第61話 違和感
自分で書いてても登場人物が死ぬのは悲しい
シゼへの遠征を終え、彼らはベシスへと帰って来た。結果は惨憺たるものだった。出立時には百人余りいた兵士は、今や半数程にまでその数を減らし、兵士たちは皆憔悴しきっていた。
兵士たちだけではない。ガラルド、エトン、そしてアレンの三人もまた失意の底にいた。失敗、敗北、力の差……。それ以上に彼らの心を抉ったのは、言うまでもなくフランツの死だった。
彼らにとってフランツは友であり、師であり、指導者だった。悲しみと喪失感以上に、その影響は甚大だ。フランツを失ったということは、地図と灯火と道しるべを同時に失ったに等しい。事実、彼らはこの先どうするべきか分からずにいた。まるで手足をもがれて、暗闇の中に放り出されたような気分だった。
失意の内に城へと戻った彼らは、ベシス国王に敗北と被害の報告をした。王の傍らで報告を聞いていたアルフレッド王子は、沈痛な面持ちで犠牲者への哀悼の意を表した。一方の国王は何も言わずに、ただ黙ってクリフからの報告を聞くだけだった。だが、その表情は固く、そして険しかった。
王への報告を済ませた後、アレンたちは三度例の客間へと通された。誰も何も発しない。比較的口数の少ないアレンやエトンはもちろん、いつもは陽気なガラルドでさえ、神妙な面持ちで押し黙っている。それ程までに彼らの傷は深かった。部屋には数日前と同じ様にお茶とお茶菓子が用意されていたが、誰も手を付けずにいた。
「あの……、私たちどうするべきなのでしょうか……? これから……」
長い長い沈黙の末に、ようやくエトンが口を開く。
「ジャンヌさんを失い……フランツさんを失い……、私、もう耐えられないです……こんなの……」
「なら、どうする? ここで降りるか? 仲間を殺られて、このまま黙ッて引き下がろうッてのか?」
エトンの弱気な発言に、ガラルドは苛立った様子で突っかかる。
「そうは言ってません! でも……だったら、どうするって言うんですか? ベシス軍の協力があったにも関わらずこの結果ですよ? 到底、今の私たちに太刀打ちできるとは思えません」
「だが、ヤるしかねェだろ!? センセーのカタキを取るンだヨ!」
「……勝つ見込みがあるんですか? 一瞬の内に大勢がやられて、フランツさんまで……。近付くことすらままならないと思いますけど」
「ンなこたァ、言われなくても分かッてンだヨ!」
言い争いを始めた二人を止めることもなく、アレンはそれをただぼんやりと眺めていた。
不安、怒り、自失。その様子は三者三様だが、いずれもフランツの死が原因だった。アレンもエトンもガラルドも、フランツを失ったという事実を受け止めきれずにいた。その時、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「隊長が皆さんにお聞きたいことがあるそうです。案内しますのでついて来てください」
部屋に入って来た一人の兵士が、彼らに告げる。
「聞きたいコトだァ? 何だッてンだ、こンな時に……」
「『こんな時』だからでしょう。ベシスにとって今回の遠征は大失敗だったから、今後のことも踏まえての話ですよ。きっと」
そう言いながら部屋を出ようとしたアレンとガラルドを、兵士が止める。
「お話は一人ずつ伺います。まずはエトンさんからどうぞ」
「私……ですか?」
「えぇ、案内しますのでついて来てください」
「分かりました」
指名を受けたエトンは、兵士の言葉に従い部屋を出て行った。
数分後、部屋へと戻って来たエトンは二人に声をかける。
「戻りました。お二人にも話を聞かせて欲しいそうです。同じように一人ずつ」
「なら、俺から先に行かせてもらうゼ。ドコに行きャイインだ?」
名乗りを上げたガラルドがエトンに尋ねる。
「部屋の外に兵士の方がいるので、その方について行ってください」
ガラルドは「おォ」と短く返事をすると、部屋を出て行った。部屋にはアレンとエトンの二人が残された。
「どんなことを聞かれたんだ?」
「それは……まぁ、色々ですよ。今後のこととか」
妙に歯切れの悪い返答に違和感を抱きつつも、アレンは続ける。
「今後……か。これから俺たちはどうすればいいんだろうな……」
アレンは力なくつぶやく。
「『あとは任せた』なんて言われたけど、俺には荷が重すぎるよ……。とても無理だ……」
「そんなことありませんよ。きっとできますよ、あなたなら」
弱気になったアレンを、エトンは優しく励ます。だが、その一言がどうにも引っかかった。
(……『あなた』?)
