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第60話 Regain The World

今回はやたらと「……」が多いですが、状態を分かりやすく表現するために使わざるを得なかったんです。

決して文字数稼ぎでありません。本当です。信じてください。

 何の前触れもなくフランツは血を吐き、膝から崩れ落ちた。あまりにも突然の出来事に、その場にいた誰も何が起きたのかを理解できずにいた。

「ふ、フランツさんッ!! 大丈夫ですか!?」

 一早く我に返ったアレンが、倒れたフランツに駆け寄り抱き起こす。フランツは口から血を流し、虚ろな目で虚空を見つめている。

(こ、これは……!)

 刹那、アレンの脳裏には先程見た光景が浮かび上がった。次々に倒れていく兵士たち。皆一様に口から血を流し、青ざめた顔で虚空を見つめている。今のフランツと全く同じ有様だ。

(これは魔族の力だ……! しかしどうして今頃? それもフランツさんだけに……)

 アレンはフランツが倒れた理由を考える。だが、答えは出ない。当然だ。訳も分からない内に大勢の兵士たちを失い、命からがら逃げ出してきたのだから。これが魔族の力によるものということ以外、何も分からない。それ以上の情報がないのだ。

「フランツさん! しっかりしてください! フランツさんッ!!」

 アレンは必死に叫ぶがフランツからの反応はない。フランツは虚ろな目で虚空を見つめるばかりだ。だが、その目には確かな意思が――燃え立つような覚悟の炎が見て取れた。

(……一体……何が……起きている……?)

 薄れゆく意識の中で、フランツは懸命に考えていた。自分の身に何が起きたのか、そして自分はどうなるのかを。短い思考の末、自身の命運を悟った彼は、再び思考を開始した。

(……魔族に襲い掛かった兵士たちは次々に倒れ、後方にいた兵士たちは無事だった……。毒ガスか? それとも細菌やウイルスなどの生物兵器か? そうだとすれば、魔族自身にも被害が及ぶはず……。しかし奴は無事だった。ガスマスクや防護服を身に着けていないにも関わらず……。魔法で防いだのか? いや、やはり兵士が倒れた事自体が魔法によるものと考えた方が妥当か……)

「……ゴホッ!」

 フランツは咳き込み、それと同時にまた血を吐いた。

「フランツさん!?」

「オイッ! どうしたンだよ、センセー!」

 騒ぎを聞きつけて集まって来たエトンとガラルドが、それぞれフランツを呼ぶ。

(これが魔法だとすれば……二次被害の恐れはないはず……くっ、意識が遠のいてきた……。その前に……何とか……)

 伝えなくては。少しでも多くの情報を。残さなくては。魔族打倒の手掛かりを、残される者たちのために。その使命感がフランツを突き動かす。

「恐らくだが……兵士たちが倒れたのも……私が置かれた状況も……全ては魔族の魔法によるもの……ゴホッ!」

 さらに喀血したフランツに、アレンは叫ぶ。

「フランツさん! もういいです! 何もこんな時にそんなこと話さなくても……!」

「それは……違うぞ……アレン……。こんな時だからこそ……話さねばならないんだ……。私は魔法を受けて倒れたが、どうにか生きている……。魔法のカラクリを知る唯一の手掛かりなんだぞ……」

「でも……!」

 そこでふとアレンは、以前も同じようなやり取りをしたことに気が付いた。そしてすぐに思い出す。トムが目を覚ました時だ。フランツは兄弟の感動の再会に水を差すように、意識を取り戻したばかりのトムに最後に見た光景を尋ねた。あの時は「何て無神経な人なんだ!」と心底憤慨したが、おかげで真相を知るための大きな手掛かりとなった。もしあの時、フランツがトムから話を聞き出さなければ、勇者の悪事もアニーの行方も未だ分からずにいただろう。

 そして今、フランツは血を吐きながらも何かを伝えようとしている。この人は無神経なのではない。目的のために、最善の行動を取っているだけだ。だから人の情緒や感情に無頓着に見えるのだ。真相を解き明かすという目的のためなら、命さえも手段の一つに過ぎない。たとえそれが、自分の命だったとしても――

 フランツの本質と覚悟を知ったアレンは悔しさに歯噛みしながらも、黙ってフランツの話を聞く。

「兵士たちを倒した魔法と……私が受けた魔法は……恐らく別物だ……。犠牲になった兵士の全てが……魔族に向かって行ったのに対し……後方にいた兵士たちは皆無事だった……。確証はない……が、近付いた者に対してのみ……効力を発揮するというたぐいの魔法……なのだろう……」

