしもルーペはよく使うのですが、これだけ曇り一つなく透明なレンズを見るのは、生まれて初めてのことです。一体、どの様に作ってどの様に加工すれば、これだけ良質に仕上がるのか見当もつきませぬ。おそらく国中を探しても、これだけの代物には巡り合えないでしょう」
「おかしな話だな。なら、アンタが今持ってるソイツは何なンだ?」
エルダの説明にガラルドが反論する。もっともな意見だ。
「それがしがお聞きしたいのは、まさにそのことですぞ。この恐ろしく良質なレンズはどのようにして作られたのか? これと同じ物を作るのはベシスの技術では不可能でしょう。となると、これは国外で作られたと考えるのが自然です。これは一体、どこで手に入れたんですかな?」
「フランツさんは俺と出会う前からこれを持ってました。ガラルドさんは何か知ってます?」
「いヤ、知らねェな」
「そうですか……。それではこちらはいかがですかな?」
「これも本……ですか? それにしては少し小さいようだけど」
次にエルダが見せたのは小さな本のような物だった。だが、それはこの部屋に大量に積まれている書物より二回り程小さく、そして薄かった。ちょうど手の平に収まるぐらいの大きさしかない。手に取ってみると、すべすべとした心地良い手触りがする。この表面の黒い革は何をなめして作ったのだろう? 動物か、それとも植物だろうか? アレンには分からない。今まで触ったことのない未知の感触だったからだ。中を開いてみると、規則正しい細かい文字がびっしりと並んでいる。
「これは何て書かれてるんですか?」
「『これは何だ』『あれは何だ』と書かれておるようです。あとは単語ですな。『水』とか『木』とか『石』とか」
「何だかミャクラクのねェ内容だな。この本は一体、何なンだ?」
「書かれている文字をよーく見てくだされ。活字ではなく、人の手によって書かれたものだということが分かるでしょう? つまりこれは書物の類ではなく、見聞きしたことや気付いたことをまとめた覚書というわけですな。それに使われているこの紙も素晴らしく良質でして、どのような製紙技術で作られたのかこれまた見当もつきませぬ。ですが、その他一切のことはわかりませぬ!」
はっきりと断言したエルダに、アレンが尋ねる。
「分からない? 調べていたんじゃないんですか?」
「厳密に言えば一部しか読めないのです。今説明した一部の単語はベシスの公用語で書かれているのですが、その他の大部分は見たことのない言語で書かれておりまして……」
「コレだけあるンだ。一冊ぐらい同じコトバで書かれた本があるンじャねェのか?」
ガラルドの言葉に、エルダは首を横に振る。
「ここにある本には全て目を通しておりますが、同じ言語で書かれたものは一冊として存在しませんぞ。そこで実際にこれを書いた方にこれは何語で、何と書いてあるのかをお聞きしたいと思ったのですが……」
エルダはそこで言葉を切った。その沈黙は暗にフランツの死を示していた。
「まぁ、この未知の言語については追い追い調べるとしましょう。何せそれがしは調べるのが仕事ですからな!」
僅かな沈黙の後、エルダは気を取り直すように明るく口を開いた。
「それにこれは本筋ではないですからな」
「本筋?」
意味あり気な言葉に、アレンは思わず反応する。
「はい。この二つの品はそれがしの知的好奇心の範疇、言わば横道。魔法研究家として本当に興味があるのは、こちらの方でして……」
そう言ってエルダは、机の上からまた何か手繰り寄せた。それは青く澄んだ美しい鏡だった。