エトンは相手を敬称付けで呼ぶ。二人称と呼ばれたのはこれが初めてだ。耳慣れない呼び方ではあるが、そこまでおかしなことではない。他人をどう呼ぼうとそれは人の勝手だ。だが、そんな些細な呼び方の違いがアレンには気になった。
「……そうだな。くよくよしても仕方ない。お茶でも飲んで落ち着こう。エトン、悪いけどお茶を淹れてくれないか?」
「えぇ、いいですよ」
そう頼まれたエトンは、ポットを手に取りカップにお茶を注ぐ。
「ついでに砂糖を一杯入れてくれ」
「砂糖? あぁ、これですか?」
エトンは小瓶を手に取ると、蓋を開けて中を確かめてから砂糖を入れた。そして右手に持ったティースプーンでカップの中をかき混ぜると、アレンの前に差し出した。
「はい、どうぞ」
「……ありがとう。こんなところで弱音を吐いてたら、グレゴールさんが浮かばれないよな」
「そうですよ。グレゴールさんのためにも、これからは私たちが頑張らないと」
エトンの言葉を聞いたアレンは、円卓の上にカップを置くと、エトンから距離を取った。そして問う。
「……お前は誰だ?」
「やだなぁ! いきなり何を言い出すかと思えば……何おかしなこと言ってるんですか?」
エトンは笑いながらアレンの言葉を否定する。だが、アレンは険しい表情を崩さない。
「お前は右手で砂糖を入れた後、同じく右手に持ったスプーンでカップを混ぜた」
「それが何か?」
「エトンは左利きだ」
「そんなの言いがかりじゃないですか。左利きの人間は右手を使わないとでも?」
「それだけじゃない。エトンは小瓶の中身が砂糖であることを知っていた。それなのに何故、わざわざ中身を確かめるような真似をした?」
「砂糖がどれぐらい残っているのか確かめただけですよ」
のらりくらりと追及をかわすエトンに、アレンはある名前を口にする。
「グレゴール」
「はぁ?」
「お前はどうしてあの人をそう呼んだんだ?」
「どうしても何も、それがあの人の名前だからでしょう?」
「……それは偽名だ」
「!!」
エトンは初めて驚いた表情を見せた。アレンはそれを見逃さなかった。
「ずいぶん驚いたみたいだな。本物のエトンならそんな反応は絶対にしないんだよ。本当の名前を知ってるからな。もう一度言う。お前は――」
誰だ? そう言いかけた瞬間、アレンに電流走る……!
(こいつが俺を『あなた』と呼んだのは、俺の名を知らないからだ。そしてフランツさんの名前も……。それなのに、フランツさんが名乗ったグレゴールという偽名は知っている。何故か? こいつはあの時あの場にいて、全て聞いていたんだ。だから偽名だけを知っている。しかし……)
アレンはさらに考えを巡らせる。
(目の前にいるのはどう見てもエトンだ。顔も声も背丈も……。変装だとか声真似だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてない。確かにエトン本人だ。操られている? もしくは――)
エトンの姿を模倣している。
普通に考えれば、そんなことはあり得ない。だが、彼は他人に成りすます術を知っていた。
(これは"魔法"だ。こいつは魔法でエトンに変身しているんだ。……魔女と同じように)
魔女が死んだ今、そんな芸当が出来るのは一人しかいない。
点と点が繋がり、一つの線になる。アレンは導き出した結論を目の前の相手にぶつける。
「お前は……魔族だな?」
目の前の相手は返答の代わりに、口の端を吊り上げてニタァっと笑った。見覚えのある悪魔のような笑顔。それが答えだった。




