第62話 悪魔が来りて
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(間違いない。こいつは……魔族だ……!)
目の前にいるのは、魔法によってエトンの姿に身を変えた魔族だ。悪魔のような邪悪な笑顔を見たアレンは確信した。
「まさか見破られるなんて思わなかったわぁ。あなた、賢しいのねぇ。それなりに」
アレンの心の内を見透かしたかのように、魔族はあっさりと自らの正体を明かした。たった今まで目の前にいたエトンの姿は影も形もなくなり、青い肌と真っ黒な目をした女が姿を現した。アレンは魔族の意図を探るべく、さらに思考を続ける。
(俺たちにとどめを刺すために、ここまで追って来たのか? でも、それならどうしてあの時は見逃したんだ? 多くの兵士がやられて混乱してるところに追い打ちをかける方がずっと効果的だ。あえて逃がしたのか? 狩人が巣穴を見つけ出すために、手負いの獲物を逃がすように)
「私に話しかけてきた彼……死んでしまったのねぇ。残念だわぁ」
魔族は心の底から残念そうにつぶやいた。
(こいつ……何を言っているんだ!?)
魔族はフランツの命を奪った張本人だ。その張本人がフランツの死を嘆くというのは、どうにも解せない。全くもって理解不能だ。
「何が残念だ! ふざけるなッ! フランツさんを殺したのはお前自身だろうが!!」
不可解極まりない魔族の態度に、アレンは思わず声を荒げた。
「へぇ……、本当はそういう名前だったのねぇ。もう、どうでもいいことだけれど。死んでしまった人には興味がないの。でも、残念に思っているのは本当よぉ?」
魔族はそう言うと、深く溜め息を吐いた。魔族はふざけてなどいない。本当に心の底から、フランツの死を残念に感じている様子だった。ただしそれは、死を悼んでではなかった。
「だって……この目で死に様を見ることが出来なかったんですものぉ」
魔族はまるで愉快な見世物を見逃してしまったかのように、口惜し気につぶやいた。
(こ、この野郎……! フランツさんの死を何だと思ってやがる!!)
魔族の態度にアレンは激しい怒りを燃やしたが、どうにか押しとどめた。魔族は触れることなく瞬時に相手を倒す力を持っている。もし今ここで魔族に襲い掛かったとしても、返り討ちに遭うのは明白。怒りに身を任せて動けば、身を滅ぼす。
(ここで俺がやられたら、アニーはどうなる? トムの願いは誰が果たす? 家族や村のみんなの無念は誰が晴らす? フランツさんの仇は誰が取る?)
沸き上がる怒りの感情を必死に抑えながら、アレンは状況の分析に務める。
魔族は自分の力に絶対的な自信を持っている。そうでなければ、たった一人でベシス城まで乗り込むなどという無茶な真似はしない。あっさりと正体を明かしたのも自信の表れだろう。これ以上取り繕う必要はない。自分の姿を見せつけてやれば、相手は怯む。そうやって自らの力を誇示したのだ。言わば牽制だ。
現に魔族の姿を見たアレンはシゼでの光景を思い出し、魔族に襲い掛かるのをとどまった。
(待てよ……)
考えようによっては魔族から直接情報を得る絶好の機会だ。これから勇者たちと戦うには、彼らの情報が必要だ。相手の手の内も分からずに戦いを挑むのはあまりにも危険すぎる。戦うのは手の内を暴いてからだ。
(今は戦う時じゃない。情報を集める時だ)
そう考え直したアレンは、魔族から情報を引き出すために接触を試みた。
「……目的は何だ? 何のためにここまで来た?」
「大事な話をしに来たのよぉ。それが済んだから、ついでに裏切り者のエトンちゃんにも話を聞こうと思ったのだけれど、それよりもっと楽しいことを思いついちゃったのよねぇ」
魔族はベシス城に来た理由を語る。「もう済んだ」ということは、自分たちに話があったわけではなさそうだ。返答を受け、アレンは考える。
(話をするためだけにわざわざ一人で乗り込んで来たのか? いくら自分の力に自身があるからって、あまりにも無謀な気がする……。そもそも『大事な話』ってのは、何なんだ?)
大事な話と言うからには、相手はそれなりの地位の人物のはずだ。まさか一兵卒と世間話をするために、ベシス城まで来たということはないだろう。そうなると思い浮かぶのは一人だ。
(ベシス国王……)
勇者一行は以前ベシスを訪れ、手厚いもてなしを受けている。勇者とベシスに何らかの繋がりがあったとしても不思議ではない。ふと、アレンはあることに気が付いた。
(魔族が変身していたということは、本物のエトンは……!?)