「でも、それだとフランツさんは……!」

「……そう、問題は……そこ……だ……。私は……魔族から……離れた場所にいたにも関わらず……影響を受けて……いる……。恐らく……私を……狙い撃ちしたのだ……ろう……。君たちが……何ともないのが、その証拠……だ……」

「どうして……どうしてフランツさんだけをッ……!」

 エトンの悲痛な叫びに、フランツは息絶え絶えに答える。

「私は……奴の前に……名乗り出た……からな……。それに奴とは前に一度……面識がある……。そこで目を付けられたのかもしれん……。ともかく……だ……。不用意に魔族に……近付くな……。奴の魔法のからくりを解かなければ……犬死にする……だけだ……」

 フランツの声がより一層、小さく低くなる。フランツは気力を振り絞って最後の言葉を綴る。

「どう……やら……私は……ここまで……のようだ……。ガラルド……、エトン……、そしてアレン……、後は頼んだぞ……」

「そんな……! そんな弱気なこと、言わないでくださいッ!」

「そうだぜ、センセーらしくもない! ヨうヤく勇者のヤローの尻尾を掴ンだッて時に! 真相を解き明かして、ヤツの化けの皮をハガすンじャなかッたのかヨ!? 散々、俺らを焚きつけといて自分は一抜けなンて、フザけンなヨ!」

 エトンは涙ながらに、フランツは声を荒らげて必死に抗議するが、フランツは力なくただ静かに笑うだけだった。

「この……旅を……最後……まで……続けられないのは……口惜しいが……仕方ない……。これも……私の……運命……なのだ……ろう……。これが……運命なら……あるがまま……受け入れよう……」

「そ、そんな……。そんなこと、言わないでくださいよッ! これはフランツさんが始めた旅じゃないですか! フランツさんがいなきゃ、先には進めませんよ!」

 声を震わせて叫ぶアレンを、フランツは制する。

「そんな……ことは……ない……。確かに……この旅を……始めたのは……私だが……ここまで来ることが出来たのは……君たちのおかげだ……。ガラルド……。思えば……君との出会いが……旅の……始まり……だったな……。君との出会いが……魔王と勇者の関係を疑う……きっかけとなった……。その腕っぷしの強さには……随分と……助け……られたな……」

 フランツは続ける。

「エトン……。初めは敵対していた君と……こうして旅をすることになるとは……全く……人の縁というのは……不思議な……ものだな……。君が……勇者側の内情を……話してくれたおかげで……勇者の……疑いは……強く……色濃くなった……。そしてそれは……勇者の……秘密を暴く……突破口となった……。そして……アレン……」

 フランツはアレンの腕の中で、アレンの名を呼ぶ。

「初めは……ただの……村の……青年だと……思っていたが……君の成長ぶりには……目を……見張る……ものが……あった……。君には……素質が……考える……力が……ある……。その力が……あれば……この先の……苦難も……きっと……乗り越えて……行けるだろう……」

「そ、そんな! フランツさんがいなきゃ、俺は何にもっ……!」

「いや……君なら……できる……。この世界は……魔王に蹂躙され……今度は……勇者に……食い物にされている……。アレン……エトン……ガラルド……この……世界を……取り戻せ……。この……世界の……人間である……君たちが……君たち自身の手で……」

「フランツさん!」

「センセェ!」

 エトンとガラルドは必死にフランツを呼ぶ。

「この……世界を……取り……戻せ……」

 フランツはうわ言のように同じ台詞を繰り返す。そして彼は静かに目を閉じた。

「フランツ……さん?」

 アレンはフランツの名を呼ぶ。しかし返事はない。

「冗談でしょう……? フランツさん、起きてくださいよ。フランツさんッ!!」

 アレンはフランツの体を揺すり、必死に叫ぶ。だが、やはり返事はない。

「そ、そんな……フランツさん……うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 シゼとベシスの国境付近、乾いた大地にアレンの叫び声が響き渡る。


 この世界を取り戻せ

 この世界を取り戻せ

 この世界を取り戻せ

 取り戻せ取り戻せ取り戻せ取り戻せ


 フランツは死んだ。アレンの頭の中では、フランツの残した最後の台詞が、まるで呪いの言葉のようにいつまでも鳴り響いていた。

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