「もっと楽しいこと」と言うのも気がかりだ。思い返してみれば、部屋を訪れた兵士も変身した魔族だったのだろう。あの時から既に魔族の計画は始まっていたのだ。
「エトンはどこだ!」
アレンが叫ぶと同時に部屋の扉が開き、屈強な大男が姿を現した。
「ガラルドさん! 無事だったんですね!」
「無事? 何の話だ? それヨりもヨォ……何であの女がこんな所にいるんだ?」
部屋の中にいるはずのない魔族の姿を認めたガラルドは、アレンに尋ねた。いつになく冷静で落ち着き払った口調。だが、口調とは裏腹にその表情は怒りに満ちていた。
「魔法で姿を偽って忍び込んでたんですよ! それよりガラルドさん、エトンを見ませんでしたか!?」
「エトン? いヤ、見てねェな。そういヤここにはいないヨうだな」
「こいつは魔法でエトンに成りすまして、ガラルドさんが部屋から出て行くように仕向けたんです。おそらくエトンを連れ出した兵士も……」
「テメェだッたッてワケか」
事情を理解したガラルドは、アレンの言葉を補うようにつぶやくと魔族を睨みつけた。
「聞きたいコトがあるッてンで、あの隊長のトコまで行ッてみれば『そんな話はしていない』のイッテンバリ。どうもおかしいと思ッたが、コイツが仕組ンだコトだったのか。ドウリで話が嚙み合わねェワケだゼ」
ガラルドは一人納得したように頷くと、腰から剣を抜き魔族に突きつけた。
「さて、エトンの居場所を吐いてもらおうか。大人しく従ッた方が身のタメだゼ」
「あらあら、血の気の多いこと。そういうの嫌いじゃないわぁ♪ でも、そんな態度取っていいのかしらぁ? あなたたちこそ、大人しくした方が身のためよぉ?」
「あァ?」
そう言うと魔族はより一層、笑みを強めた。刹那、魔族の頭上に金色の輪が出現した。
魔女との戦いを思い出し、アレンとガラルドは身構える。魔女は巨大な金色の輪から一つ目の巨人を呼び出し、彼らは巨人と死闘を繰り広げた。あの輪は何かを呼び出す前触れだ。しかし魔族が出した輪は、魔女のそれと比べると明らかに小さい。巨人はおろか、人一人がやっと通り抜けできる程の大きさしかない。
(あの大きさからすると巨人ではなさそうだな……。一体、何を呼び出すつもりだ?)
新たな脅威の出現の予感に、アレンは警戒を強める。だが、アレンの予測は外れる。魔族が呼び出したのは、"敵"ではなかった。
現れたのは鎖だった。まるで水中に下ろされた釣り糸のように、金の輪の中からぶらりと垂れ下がっている。そして鎖の先には何かが縛りつけられている。その何かとは――
「エトン!!」
アレンは思わず声を上げる。魔族が輪の中から呼び出したのは、囚われたエトンだった。エトンは両手首を縛られ、それを頭上に掲げるようにして吊るされている。
「エトン! しっかりしろ!」
「オイ、エトン! 聞こえねェのか!」
吊るされたエトンは目を閉じたまま、ぐったりしている。アレンとガラルドがそれぞれ呼びかけるが、反応はない。
「これ以上、大切な仲間を失いたくはないでしょう? 分かったら剣を下ろしなさぁい」
「貴様……! エトンに何をしたーッ!!」
「そんなに怒らなくても気を失ってるだけよぉ。それにしても、怒りに満ちたその表情、たまらないわぁ……♡」
怒りに燃えるアレンをせせら笑うように、魔族はうっとりと言い放つ。
「テメェの目的は何だ? ここで俺らを殺すコトか?」
「最初はそのつもりだったのよねぇ。エトンちゃんに化けてあなたたちを殺して、その罪をエトンちゃんに被せる。そうすればエトンちゃんはここでも裏切り者になる。そうやってじわじわと追い詰めてあげようと思ったのだけれど、まさか私の変身を見破るなんてねぇ……」
魔族は真っ黒な目で真っ直ぐにアレンを見据え、そして言う。
「おかげであなたに興味が湧いちゃったわぁ。あなたのこと、色々と教えてくださるぅ?」
「……いいだろう。その代わりまずはエトンを放してもらおうか」
「あら、ダメよ~ダメダメ。エトンちゃんは私たちの大切な仲間ですものぉ。あなたたちに渡すわけにはいかないわぁ」
「……ふざけるなッ! 何が大切な仲間だ!!」
「騒々しいぞ! 何を騒いで……貴様ァ! 何故、ここにいる!」
その時、部屋の扉が開きクリフが入ってきた。魔族の姿を見つけたクリフは素早く剣を抜き、大声で威嚇する。
「あらあら、威勢のいいのがまた一人……。あなたは確かベシス軍の隊長さんよねぇ? 多くの部下を失った今の気持ちはどう?」
「き、貴様ァァァ!!」
悪びれずもせずに煽るような質問をする魔族に、クリフは闘志をむき出しにする。
「部下たちの無念、ここで晴らす!」
「いいわぁ♪かかってらっしゃい……と言いたいところだけど、少し人が集まりすぎたようねぇ。ゆっくり遊んでいたいけど、行かなくちゃいけないわねぇ」
騒ぎを聞きつけ集まり始めた兵士たちを一瞥すると、魔族は続ける。
「エトンちゃんを返して欲しければ、シゼ城までいらっしゃい。三日だけ待ってあげるわぁ。もし期日を過ぎたら、あなたたちはエトンちゃんを不要と判断したとみなすからそのつもりでねぇ。その場合、この子がどうなるか……その先は言う必要はないわよねぇ? それじゃあ、またシゼで会いましょう。バーイ♡」
魔族は一方的にまくし立てると、金色の輪をくぐるように中に入っていった。魔族が引き上げると同時に、天井から垂れ下がった鎖がジャラジャラと音を立て、引き上げられていく。その先に吊るされたエトンの身体は少しづつ上昇し、ぽっかりと浮かぶ金色の輪中に引きずり込まれる。輪はエトンの全身をすっかり飲み込むと、口を閉じそして消えた。いつの間にか魔族もいなくなっていた。
「エトーーーーーン!!」
アレンは叫ぶ。だが、その叫びはもう、エトンには届かなかった。




